変わり果てた世界で、親友に恋するまでの物語

男友達に告白された。

碧は冗談であんな悪趣味なことをする奴じゃないし、多分、碧が俺のことをそういう意味で好きだというのは本当なんだろう。とはいえ、さすがに信じ難かいし、正直、どうしたらいいのか分からない。

ベッドの中で何度寝返りを打っても、答えは出なかった。

そして、俺はあの時、碧を、あの男と重ねてしまった。碧はアイツじゃないのに。碧は、俺のことをたくさん守ってくれたのに、怖い、って思って拒絶しまった。

俺は、あの時の碧の顔を思い出した。

碧、傷ついた顔してたな。多分、碧は俺がトラウマを持っていることを知っているから、気持ちを隠してくれていたんだ。

そんな碧に対して、さすがに俺のあの言い方は感じ悪かったなとは思う。突き放すような感じになってしまった。いくら動揺したからと言って、もう少し言い方があったはずだ。

最初に好きだ、って言われた時、寝たフリを続けたのは、それが友達としてなのか、確認したかったからだ。でも、二回目を聞いた時、さすがに分かった。

これは、そういう意味なんだ、って。

とにかく話をしなければならないと思ってはいたものの、昨日から碧に避けられている。
いつもは空き時間になれば俺のとこに来てるのに、昼休みも、放課後も、用事ある、とか、委員会がある、とか言って逃げられるし、連絡もムシ。あれ以来、碧とは話せていなかった。朝だって、ホームルームが始まる直前に来るから、話す機会がない。というか、話そうとしても逃げられる。

そのくせ、俺が無理やり触られたり、逃げられない感じにされて少しだけ怖かったりすると、碧はいつもみたいな軽いノリで引き離す。俺とは目を合わせずに。

理由は何となく分かる。罪悪感とか、知られてしまった恐怖とか、そんなところだろう。
俺は、碧に避けられてるだけでこんなに寂しい気持ちになるなんて、思ってもいなかった。

「なぁ颯真、碧となんかあった?」

放課後、楓と晴翔は心配そうに尋ねた。

「いや、別に⋯…」

さすがに苦しいか…⋯?

「だって碧、あからさまに避けてんじゃん。個別で颯真と一緒に帰って、みたいな連絡も来るし」

その通りすぎたが、相談できるはずもなかったので、なんとも言えなかった。

「もしかして、告白でもされた?」

晴翔は確信を着いたような表情でそう言う。

「…⋯え?」

なんで知って…⋯

「あいつ分かりやすすぎだし。でもそっか、碧…結局告ったんだ」

その言い方だと、結構前から気づいていたのかもしれない。

「…⋯ちょっと違う。告られたわけじゃなくて、偶然あいつの気持ちを知ってしまっただけ」

多分、碧は絶対、言うつもりなんてなかっただろうから。

「へえ…⋯それで、話すこともできず避けられてるんだ」

楓はニヤニヤとしながら言った。面白がっているようで、その目の奥は、ちゃんと心配してくれているのが分かる。

「あー、もう…⋯ほんっとむかつく。なんなんだよアイツ」

俺は、怒りを込めながら言った。

「なんか、颯真が怒ってるの初めて見た」
「確かに」

まぁ、言われてみれば、こいつらの前で怒ったこととかなかった気がする。優等生の仮面を、無意識のうちに外してしまっていたらしい。

勝手に告白してきたくせに、言い訳もせず、避けやがって。ほんと、ムカつく。

「そんなに嫌だったんだ?」

晴翔は俺に聞いた。

…⋯嫌じゃなかったから、余計にムカつくんだよ。

「晴翔、楓、悪いけど、先に帰ってほしい。俺、アイツのこと待っとくわ」

碧は、委員会の仕事があるらしく同じ委員会の子と教室を出て行った。待ち伏せみたいで申し訳ないけど、こっちだって手段を選んでられない。
一時間くらい経った頃だろうか。委員会が終わって昇降口の方へ碧がやって来た。

