僕だけに聴こえる星の歌

 転職から一ヶ月が経った。
 業務も一通りは覚え、環境にもずいぶん慣れてきた。
 心身ともに余裕ができ、久しぶりに星を見たくなった。

 博物館主催の観望会に申し込み、土曜日の午後七時、会場に向かった。
 参加者は三十名ほどだった。集合後、今日見られる天体についての解説を聞きながら、プラネタリウムを観た。
 プラネタリウム、いつぶりだろうな。大学生のときはよく息抜きに行っていたけど。これからもたまに来ようかな。

 上映が終わり、天体観測テラスに移動した。
 大きな望遠鏡があり、交代で覗いて星を見るらしい。順番を待っている間、夜空を見上げた。暗い空に星が浮かび上がっているように見えた。

 星を好きになったのは、ナオヤの影響だ。昔、彼の星の歌を聴きながら、ふと夜空を見上げたことがあった。暗闇の中で輝く星が、とても綺麗に見えた。それ以来、夜空を見上げるのが俺の癖になっていた。
 久しぶりに見上げた星空は、あの頃と変わらず綺麗だった。
 
 ……ラストライブで見た、ナオヤみたいだった。

 会場全体が暗転し、ペンライトの光と星空のバックスクリーンの中に立つナオヤ。暗い空に浮かぶ明るい星のようだった。

 そして、あの曲を歌った。
 俺を暗闇から救い出してくれた、あの曲。

 そんなことをぼんやりと思い出しているうちに、望遠鏡の順番がきていた。

 望遠鏡を覗くと、西の空には木星と金星が綺麗に見えた。頭上から東の空には、北斗七星からアークトゥルスを経てスピカへと伸びる春の大曲線。青白く光るスピカと、オレンジ色のアークトゥルス。その対照的な輝きが印象的だった。

 次の人に順番を譲ろうと後ろに一歩下がったとき、段差から足を踏み外した。咄嗟に後ろの人が俺の腕を掴んだ。

「……あっ、すみません……」
「大丈夫?」

 聞き覚えのある声に振り返ると、藤堂さんだった。

「すみません! 大丈夫です!」
「本当? よかった。あとでな」

 そう言って、藤堂さんは望遠鏡を覗き込んだ。

 テラスの脇にあるベンチに座り、夜空に浮かぶ星を眺めながら、頬を撫でる夜風に意識を向けた。藤堂さんが来るまでに、胸の高鳴りが静まるように、と。

 しばらくすると、藤堂さんが俺の隣に座った。

「よっ」
「お疲れ様です」
「お疲れ」

 それだけの言葉を交わし、俺たちは一緒に夜空を見上げていた。

 やがて落ち着きを取り戻した俺は口を開いた。

「やっぱり、星が好きなんですね……藤堂さん」
「うん。好きそうに見える?」
「いや、いろんな曲に星がよく出てくるから」

 藤堂さんは俺のほうに身体を向け、目を丸くしていた。
 
「……お前、知ってたんなら早く言えよ〜!」

 藤堂さんはそう言って、俺の肩を優しく叩いた。
 
 俺が「すみません……」と言いながら少し会釈をすると、

「まぁ、入社して一ヶ月だし早く気づいてくれたほうか。というか、一ヶ月って感じしないな」

 藤堂さんはそう言って、また空を見上げた。
 俺の存在が馴染んできてるという意味だと勝手に解釈しておいた。

「俺、入社初日に気付いてました。なんでみんな、ナオヤさんだって分かんないんだろって」

 ずっと心の中で呼んでいた名前を、初めて口に出した。少しだけ、鼓動が早くなった。
 
「そりゃあれだろ、俺がオーラ消してるからだよ」
「あ、たしかに」
「たしかにじゃねーよ」

 藤堂さんは冗談っぽく、俺に笑いかけた。
 
「すみません、嘘です嘘です。……一目見てすぐ分かりましたよ。かっこいいところ、変わってないから」

 
「そんなん言ってくれるの、お前だけだよ」
 

 素直すぎたか……と思ったのも束の間、『お前だけ』という言葉が胸に残った。

 そんなつもりで言ったわけじゃないんだろうけど。