虐げられた花売り令嬢は、月の楼主の運命の待ち人

 蒼い松明が揺れていた。
 眼前の舞台では、あの人が微笑んでいる。首筋に赤い彼岸花の形をした死の証を刻まれたまま、背後から巨大な黒い妖怪に下卑た目で見られているのに、絶望の中で、穏やかに。
 手を伸ばしたかった。その身体を抱いて今すぐこの場から逃がしてやりたかった。けれど既に自分の腕は不自然な方向に曲がり、足は腱を切られて動けない。一度はあの薄暗い座敷牢を破ってあの人を外に出したはずなのに、すぐにあの妖怪に追いつかれて捕まった。その時点で運命が決まっていたのだとわかっていても、諦めることはできなかった。
 黒い影が不気味に縦に伸びていく。石榴のように赤い口を開き、佇むあの人を飲み込んでいく。あの人の命が終わっていくと思うと、怒りと恐怖が全身を包んだ。
 なのに動けない。手を伸ばせない。
 できるのはただ、「やめろ」と声を上げるだけ。それで何かが変わることなどありはしないのに、ただただ必死に叫んでいた。
 ふいに、あの人がこちらを向いた。その表情には笑みが浮かんでいた。迫り来る死を感じているだろうに、何度も何度も自分に温もりをくれた微笑みをたたえて、彼女がおもむろにこちらへ手を伸ばしてくる。
 黄緑の温かな光と共に、目の前の地面に花が咲く。
 黄色く可憐な、福寿草の花だった。
「どうかあなたは幸せに」
 口の動きでそう告げた後――彼女の身体は裂けた口の中に飲み込まれた。
 骨が砕ける音と、嫌な笑い声が響く中、声が枯れるほど慟哭する。
 絶望した。大切な人一人守れなかった無力な自分。温かく優しいあの人が死ななければならなかった残酷な世界。その全てに。


 だから自分は、必ず強くなると決意した。
 強くなって強くなって強くなって。
 戦って戦って戦って戦って戦って。
 いつかもう一度生まれてくるあの人が、二度と辛い目に遭わないように。

 残酷な世界を、優しい世界に作り変えるのだ。

   ***