僕だけに聴こえる星の歌

「明日、オリオン座流星群見に行くんだけど、白石もどう?」

 直哉さんからの誘いは、突然だった。
 転職から半年が経った、十月。すっかり秋の空気に変わった頃のことだった。
 以前、観望会の帰りに『また星、見に行きましょう』と声をかけたのもあって、自分から誘わなきゃなと思ってたのに。まさか、直哉さんから言ってくれるなんて。昼休憩後の眠気が吹っ飛んだ。

「はい! ぜひ!」
「おお、即答で嬉しいわ」と直哉さんは照れくさそうに笑った。

 翌日の土曜日、都心から少し足を伸ばした奥多摩湖(おくたまこ)へ直哉さんの車で行くことになった。

 誘われてからはエンジン全開で仕事をして、その夜は眠りも浅かった。そんな自分が妙に恥ずかしかった。

 朝が来た。
 
 直哉さんが俺の家に迎えに来てくれるのは午後六時の予定なのに、ちゃんと朝に目が覚めた。朝飯を作り、コーヒーを淹れた。いつもはそんなことしない。
 この歳になっても、こんなに浮かれることってあるんだ。

 直哉さんは、超かっこいい車で迎えに来てくれた。なのに、俺が車に乗り込むや否や、「ここ来る前にコンビニで、三種類もチョコ買ったー」と嬉しそうに見せてきた。
 ……胸がきゅっとなった。

 道中、車内には音楽もラジオも流れていなかった。直哉さんに俺のことを知ってほしくて、いろんな話をした。息苦しかった前職を辞めるきっかけになったのが、直哉さんの曲だったこと。ずっとコンプレックスだった、自分の声のことも。

「俺、自分の声が嫌いだったんです。声変わりが途中で終わったみたいな、高い声が」
「ほう……」
「でも、高校のときかな、カラオケで初めて直哉さんの曲を歌ったら、気持ちよくて。……あ、全然上手いとかではないですよ? 自分の声も悪くないかなって思えたんです」
 
「俺は、何かと個性あるのに惹かれるし、白石の声もいいと思ってたけどな」
 
 直哉さんの言葉は、耳から真っ直ぐ胸の奥に届く。歌声じゃない。
 なのに、俺にはひとつの歌みたいに聴こえた。
 
 車を駐車場に停め、ドアを閉めた瞬間、車内に満ちていた温もりが夜の冷気にあっけなく奪われた。
「足元気をつけろよ」と言った直哉さんの後ろをついて行った。
 
 前を歩く直哉さんが立ち止まり、空を見上げ、「うわ……すごいな」と言った。俺も追いついて同じように空を見上げると、そこにはこぼれ落ちそうなほどの星が広がっていた。
 山々に囲まれた奥多摩湖の上空は、まるで切り取られた巨大な星空のキャンバスみたいだった。湖面にもうっすらと星の光が反射している。
 
「こんな綺麗なの、初めてです」
「だろ? 誘ってよかった」

 直哉さんがふいに振り返り、俺の顔を覗き込んだ。息がかかるほど近い距離に心臓が大きく跳ねる。
 
 直哉さんは、両手でカメラの枠を作り、俺に向けた。

 
「……お前の目でっけーから星映ってる」
 

 そう言って悪戯っぽく笑う直哉さんの瞳の中にも、小さな星の光が映っていた。