探偵研究部――カケラノセカイ―― エピソード0・小川歩の事件簿/第五話 プロファイリング

 高い空には雲一つない九月。
 赤いトタン屋根の部室では、机の上に小さな段ボールが一つ。

 小川は、缶バッチセットと段ボールに直書きしてからガムテープで封をし、ひょいとロッカーの最上段にそれを載せた。

 平屋は手元のタブレットで写真などのファイルをクラウドに保存する。
 未知は、立て看板を雑巾で拭いていた。

 机の上のコピー用紙には、高杉の適当な文字で「今日、オカ研はファミレスで打ち上げするぜ」と書かれ、その隣には、智子の書いたかわいい「おばけさん」が踊っていた。

「さて、終わったか」

 小川は平屋と未知の様子を見てから、一脚の椅子を部室の中央にギギギと持ってくる。

 つられるように平屋、未知も手近な椅子を引っ張り出し、いつものように車座になった。

 日は穏やかに傾いてくる。

 静かな、当たり前の、放課後のひとときだ。

 小川は、一度二人の顔を見る。
 平屋はタブレットから手を離さない。未知は顔を伏せていた。

「どうしたよ。何か緊張してる?」

 小川が、おどけたように言えば、ようやく平屋は顔をあげ、仕方なさそうにタブレットを脇に置いた。未知は眉間にすこししわを寄せてから、目を開けて、青みかかった瞳を見せる。その口元は笑顔の形だった。

「今日は前にも言ってたけど、お互いがお互いをプロファイリングする。まあ、恒例行事だよ」

 小川が、机の引き出しから取り出した大学ノートを平屋と未知に渡していく。
 そして自分もノートを手に取った。

「じゃあ、今から三分間、話をしないでお互いを観察するんだ」

 小川は時計をちらりと見てから、

「スタート」

 と言った。

 
 それぞれがノートを手に、互いをじっと見つめ始めた。
 西日のせいか、チリチリと、ほほの熱さを互いに感じる。


 小川のまっすぐな黒い目が。
 平屋の丸い琥珀色の瞳が。
 未知の不思議と青みかかった瞳が。


 互いに互いを感じながら、見つめている。


「はい、おわり」

 その小川の声に、平屋と未知は、ほおっと息をついた。

「すんげ―緊張した」

 小川が笑えば、

「あっつーー」

 とシャツの襟元をパタパタとする平屋と、

「恥っず……」

 両手を頬にあてて、ぐにぐにとマッサージする未知がいた。

「ほら、じゃあ、次は互いについて、感じたことをこのノートにまとめていくよ。終わったら、それぞれ発表な」

「えーー」

「発表するんですかあ?」

「そ。伝統的にそうなの。ほれ、去年の先輩たちもやってた。
 そして、発表中は口を挟まないって、ルールまで書いてる」

 小川は、第三十九期の部誌を皆に掲げる。

「えーーーー、じゃあ俺から、平屋に」

 口火を切ったのは小川だった。




【小川から平屋へ】

「あのさ、平屋。さっき見てて思ったんだけど、お前って、じつはすんげーかわいい顔してんのな」

「ぶっ!!」

 平屋の口が文句を付けそうに開きかけたところを未知が、

「しゃべっちゃダメです!」

 と小声で制した。平屋はしかたなくノートで口元を隠したがその眉間にはしわが寄っている。

「お前って、すごい器用なやつだよな。タブレットはもちろん、機械関係はほぼ使いこなしてるし。あ、あと、女装。運動会の時、一瞬お前ってわかんなくて、二度見した。あと骨格標本とダンスかな……」

「△△△ーーーーーーー!!!」

 平屋は真っ赤な顔で声なき悲鳴を上げている。

「そんな器用なお前が、探偵研究部に来てくれた。それからはずっと、当たり前のようにお前が傍にいてくれて、なにか困ったことが起きても、隣で直ぐに最適解を叩きだしてくれた。ただ、なんでも器用だからさ。もしかしたら、何をやらせてもうまいんじゃないかなって思うことが時々あった。お前にとって、探偵研究部って楽しかったのかな? って時々思ってたんだ」

