探偵研究部――カケラノセカイ―― エピソード0・小川歩の事件簿/第五話 プロファイリング

「おい! いたか?」

「いや、こっちにはいない」

 一階の階段奥の、モップ置き場の陰に隠れて、中学一年になったばかりの小川歩(おがわ あゆむ)は口に手を当てて息を殺していた。
 しばらくしてバタバタバタと廊下を走る上靴の音が遠ざかる。
 ほおっと、詰襟の一番上のホックを外した。

 ――正直、あの勢いで最上級生に詰め寄られるのは、非常に心臓に悪い。

 放課後、部活動の勧誘で運動部の先輩方からひっきりなしに声がかかった。

「君! 足がとっても早いんだってね。陸上部へおいでよ」
「バスケやると背が伸びるぞ! 女子にもモテ放題だ!」
「鍛えなおしてやるから、剣道部に!」
「体幹を鍛えるなら柔道部だ! そいや!」

 最後の奴は、投げられそうになるところだった。
 慌てて、

「今日は、ちょっと用事があるんで、サーセン」

 と適当な言い訳をつけて、教室を飛び出したのが先ほど。

 ――運動神経抜群の、『熱血O(オー)』。

 どういうわけか、誇大広告みたいに、噂だけが一人歩きしていたようだ。

 小川は、その場にしゃがみこんで、はあー、とため息をついた。

(確かに、足は速かったさ。代表リレーには出させてもらってたし。
 バスケの授業も好きだった。ダンクとかかっこいいから練習したし。
 剣道とか柔道は、弟がやってて、よく練習相手になっていたし)

 でも、本当に好きなものかと言われると、そうでもなかった。
 本当に憧れたのは、別にある。
 風を感じながらフィールドを駆け回る、サッカーだ。
 青くたなびくユニフォームに心が踊った。

(正直、サッカーは休み時間にやったきりだけど、――でも俺は、サッカー部に入りたいんだよ)

 そうして、上級生から見つけられないよう隠れるようにして、こそこそとサッカー部の部室を小川は目指していた。

 誰にも気づかれずに、部室棟へ向かう渡り廊下へ差し掛かる。
 この階段さえクリアすれば、サッカー部はすぐそこだ。
 すると、頭上から、

「危ない危ない! 君! よけて!!」

 張りのある、女子の声が上から聞こえたかと思うと、頭から、バサッと紙吹雪が降ってきた。
 否。紙吹雪ではない。チラシだ。
 宙を舞いながら落ちてくるそのチラシに、

「いった……」

 と頭を掻いていると、踊り場で、

「大丈夫?」

 背中に西日を浴びたシルエットが、声をかける。
ゆっくりと階段から駆け下りてくる声の主は、やがて、背の高いショートカットの黒髪に、はっきりとした目鼻立ちの女子生徒――上靴を見るに二年生だった。
 しっかりと廊下に立ってから、上級生の女子は小川を見た。

「ごめんごめん。手が滑って。けがはない?」

 と聞くから、反射的に、

「いえ、ない、です」

 そう言って立ち上がる。

「狭間(はざま)、だいじょうぶか?」

 大柄でのんびりしたマッシュルームカットの同じく二年生男子、そして角刈りにとがった口の小柄なもう一人の二年生男子がバタバタと階段を鳴らしながら慌てて降りてきた。

「あーあ。派手に散らばって」

 と言って、三人は片付け始めるので、何かの縁だろう、小川も散らばったチラシを集め始めた。
 その姿を見た三人が目配せをする。
 狭間と呼ばれた女子生徒は口を開く。

「ずいぶん、親切だね。怒らないの?」

「だって、わざとじゃないでしょう。一人でも多く手伝った方が、早く終わる」

 小川は遠くに飛んで行ったチラシを小走りに取ってから、

「はい」

 と最後のビラを狭間――先輩に渡した。
 その淡々とした小川の様子に、ふっと狭間は笑みを見せた。

「へえ。君。ちょっと面白い。ねえ、君、このビラ見て、どう思った?」

 首をかしげて狭間は聞いてきた。百六十四センチの小川と同じくらいに無遠慮に目線が合う。
 思わずふっとその目を外して、チラシの文字を確認した。

「探偵研究部、でしょう?
 古今東西のフィクションの探偵を研究するっていう。部活紹介で聞きました。面白そうだけど、オレ、運動部に入るって決めてるから。
 じゃあ、先輩たち今度はチラシ落とさないように気をつけて」

 小川は会釈をしてその場を離れた。

「あれあれあれあれ――?」

 パタパタと上履きの音を鳴らして狭間は横並びになって付いてくる。

「いいね。君。親切だし、礼儀正しい」

 弾む声だった。

「え? そんなの普通じゃない?」

 不審がって小川がぶっきらぼうに返せば、三人は不気味に満面の笑みだ。
 狭間は探偵みたいに人差し指を立てながら推理するみたいに言った。

「普通じゃないんだな! それが。その無自覚な感じ!
 ねえ、ちょっとだけでもいいから覗きにこない? 探偵研究部。まだ仮入部期間だし、どこの部に行っても、最後にサッカー部に行けばいいんだから!」

 次々に男子二人が小川のリュックを手に取り、先に進む。

「うわ! カバン重! 一年生は教科書いっぱいだもんな」
「ほらほら、持ってあげるから!」
「え、あ、ちょっと! 返して、返してください!」

 慌てて小川はその三人について行くしかなかった。