アナウンサーは衆目に立たなければならない。
その印象は常に意識し、
清潔さと規律を重んじ、
確信のある発言を心掛ける。
声の変調にも気を配る。
SNSのフォロワーも数千人に及ぶ。
でも、私はそんな人間ではなかった……。
テレビ局。
放送室。
カメラ機材。
原稿の紙。
観客……。
そんなものとは無縁の、
真逆の人生だったはず……。
だけど経歴は、大学を卒業し、養成所を経て、
希望と夢を持ってこの業界へ飛び込んだことになっている。
……でも、私には。
私の中には、そうじゃない私がいる。
「早草アナ、もうすぐ本番入ります」
「はい。よろしくお願いします」
「はい、五秒前、四、三、二……」
「こんばんは。午後のニュースの時間になりました」
「本日も私、早草礼子がお届けいたします」
人に見てもらいたい。
人に認めてもらいたい。
その気持ちはあった。
でも、それは……。
私が空気だったから……。
ただ、そこにいることを分かってもらいたかっただけ。
そう、
もう一人の私は呟く……。
「お疲れさま、早草アナ」
「あ、お疲れ様です。ディレクター」
ディレクターは手招きしながら私を呼んだ。
「ねえ、早草さん」
「今、SNSで話題の学生起業家知ってる?」
「スマホのアプリを作って、
それが話題になり、
IT会社を立ち上げた大学生ですか?」
「そうそう。それそれ」
「何でもその大学生、
あのゼネコン業界二位の宝林建設の長男らしいんだ」
「そうなんですか?」
「あっ、でもそんな苗字じゃなかったと思いますが」
ディレクターは少し声を落とした。
「自分はゼネコン会社の権威を利用したくないとかで、
母方の姓を名乗ってるらしいんだ」
「美樹本 正義(みきもと まさよし)。
それが今の名前だ」
「で、それを私に話すということは……?」
ディレクターはにこやかに言った。
「独占取れたんだよ!」
「インタビュー」
「早草、やってみろ」
……。
良い話だった。
私にとってマイナス要素はほとんど無い。
局としても大きな話題になる。
私自身の評価にも繋がるだろう。
でも……。