「あ」

その時、目が合う。碧は一人のようだった。けれど、碧はすぐに目を逸らす。
その瞬間、俺はめちゃくちゃムカついた。

「…⋯っ、ちょっとこっち来て」

俺は碧を連れて、誰もいない階段を上ったとこの教室前に移動した。

「お前さ、なんなんだよ。勝手に告白したくせに、避けんなよ」

少し、沈黙になる。廊下の窓ガラスを、風が小さく鳴らす。

「…⋯颯真だって、俺といたら怖いだろ」

碧は、苦しそうな声で言った。

「はぁ?」

何言ってんの?こいつ…⋯

「俺は、颯真のことを裏切った。勝手に好きになって、怖がらせて。俺は、颯真に、あの元再婚相手の男と同じことをしたんだ。そう思ったら、自分がどれだけ酷いことしたか分かってしまって、颯真に合わせる顔なんてなかった」

碧のこんな顔は初めて見た。傷ついた顔。不安で仕方ないような顔。いつも飄々としているあの碧が、今にも崩れてしまいそうに見えた。

「颯真のことだけは、好きになりたくなかったんだよ、ほんとに。何度も否定して、色んな女の子と付き合って。でも、頭にあるのは颯真のことばっかりで。それならもういっそ、この気持ちを伝えずに、一番近くにいられればいいって思ってた」

碧は続ける。

「ほんの出来心だったんだ、あの時。颯真の顔を見てたら、気持ちが溢れた。抑えられなかった。ごめん、颯真。ほんとに、ごめん」

碧は、深々と頭を下げた。その肩が、小さく震えている。

「碧、それ…⋯本気で言ってる?」

俺がそう言うと、碧は驚いたように頭を上げた。

「俺がいつ、碧といたくないって言った?勝手に俺の気持ち、決めつけるなよ」

正直俺は、怒っていた。そんな理由で避けんなよ。勝手に決めつけて、全部、碧の思い込みじゃん。

「言わなくても、分かるだろ。だって俺、あの男と同じことしたんだよ」

あの男、というのは、佐野のことだ。碧は、ずっとそれを気にしていたのだろうか。

「同じなわけ、ねーだろ」

お前と佐野が同じ?笑わせないでよ。そんなわけないじゃん。ばかじゃないの。

「碧は、アイツみたいに卑怯なやり方なんかしない。碧は勘違いしてるんだよ」
「…⋯え?」
「俺だって、そのくらい分かるよ。たとえ俺への感情の名前があいつと一緒だったとしても、俺に向ける瞳も、優しさも、笑顔も、何もかも違うことくらい」

碧は呆然とする。

「それに俺は、お前に避けられてた方が、傷ついた」

当たり前だ。何年一緒にいたと思ってんだよ。

「颯真、俺は…⋯下心で、お前と一緒にいたんじゃない。俺は、お前といるのが好きだから、一緒にいたんだ。それだけは信じて欲しい」
「分かってんだよ、そんなこと。」

何を心配してんだか、こいつは。

「なぁ碧、俺は────」

その時、ドォォンと、大きな雷鳴が響いた。気がつかなかったけど、外は土砂降りになっていた。さっきまで夕焼けだったはずの空は、いつの間にか真っ黒な雲に覆われていた。その衝撃音に、窓ガラスが少し震えた気がする。

「うわっ」

俺はびっくりして、耳を押さえた。

「大丈夫か?」

碧は俺の顔を覗き込む。下心とかじゃなくて、ほんとに心配してそうな顔に、胸が苦しくなった。

こんな時でも、真っ先に俺の心配をしてくれるのか、と思ったら、泣きたくなった。

「おい、まだ誰か残ってるのか?」

俺が叫んだせいか、見回りの先生たちがもうそこまで来ていた。

「行こう、颯真」

碧は、あの時と同じように、俺の手を握って、引っ張ってくれる。碧の手は、安心する。あの夜に繋いだ手の温度を、体がちゃんと覚えていた。

「…⋯あ、ごめん、つい」

碧は急いで手を離す。俺は、碧の手を取って握り返した。

「いい、このままで」

俺は、照れ隠しでそっぽを向いてそう言った。

「…⋯それ、反則だろ⋯…」

碧の言ってる意味は分からなかったが、碧の顔が赤くなってるのはわかった。
結局俺らは、その後急いで帰った。土砂降りだったけど、また碧と一緒の道を歩けたのは、なんだか嬉しかった。