 小川はここまで言うと、ニッと笑う。

「平屋のプロファイリングはここまで」


「えええ、ずるくないですか? それ、絶対『楽しかったです』って言うしかないじゃないですか!!」

 平屋は真っ赤になって反論し、キッと小川を睨んだ。

「わーかりました! それじゃ、次は僕からのプロファイリング、先輩受けてくださいよ」

「どうぞどうぞ」

 小川は嬉しそうに両手を差し出す。
 いちいちその朗らかな動きが平屋には頭にくる。
 平屋は思いっきり険のある声でノートを読み始めた。




【平屋から小川へ】

「小川先輩って、背は高くって、体もがっちりしていて、アスリートっぽいんですけどね、一瞬は。でもかっこいいのは瞬間だけって言うか……。普段は、いつも眠そうにしてて、瞼が重くて半目になってることも放課後多くて。実際、推理映画の鑑賞会では、何回も船を漕いで、その後のトリックの検証とかは、全部、僕と未知でやってたんですよ」

「え、だってお前持ってくるのって『オリエント急行』とか『裏窓』とかちょっと難しい奴じゃん!」

 思わず反撃すれば、未知がすごい圧で制する。

「先輩、シーーーーーーーー!!!」

「まあ? 先輩が持ってきたハリウッド版映画『シャーロック・ホームズ 』には度肝を抜かれましたけどね。あれ、娯楽大作じゃないですか!」

「面白いって言ってた!!」

「シ―――――!」

「まあ、そんなちょっとダメダメな所も含めて、悔しいですが……意外と熱血で、困ってると頼りになるんですよね。その一方で、時々……見ていてちょっと不安になるくらい老成しちゃってるというか。おじさん? いや、おばちゃんぽい? 先輩、いったい何歳ですか? 以上、先輩のプロファイリングでした」

「めっちゃ悪口なんですけど――」

 小川は口をとがらせてから、

「ひっでえ――」

 と一度椅子を大きく後ろに傾けた。

「批判は無しですよ! プロファイリングですから」

 平屋がドヤ顔で言うと、小川は「えー」と言ってから、

「おれはもういいから、次、未知のプロファイリングやってよ!」

 と話題をそらした。
 平屋も、

「えー、女の子のことだからなあ。先に先輩からお願いします」

 と話を流し、再び小川にパスを渡す。




【小川から未知へ】

 小川は少し照れくさそうに、今度は未知の顔をじっと見つめる。未知も、恥ずかしそうに肩をすくめた。
 未知の、光を集めたような不思議に青みがかった瞳……。

(なんか、見たこと、あるんだよなあ)

 心のどこかで、そう思った。

 遠い記憶だろうか? どうしても思い出せない。

 口角のきゅっと上がった唇と、聡明そうな白い額。整ったその容姿に反して、その瞳の奥に、どこか暗い影が見える。
 それは幼少期の辛い東欧での思い出だろうか。

(笑ってほしい。心から、笑ってほしい)

 心の中でそう呟き、小川は未知へ語りかけた。

「未知は、そうだなあ。あんまり、本性みせないね。俺たちには、もっとみせていいよ。未知が、よければだけど」

 そこまで言って、未知の顔を見ると、困ったような、嬉しそうな、なんとも言えない表情をしていた。
 未知は、小さく「はい」と口元だけを動かした。

 小川のほうが、何か照れて、

「ほら! 次は平屋言えよ!」

 と促した。

「え、短っ! 早っ!」




【平屋から未知へ】

 平屋は、コホンと咳払いをしてから話し始める。

「えー、そうだな、うん。未知は、すごい奴です。

 学習アプリで点数が取れるって、実は学校の勉強だけじゃない。勉強の基礎体力があるっていうのかな? ただテストのために勉強してきた人じゃなくって、勉強の蓄積が、テストの点数に繋がってるような、そんな気がする。

 初めて会った時、バスケのシュートのフォームがお手本みたいだった。
 あれもきっと、正解みたいなものを叩きこまれてるからできたんじゃないかなって。これが本当の教養なのかなって、未知を見てると思うよ。

