変わり果てた世界で、親友に恋するまでの物語

「ねぇ碧〜これ、颯真くんに渡しといてよー」

仲良くしている女子の一人から手紙を渡された。淡いピンクの封筒には、丁寧な字で「中原颯真くんへ」と書かれている。

「えー、何、ラブレター?」

俺がそう言うと、彼女は「きゃー」と言いながら、顔を隠す。

「俺という人がいながら、さみしーなー」
「碧は友達だもーん」

なんて、いつものノリで返すが、正直、気に入らなかった。颯真のこと、何も知らないくせに。思っても口に出さないのが俺のいいところなので、あくまで表情は笑ったまま。口角を上げ続けるのは、慣れている。

「返事はいらないって言っといて。じゃ、よろしくね〜」

俺は笑顔で彼女に手を振ると、その手紙をズボンの後ろポケットに入れた。
あいつの外側しか見てないやつが、告白とか百年早いんだわ。颯真が今どんな夜を過ごしているかなんて、想像すらしていないくせに。

俺は、優しいやつじゃない。だから、申し訳ないけど、この手紙がアイツに渡ることはないだろう。自分がかなり最低なことをしている自覚は、ちゃんとある。それでも、渡す気にはなれなかった。

「お、颯真、はよーっす」

クラスのガタイのいい男子が無理やり颯真と肩を組むのが目に映った。

「もー、暑苦しいって」

颯真は、笑顔で返してるけど、体が硬直してるのが分かる。そして、制服の袖を、引きちぎれそうなくらい、ぎゅっと強く握りしめている。

近えんだよ、離れろクソが。

「なーにしてんのっ」

俺は、いつものノリで颯真とその男子の間に入り、無理やり間に入る。あくまで、ふざけているだけに見えるように。

「うおっ、なんだよ、碧」

なんだよ、じゃねーんだよ。

「俺も入れてよ〜」

こうやって、時折、颯真をほかの男子に触れさせないように間に入る。
颯真のことを怖がらせたくないのもあるけど、半分は、自分の嫉妬心だったり。

我ながら、独占欲が強すぎて笑えてくる。

颯真のストーカー事件からもう一週間ほど経つ。あの日から、颯真は何かと怯えて過ごすようになった。

あの時。俺が、もっと早く気付けていたら。颯真をあんな目に合わすことはなかったのかもしれない。

帰り道で、『たすけて』というメッセージを見た時、何も考えられなくなるくらい焦った。状況説明ができないくらいヤバいって分かったから。そして、走って颯真の元に向かい、あいつが襲われそうになっているところを見て、怒りで頭がおかしくなりそうだった。

その上、そいつが過去に颯真のトラウマを作ったやつだと知った時は、殺してやりたくなった。なんで、傷をえぐるようなこと、してくるんだろう。どれだけ颯真のこと傷つければ気が済むのだろうか。颯真は、もう十分、傷ついたのに。せっかく、そいつのことなんか忘れて、楽しく過ごしてたのに。どうして、あんないい奴が、傷つけられないとならないんだろう。

ふと、颯真の方を見ると、照れながらも口パクでありがとう、って言ったのが分かった。

こういう健気なとこ、ほんとに可愛いし、ずるい。不意打ちで心臓を掴まれた俺は、慌てて視線を逸らした。

颯真はクラスのいわゆる人気者だ。誰からも好かれる。
だから、誰も知らない。あいつが今この瞬間も戦っていることなんて、誰も知らない。

でも、知らなくていい。あいつのそういう所は、俺だけが知ってればいいんだ。

「でね?うちの彼氏がほんとにウザくてぇ」

いつもみたいに、女子が絡んでくる。

「えー、そんなこと言うなら俺にしとくー?」
「碧はすぐ浮気しそうだからヤダー」
「いや、こいつメンