翌日、小川は学校に着くまでの通学路で、何の気なしに電柱や町内の看板を見ながら登校した。
教室に入ると、高杉とマタロウに声をかける。
「なあ、お前たち、部活どこ決めた?」
マタロウは、新しくおろしたばかりの眼鏡を神経質そうに拭きながら答える。
「男子バドミントン部だよ。もう仮入部はしてきた。まあ、生徒会希望だから、途中でやめるかもしれないけどな」
その言葉に反応して、高杉は伸ばし始めた前髪を無造作にかき上げながら、
「あいかわらずお堅いねえ。俺は色々見てるよ。
ただ昨日、女子テニス部に『男子マネージャーとして入ります』って言ったら、思いっきりお断りされたけど」
そのどや顔に、小川は思わずつられて笑った。
「あれ? 小川、お前サッカー希望だったんじゃないっけ?」
と高杉が聞くので、
「うん、まあ、そう」
と答えた。
自分でも不思議なほど、何とも歯切れが悪かった。
「こういうのは、ちゃっちゃと済ませたほうがいい」
ピカピカの眼鏡を満足げにかけて、マタロウは席に戻っていく。
「そうだな」
そして、始業のチャイムが鳴った。
******
放課後、小川は「探偵研究部」の部室を訪れた。
そこには、狭間、笠置、玉田はまだ来ていなかったが、机の上には昨日読みそびれた『部誌』がそのまま置かれていた。
小川は、そのノートを手に取った。
何の変哲もない大学ノートにマジックで『第三十七期 部誌』と書かれている。
入学式後の部活動説明会では、あの三人の先輩が、ちんどん屋よろしくポンポンとおもちゃのラッパを片手に、
『古今東西の名探偵たちの実地検証してま――す! 映画鑑賞もするよ。厳しいことはなにもなし! 今日から君たちも名探偵! おじいさまの名に懸けて、真実はいつもここにある!』
なんて、漫画のセリフをもじってそんなことを言っていた。
正直、こんなゆるい部活動に興味なんてないけれど、ではなぜこんな部が存続しているのか? その理由のほうが気になったのだ。
小川の開いたノートには、しっかりとした文字でこんなことが書かれている。
『探偵の極意』
【三、捜査の基本】
足を使っての捜査の場合、やみくもに探すのではなく、まずは捜査する『対象』がどのように動いたのか、まずはプロファイリングすること。
プロファイリングとは、すなわち「相手の立場になって、想像力を働かすこと」である。
その『対象』はどんな動きをするのか、どんな目的で動くのか、何を好むのか――
ペラペラとノートをめくる音だけが響く静かな時間が流れる。
「ガラガラ」と扉が開き、三人の先輩たちは、そこに小川がいることに、目を丸くして驚いた。
三人と小川は、迷子の三毛猫調査のため再び校外に出た。
グラウンドからの運動部たちの、
「ファイオー、ファイオー」
というランニングの掛け声や、
「カキーン」
と野球バットがヒットを告げる小気味よい音は遠ざかっていった。
近所の商店街に出た。
小川は商店街の店の店頭などをきょろきょろと見て回る。
魚屋の焼き魚の香ばしい匂いや、肉屋のコロッケを揚げる油に釣られて、猫がいないものかと、店と店の間の狭い路地をくぐりぬけたりもした。
その間、先輩方はひっきりなしに漫才のような話をしては、けらけらと笑っている。
小川が猫のことを聞くと、
「猫の飼い主? うん。三丁目のあたりに住んでるんだよ」
「青い首輪が目印って聞いていたけど」
「そうだなあ。猫のたまり場って言えば、集会所の軒下あたりかなあ。猫たちがよく日向ぼっこしているって聞いたことあるなあ」
