僕だけに聴こえる星の歌

「白石ってさ、いつから曲聴いてくれてたの?」
 直哉さんは腕を組んだまま、テーブルに肘をついて質問した。
 
「十三歳からだから……十五年前です。初めてライブに行ったのは十五のときで、それがラストになっちゃって……ショックでした」
「あー、そうだったんだ」

 直哉さんはそのまま話を続けた。

「解散の理由、話していい?」
「もちろんです」
 
「ギターの冨永(とみなが)がさ、バイクの事故で死んだんだよ」
「えっ……」
「バンド、最初は冨永とふたりで始めたんだよね。俺が歌詞書いて、あいつが曲つけてさ。俺の書いた歌詞が、あいつの曲で歌になるのが好きだったんだよ。一人でも歌い続けようと思ったけど、無理だった。他のメンバーには申し訳なかったけど、それで解散した」

 そんなことが……。
 
 解散したことはすごくショックだったけれど、直哉さんの悲しみは、俺には計り知れないものだった。ファンとしての自分のショックを先に伝えてしまったことが、申し訳なく思えた。

「すみません。俺、さっき、ショックとか言っちゃって」
「全然全然! 解散したときは、ファンのみんなにも悪いことしたなって思ってたし。それだけ俺らの曲を好きになってくれてたんだろ。ありがとな」

 メディアにも話していなかった解散の理由を、俺に明かしてくれた。ステージの上で誰よりも輝いていた星が、今は一人の人間として目の前にいる。そんな気がした。
 また歌ってほしい。そう思っていたはずなのに、今は少し違う。直哉さんが直哉さんらしく生きていてくれたら、それでいいと思った。

「聞かせてくれてありがとうございます」
「いえいーえ、聞いてくれてありがとうございます」

 直哉さんは笑いながら、俺に割り箸を手渡した。

 俺たちが食べ終えて会計を済ませようとしていると、ドアの向こうから地面を叩くような雨音が聞こえてきた。

「うわ……結構降ってますね」
「だな。俺のコート、傘にするか」
「え……?」

 俺の返事を待たずに、直哉さんはスプリングコートを脱いで頭に被った。コートの空いた側に目をやったあと、俺を見て「ここ」とだけ言った。
 
 俺は吸い寄せられるように直哉さんの隣に並んだ。
 
 コートの小さな傘の下、直哉さんの体温が近くに感じられ、かすかに漂う柔軟剤の匂いが鼻腔をくすぐった。
 
「いくぞ、せーの!」
 
 視界を遮るほどの土砂降りの中、俺たちは笑いながら走った。
 
 会社の前に着いて、ずぶ濡れになっている直哉さんに気がついた。慌てて謝ったが、その姿が愛らしくて思わず吹き出してしまった。

 オフィスに戻ると、山口さんが「えー! 藤堂さん、シャワー浴びました?」と茶化した。

 直哉さんは「んなわけねーだろ」と言いながら、パートの女性から受け取ったタオルで髪を拭いていた。
 
 山口さんは俺を見て、不思議そうに首を傾げた。
 「ん? 白石は濡れてないな」
 
 どう答えようか言葉を探していると、

「白石はラッキーボーイだからな」
 と、直哉さんが言った。

 そうだ、俺はラッキーボーイだ。
 濡れてない髪を少し触りながら、幸運の雨に感謝した。

 今日の雨は、きっと一生忘れない。