 あ、でも僕よりデジタルツール使うのは、うまくならないでほしいです。
 以上」

 平屋のその言葉に、思わず未知は笑顔になった。

「ありがとうございます」

 とうなずいてから、未知はふと疑問を口に出していた。

「先輩たちは、どうして、私のことを受け入れてくれたんですか? 私のこと、変わってる子だと思ったことないんですか?」

 と尋ねた。

 それは四月、この部室を初めて訪れたときからだ。

 放課後の部活動が、急に危険を孕んでも、SPを連れて登校しようとも、彼らは変わらずに当たり前のように未知に居場所を与えてくれた。

 平屋は「生意気だと思うときもあるけど」と答え、

 小川は「変わってる? この部活に喜んで入るやつ、まともなやついるわけないだろ」と事もなげに言った。

 その言葉に心底ほっと肩の力を抜いて、未知は微笑み、二人をプロファイリングし始めた。




【未知から小川へ】

「小川先輩は、初めて会った時は、とっても背が高くて大きくて、実は私怖かったんです」

 その言葉に、小川は驚いたように目を向けた。

 初対面からあんなにずけずけと自分を出していた未知が、怖がっていたなんて知らなかったのだ。

「だけど、家に来て、めちゃくちゃなギター演奏したときに、『この人、あったかいひとなんだなあ』って安心したんです。ギターは下手だけど」

 未知はいたずらっぽく笑う。それがなんだか気恥ずかしくて、ちょっと上を向いた。

「小川先輩は、人とのコミュニケーションを取るのが得意で、勉強なら、多分、数学より、国語や英語が得意でしょうね。

 字がきれいなのは、生真面目な性格の表れでしょう。

 あと、生活面のスキルが驚くほど高いです。焼きそば作るのなんて、手際よくて、家のものが驚いてました。

 白衣のボタンが取れたときも、自分で付けてたし。総じて、自分で自分のことをやれる人、ですね。以上です」

 小川は少し照れたように頭をかきながら、

「……っつーか、ボタン付けくらい自分でやるだろ……ふつう」

 と返した。
 未知は、にこりと微笑んでから、平屋の方を向く。
 ぎくり、と平屋は背筋を伸ばした。




【未知から平屋へ】

「平屋先輩は、優しそうに見えて、とっても計算してる、侮れない人です。

 あと、多分、私たちに言っていないことがあるんじゃないでしょうか?

 運動会とこの間の文化祭の時です。女の子の服を着ても、女の子になれるわけじゃないんです。

 それなのに、それができている。

 あのダンスも完璧だったし。所作もきれいだから、何か伝統的な芸事を習っていましたか?
 または、おばあちゃんから教わったのでしょうか?
 厄よけに、小さな頃から女の子の格好をする伝統的な風習を残すお家なんでしょうか?

 反面、デジタルツールは、あとから備わったもので、今何よりも慣れ親しんでいるものなのでは?」

 AIがデータをはじき出すように、次々言葉を発する未知の姿にたまらず、

「ちょっ……! ちょっと待って!」

 思わず平屋が慌てて制する。

「なに、この子、こわっ! ……僕、何も話してないんだけど……!」

「あくまでプロファイリングで、私の想像ですよ」

 と未知はしれっと答える。

「やっぱり生意気! じゃあこっちもプロファイリング返しする?」

 と平屋がタブレットを持ち出そうとする。


 秋の日は、すでに地平に落ちるばかりに、朱色と藍色のグラデーションで空を彩る。
 

 小川は二人のやりとりをにやにやと眺め、一度時計を見てから、プロファイリングのノートを閉じた。

「さあ、六時ジャストだ! 帰るぞ!」

 そう言って、背を向け立ち上がった小川に、平屋と未知は、また少し改まったような、緊張したような、いつもと違う空気が流れているのを感じた。
 平屋が、きっぱりと声を発した。


「小川先輩、いままでありがとうございました」


 気配で二人が、深く礼をしているのが分かった。
 その言葉に、小川は振り返らず、ただ穏やかな声で答えた。


「おう! よろしくな、新部長、副部長!」


 今日が、三年生の小川の最後の部活の日だった。

 小川は大事そうに、プロファイリングのノートを、部誌と一緒に引き出しにしまった。

 その日、三人はお互いのことを少しだけ深く知ることができた。



 第五話 プロファイリング・了