わずかな情報を教えてくれた。
ふと見た電信柱には『五丁目』と表記されていた。
この入り組んだ場所で一匹の猫を見つけるなど、簡単にできることではなかった。
残念ながら三毛猫はおろか、他の猫も見つからない。
小川が買ってもらったばかりの腕時計を見ると、すでに四時は過ぎている。
特に収穫もないまま四人は部室に戻り、そしてまた下校のアナウンスが流れ、帰宅した。
******
翌日も、翌々日も。
放課後になれば、先輩三人に言われるまま、近所の河原、学校の裏山、スポーツ公園と、あてどなく歩き回り、数日が過ぎていた。
もう、仮入部期間は今日で最後だった。
小川はまた、先輩三人よりも早く部室に来て、『部誌』を読んでいた。
その目は真剣そのものだった。
部室にやってきた三人の先輩は、驚きとともに、その小川の姿を見つめていた。
――正直なところ、初めて会った時、三人はこの少年のことを見くびっていた。
多分、直ぐに「サッカー部に行きます」とこの部を見限ると思っていたのだ。
だから、なるべくそっちに行かないように「学校から離れた場所」を捜査に選んだというのに。
自ら、肉屋に入って聞き取りをする。
制服がよごれるのも構わずに、河原に足をつけ、裏山のけもの道を歩く。
まるで『直感レーダー』が頭についているかのように、ずんずんと前を進むのだ。
――彼はあきらめない。どんなことでも足を使う。
そして、わずかでもその『直感レーダー』にひっかかるヒントを探すために『部誌』を読み漁る。
短くはねた黒髪に、日に焼けた肌。一年生にしてはしっかりした身体。
一見いかにもな、運動部系に見えて実は――。
そんな思いになっていた時だ。
小川のそのまっすぐな黒い瞳がこちらを見る。
「先輩方……ちょっとこれ見てください。調査の仕方。本当ならもっと理論的に組み立てるものであって、やみくもに『調査』するのは間違ってるんじゃないですか? 本当は、その猫の行動半径を探していくのが、正解だったんじゃないんですか?」
その、率直そのものの感想に、狭間は、ふう、とため息をついて降参したように手を上げた。
彼の『直感レーダー』には、こちらのたくらみはすっかりお見通しだったようだ。――無自覚みたいだけど。
狭間はその原石のような少年を見た。
(この子は、エネルギーの塊だ)
正義感にあふれ、おせっかいで、直感的で、体力がある。
おせっかいだから、猫が見つかるまで、この部にいてくれたのだ。
この子なら、どんな部活動でもやりこなせるだろう。こんな辺鄙な部活に留めて置くことはない。
そう、狭間は数日過ごしただけで思い知らされた。
「そうだね……。ごめんね。猫の話は嘘っぱち。君にちょっとでもこの部に興味を持ってもらいたかったんだ。いままで、仮入部ありがとう。サッカー頑張って」
そこまで言って、小川にカバンを渡してから、彼を部室の外へ出して、ぴしゃりと扉を締めた。
*****
小川は、校内を歩き始めた。
すぐそこに、サッカー部が見える。
今日、そこに行けば、自分はサッカー部員になれるだろう。
腹も立っていた。嘘をつかれていたことに。
そのうえでこんな理不尽に放り出されたことにも。
けれど。
「三毛猫」の話。
あれは、口から出まかせの真っ赤な嘘とはなぜか思えなかった。
「嘘には、ほんの少しの真実が混ざっている」
または
「真実のなかにほんの少しの嘘がまざる」
『部誌』に書かれていた内容だ。
どちらにせよ、そこに「真実」は含まれているのだ。
――猫を調査しているときに、あの人たちは何と言ったか?
