僕だけに聴こえる星の歌

 飲み物が揃ってから、俺は立ち上がり、もう一度自己紹介をした。その後に、全員で乾杯をし、会が始まった。

 しばらくすると、藤堂さんを挟んで反対隣に座っていた、俺よりひとつ年上の山口(やまぐち)さんが質問をしてきた。

「白石くん、元々すごい大手にいたんでしょ? からの、なんでうち?」

 それを聞いていた他の人たちが「もったいない〜」「なんで?」と口々に言った。

「ちょっと、思うことがたくさん重なってきて……」
 
 詳しく話すのはこの場にそぐわないと思って、曖昧に答えた。ぼかしすぎて何も伝わってないかもな。そう思い、次の言葉を探していると、藤堂さんが言った。
 
「まぁ、どんな理由であれ、うちに来てくれたんだからいいじゃない」

 みんなは納得したようで、すぐに別の話題に移った。
 
 それを見届けた藤堂さんが、俺だけに聞こえるような小さな声で囁いた。

「しんどいこともあったろ。ちょっとでも余裕、できるといいな」
「……ありがとうございます」
 
 それしか言えなかったけど、藤堂さんの一言は本当に嬉しかった。

「藤堂さんって、ここに来る前は何してたんですか?」
 唐突に、藤堂さんへ質問がどこからか飛んできた。歌ってたこと、普通に話してるのかな? すると、藤堂さんは「んー、ヤンチャとか?」と笑いながら返した。
 
 ……あ、言ってないんだ。

 ヤンチャもあながち間違ってはないなと思った。当時の映像では、少し尖った振る舞いをしていたから。でも、その尖りのなかに、シャイだけど人懐っこい人柄が滲み出ていて、おちゃめな人だなと思った記憶がある。

 今も全然変わっていない。

 それを聞いた山口さんが、さらに質問をした。

「ていうか、藤堂さんいくつなんですか、年齢不詳!」
「俺? 三十八。もうアラフォーだよ。若い子に挟まれて、俺も若返らねぇかなー」
 藤堂さんは冗談めかして笑った。

 あの頃、ステージの上にいた彼が、今は課長として目の前にいる。
  ……なんだか、不思議な気分だった。

 飲み会は楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。
 藤堂さんが言っていた通り、決して長くはなかった。『宴もたけなわ』とはこのことだな、なんて思った。

 店から駅までの帰り道、俺は藤堂さんと並んで歩いた。

「さっき、藤堂さんが言ってくれたこと、嬉しかったです。……俺、途中で投げ出すと思ってなくて、前の会社」

 幼い頃から何でもやり抜くタイプだった。親に言われたからではなく、自分がそうしたかったから。もうやめてもいいんだよ、誰かにそう言われると、余計に頑張ってしまっていた。

 前職での仕事は、そんな生き方が通用しなかった、初めての経験だった。
 辞められてすっきりしていたはずなのに、ふと、投げ出したんだ……と思うと、胸に何かがつかえるような感覚になった。

 藤堂さんが前を見て歩きながら、口を開いた。

「そういうの、投げ出すって言わねーから」
「え……でも」
「違うと思ってんのに続けてたら、自分のことどんどん嫌いになるだろ? 投げ出したんじゃなくて、自分を守ったと思えばいいよ。……だから、ここでもなんかあったらすぐ言えよ。俺でもいいし、言いやすい若いやつでもいいし」 
 
 鼻の奥がつんとするのを感じた。

 自分を守ったと思えばいい。
 そんなふうに考えたこと、一度もなかった。
 
「……藤堂さんって、優しいですね」
「え? そう?」
 
 藤堂さんは、少し意外そうに俺を見た。
 
「普通じゃない? 自分が壊れるまで働くことないじゃん」
 
 そう言って、また前を向いた。
 
 たぶん、この人は俺が思っているほど特別なことを言ったつもりはない。
 
 それでも、俺はその言葉を忘れられそうになかった。