次の日。

「おはよ、碧」

俺は、朝一番に碧に挨拶した。

「おはよう」

碧は、驚くほど普通だ。いや、普通を装ってるんだろう。

「お、二人とも仲直りしたんだ!?」

話してると、クラスの奴らが俺らの方に来る。

「いやー、最近、碧と颯真が一緒にいないから、喧嘩でもしたのかなー、って心配してた」
「なんかピリピリしてたしな」

クラスメイトにまで心配かけてたのだと思うと、なんだか申し訳ない。

「だーいじょうぶ!俺と颯真は大親友だし」

碧は俺の腕に軽く抱きついた。昨日までの気まずさが嘘みたいに、いつもの調子だ。
それにしても。大親友、ねぇ…⋯

「なぁ碧、今日、昼二人で食べない?昨日の続き話したい」
「うん、分かった」

碧は、もう逃げないから、と言うように、俺の目を見て頷いた。

昼休みになって、いつものやつらに今日は二人で食べるって言ってから、碧と誰もいない屋上に来た。昨日はあんなに雨が降っていたのに、もうすっかり晴れている。

「それで、続きって?」

碧は、地べたに腰を下ろしながら聞く。

「返事、考えさせてほしくて」

俺は、勇気を出してそう言った。

「⋯…っ、え」

碧は、なぜかすごく驚いている。

「考えて、くれるんだ…⋯?」

俺は、碧に昨日言われたことを思い出した。

「いや、驚きすぎでしょ」

もともと、ちゃんと考えるつもりだったし。

「だって、振られると思ってたから。友達としても一緒にいてくれないかもって、不安だったし」
「ああ、もしかしてそれで?」
「え?」

碧は、なんのことか分かってない様子だった。

「いや、大親友、って言ってたじゃん。あれってそういうことだったんだ?」

碧は申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん、ちょっと卑怯だったかも」
「いや、そんなこと思わねーから」

まぁ、でも…これが碧じゃなかったら、多分、付き合えないって振るだろう。碧だから、ちゃんと考えようと思ったんだ。多分、俺自身も、碧のことを好きになりかけてるかもしれない、って思ったから。一緒にいてドキドキしたり、そばにいてくれれば安心する。

「俺さ、今まで恋愛するのが怖かったんだ。母さんたちのことがあって、人に執着すればするほど、誰かを傷つけることになるし、自分も傷つくことになるって、知ったから。」

俺の話を、碧は真剣に聞いてくれる。

「でも…嬉しかったんだ、昨日、碧に言われたことが。碧が俺のこと恋愛的に好きだなんて考えたこともなかったし、そういう目で見れるかはわかんないけど、もう少し考えて、碧のこともっと知って、碧のことを自信もって好きだって言えるようになったら、昔のトラウマなんてどうでもよくなるくらい吹っ切れることはまだできないけど、俺は碧の気持ちに応えたい。」

俺は続ける。

「だから、少しだけ、俺に時間をちょうだい」

俺も、碧の気持ちに真剣に向き合いたいと思ったから。

「なにそれ、嬉しすぎるんだけど…⋯」

碧は泣きそうな声で言った。

「俺、ちょっとは期待していいの…⋯?」

不安そうな声に俺は、ふっ、と笑みがこぼれた。

「すぐに返事できなくて、ごめん」

俺がそう言うと、碧はガバッと抱きついてきた。突然のことに驚いたけれど、不思議と体は強ばらなかった。

「俺、どれだけでも待つから。颯真に振り向いてもらえるように、頑張る」
「ふっ、ありがと」

こういうとこ、可愛いなと思う。

「それにしても、碧が前に言ってた本命って俺のことだったんだ?」

俺が聞くと、碧は気まづそうに目を逸らした。

「…⋯うん」

照れてるのか、碧は手で顔を隠す。

「そっか、良かった」
「え?」
「俺、碧に特別な人ができたんだって、ちょっとショックだったからさー⋯…」

碧はさらに顔を赤くした。

「…⋯さっきから期待させるようなことばっかり」
「え?あ、ごめん」

碧が他に本命がいるわけじゃないからってことに安心して、困らせること言ってしまったかもしれない。

「じゃあ、今度の土曜日、二人で遊園地でも行く?」

俺は、たまたま最近当選した遊園地のペアチケットを見せながら碧に提案すると、碧は心配そうな顔で見る。

「え、でも…⋯」

人が多いから、俺のことを心配してくれているのだろう。

「大丈夫だよ、このくらい。それに、碧と一緒だから。でも、これはまだデートじゃない。友達として、碧と出かけたい」

そう言うと、碧は嬉しそうにうなずく。そんな碧に笑顔になりながらも、出かける日が、楽しみになった。約束の日までの数日間が、いつもよりずっと長く感じられそうだ。