(猫の飼い主? うん三丁目のあたりに住んでるんだよ)
(青い首輪が目印って聞いていたけど)
(そうだね、公園の集会所の軒下あたりに、猫たちがよく日向ぼっこしているって聞いたことあるなあ)
小川は、くるり、と踵を返した。
*****
「狭間ー。なんであの子帰しちゃったんだよ」と玉田。
「いい子だったのに……」と笠置。
「うるさいなあ。……いい子だったからだよ。この部にはちょっともったいないくらいの」
そう言ってると、
「ガタガタガタ!」
建付けの悪い部室のドアが揺れた。
なんだ? と三人は振り返ると、
「先輩! 開けてください! 先輩!」
先ほど出て行ったはずの小川の声が聞こえた。
そして、ドアを開けて、三人は絶句した。
なんと、そこには、三毛猫を抱っこした、泥だらけの小川歩が立っていたのだ。
「先輩! こいつの事ですよね! この猫! 見つかりましたよ!」
そこには、青い首輪をつけた三毛猫が、不服そうに、でも安心したように小川に抱えられてる。小川の片手には「にゃんちゅーる」が握られていた。
教室に入ると、高杉とマタロウに声をかける。
「なあ、お前たち、部活どこ決めた?」
マタロウは、新しくおろしたばかりの眼鏡を神経質そうに拭きながら答える。
「男子バドミントン部だよ。もう仮入部はしてきた。まあ、生徒会希望だから、途中でやめるかもしれないけどな」
その言葉に反応して、高杉は伸ばし始めた前髪を無造作にかき上げながら、
「あいかわらずお堅いねえ。俺は色々見てるよ。
ただ昨日、女子テニス部に『男子マネージャーとして入ります』って言ったら、思いっきりお断りされたけど」
そのどや顔に、小川は思わずつられて笑った。
「あれ? 小川、お前サッカー希望だったんじゃないっけ?」
と高杉が聞くので、
「うん、まあ、そう」
と答えた。
自分でも不思議なほど、何とも歯切れが悪かった。
「こういうのは、ちゃっちゃと済ませたほうがいい」
ピカピカの眼鏡を満足げにかけて、マタロウは席に戻っていく。
「そうだな」
そして、始業のチャイムが鳴った。
******
放課後、小川は「探偵研究部」の部室を訪れた。
そこには、狭間、笠置、玉田はまだ来ていなかったが、机の上には昨日読みそびれた『部誌』がそのまま置かれていた。
小川は、そのノートを手に取った。
何の変哲もない大学ノートにマジックで『第三十七期 部誌』と書かれている。
入学式後の部活動説明会では、あの三人の先輩が、ちんどん屋よろしくポンポンとおもちゃのラッパを片手に、
『古今東西の名探偵たちの実地検証してま――す! 映画鑑賞もするよ。厳しいことはなにもなし! 今日から君たちも名探偵! おじいさまの名に懸けて、真実はいつもここにある!』
なんて、漫画のセリフをもじってそんなことを言っていた。
正直、こんなゆるい部活動に興味なんてないけれど、ではなぜこんな部が存続しているのか? その理由のほうが気になったのだ。
小川の開いたノートには、しっかりとした文字でこんなことが書かれている。
『探偵の極意』
【三、捜査の基本】
足を使っての捜査の場合、やみくもに探すのではなく、まずは捜査する『対象』がどのように動いたのか、まずはプロファイリングすること。
プロファイリングとは、すなわち「相手の立場になって、想像力を働かすこと」である。
その『対象』はどんな動きをするのか、どんな目的で動くのか、何を好むのか――
ペラペラとノートをめくる音だけが響く静かな時間が流れる。
「ガラガラ」と扉が開き、三人の先輩たちは、そこに小川がいることに、目を丸くして驚いた。
三人と小川は、迷子の三毛猫調査のため再び校外に出た。
グラウンドからの運動部たちの、
「ファイオー、ファイオー」
というランニングの掛け声や、
「カキーン」
と野球バットがヒットを告げる小気味よい音は遠ざかっていった。
近所の商店街に出た。
小川は商店街の店の店頭などをきょろきょろと見て回る。
魚屋の焼き魚の香ばしい匂いや、肉屋のコロッケを揚げる油に釣られて、猫がいないものかと、店と店の間の狭い路地をくぐりぬけたりもした。
その間、先輩方はひっきりなしに漫才のような話をしては、けらけらと笑っている。
小川が猫のことを聞くと、
「猫の飼い主? うん。三丁目のあたりに住んでるんだよ」
「青い首輪が目印って聞いていたけど」
「そうだなあ。猫のたまり場って言えば、集会所の軒下あたりかなあ。猫たちがよく日向ぼっこしているって聞いたことあるなあ」
わずかな情報を教えてくれた。
ふと見た電信柱には『五丁目』と表記されていた。
