僕だけに聴こえる星の歌

 心に響かなくなってから距離をとっていた、大好きだった音楽と星。

 遠い場所にいたあなたが目の前に現れた日から、また俺は光を取り戻しました。


 俺は新卒から五年間、馬車馬のように働いた。
 残業続きで常に寝不足、早帰りの日は飲み会、休みの日は接待のゴルフ。

 全部、好きじゃなかった。

 家に帰って倒れ込むだけの日々、何を聞いても頭を素通りする音楽、真っ暗で何も見えない空。

 飲み会の帰りに、ヘッドフォンを耳に当て、プレイリストを全曲シャッフルで流す。

 一曲目に流れてきたのは、昔、何度も聴いたあの歌だった。もう聴かなくなって、ずいぶん経つ。なのに、イントロが流れた瞬間、誰の声なのかも、どんな歌詞だったのかも、全部思い出した。

 すーっと肩の力が抜けていくような、艶のある柔らかい歌声。


 ♪ 星が見えない夜だって 自分を責めなくていい


 忙しさに追われて閉じ込めていた記憶が一気にあふれ出してきた。と同時に、ぷつんと糸が切れた。

 その歌詞と、一月の刺すように冷たい風が、背中を押した。

 俺は転職を決意した。

 翌週、退職の意向を上司に伝えた。
 最初は引き止めてきたくせに、俺の意思が固いことに気づくと、「ここで無理なら、この先どこでもやっていけない」とか言ってきやがった。

 憎しみの感情は久しぶりだった。

 懐いてくれていた後輩には迷惑をかけたくなかったから、丁寧に、でも淡々と引き継ぎをしておいた。

 転職活動は、主に平日仕事終わりにしていた。
 譲れない条件はたった一つ、『早く帰れること』。

 国立大卒であることと前職の社名が仕事をしてくれたおかげで、ありがたいことに、どの会社も好感触だった。

 結局、社員五十人ほどの小規模なメーカーに転職した。

 決め手は社長面接だった。ほかの面接でも必ず聞いていた、条件チェックのための質問をしたときのこと。

「御社の社員の皆さんの、一日の退社までの流れを教えていただけますでしょうか?」
「わかりました。……早く帰りたい? 帰れるよ」
「……帰りたいです」
「正直でいいね。仕事は『余白』が大事だと、僕も思ってるよ」

 そう言って、社長は一日の流れを教えてくれた。

 こういう考えを持っている人のもとで働きたいなと思った。

 その場で内定をもらい、入社を決めた。
 四月からここで働くことになった。

 三月末の退職まで、残った有給をすべて消化することにした。三月は一度だけ出勤し、あとはもう会社に行く必要もなかった。

 久しぶりに、ゆったりとした時間を過ごした。
 音楽を聴いたり、映画を観たり、本を読んだり……。平日の空いているカフェに、ふらっと一人で行けたのもよかったな。
 夜空を見上げたのもいつぶりだっただろう。

 余白って、こういうことか。


 ——四月一日。

「本日からお世話になります。白石誠(しらいしまこと)と申します」

 前職での経験や意気込みなど、軽く自己紹介をした。

 部長に案内してもらったデスクに荷物を置き、近くの席の人に挨拶しようと顔を上げた。
 

 ……ナオヤだ。

 
 見間違うはずがない。何度もライブ映像を見て、一度きりだけどライブにも行って、目に焼き付けた顔。


「はじめまして。課長の藤堂直哉(とうどうなおや)です。ゆっくりやっていこうな」
 

 暗闇から救い出してくれた、あの声だった。