この入り組んだ場所で一匹の猫を見つけるなど、簡単にできることではなかった。
残念ながら三毛猫はおろか、他の猫も見つからない。
小川が買ってもらったばかりの腕時計を見ると、すでに四時は過ぎている。
特に収穫もないまま四人は部室に戻り、そしてまた下校のアナウンスが流れ、帰宅した。
******
翌日も、翌々日も。
放課後になれば、先輩三人に言われるまま、近所の河原、学校の裏山、スポーツ公園と、あてどなく歩き回り、数日が過ぎていた。
もう、仮入部期間は今日で最後だった。
小川はまた、先輩三人よりも早く部室に来て、『部誌』を読んでいた。
その目は真剣そのものだった。
部室にやってきた三人の先輩は、驚きとともに、その小川の姿を見つめていた。
――正直なところ、初めて会った時、三人はこの少年のことを見くびっていた。
多分、直ぐに「サッカー部に行きます」とこの部を見限ると思っていたのだ。
だから、なるべくそっちに行かないように「学校から離れた場所」を捜査に選んだというのに。
自ら、肉屋に入って聞き取りをする。
制服がよごれるのも構わずに、河原に足をつけ、裏山のけもの道を歩く。
まるで『直感レーダー』が頭についているかのように、ずんずんと前を進むのだ。
――彼はあきらめない。どんなことでも足を使う。
そして、わずかでもその『直感レーダー』にひっかかるヒントを探すために『部誌』を読み漁る。
短くはねた黒髪に、日に焼けた肌。一年生にしてはしっかりした身体。
一見いかにもな、運動部系に見えて実は――。
そんな思いになっていた時だ。
小川のそのまっすぐな黒い瞳がこちらを見る。
「先輩方……ちょっとこれ見てください。調査の仕方。本当ならもっと理論的に組み立てるものであって、やみくもに『調査』するのは間違ってるんじゃないですか? 本当は、その猫の行動半径を探していくのが、正解だったんじゃないんですか?」
その、率直そのものの感想に、狭間は、ふう、とため息をついて降参したように手を上げた。
彼の『直感レーダー』には、こちらのたくらみはすっかりお見通しだったようだ。――無自覚みたいだけど。
狭間はその原石のような少年を見た。
(この子は、エネルギーの塊だ)
正義感にあふれ、おせっかいで、直感的で、体力がある。
おせっかいだから、猫が見つかるまで、この部にいてくれたのだ。
この子なら、どんな部活動でもやりこなせるだろう。こんな辺鄙な部活に留めて置くことはない。
そう、狭間は数日過ごしただけで思い知らされた。
「そうだね……。ごめんね。猫の話は嘘っぱち。君にちょっとでもこの部に興味を持ってもらいたかったんだ。いままで、仮入部ありがとう。サッカー頑張って」
そこまで言って、小川にカバンを渡してから、彼を部室の外へ出して、ぴしゃりと扉を締めた。
*****
小川は、校内を歩き始めた。
すぐそこに、サッカー部が見える。
今日、そこに行けば、自分はサッカー部員になれるだろう。
腹も立っていた。嘘をつかれていたことに。
そのうえでこんな理不尽に放り出されたことにも。
けれど。
「三毛猫」の話。
あれは、口から出まかせの真っ赤な嘘とはなぜか思えなかった。
「嘘には、ほんの少しの真実が混ざっている」
または
「真実のなかにほんの少しの嘘がまざる」
『部誌』に書かれていた内容だ。
どちらにせよ、そこに「真実」は含まれているのだ。
――猫を調査しているときに、あの人たちは何と言ったか?
(猫の飼い主? うん三丁目のあたりに住んでるんだよ)
(青い首輪が目印って聞いていたけど)
(そうだね、公園の集会所の軒下あたりに、猫たちがよく日向ぼっこしているって聞いたことあるなあ)
小川は、くるり、と踵を返した。
*****
「狭間ー。なんであの子帰しちゃったんだよ」と玉田。
「いい子だったのに……」と笠置。
「うるさいなあ。……いい子だったからだよ。この部にはちょっともったいないくらいの」
そう言ってると、
「ガタガタガタ!」
建付けの悪い部室のドアが揺れた。
なんだ? と三人は振り返ると、
「先輩! 開けてください! 先輩!」
先ほど出て行ったはずの小川の声が聞こえた。
そして、ドアを開けて、三人は絶句した。
なんと、そこには、三毛猫を抱っこした、泥だらけの小川歩が立っていたのだ。
「先輩! こいつの事ですよね! この猫! 見つかりましたよ!」
そこには、青い首輪をつけた三毛猫が、不服そうに、でも安心したように小川に抱えられてる。小川の片手には「にゃんちゅーる」が握られていた。



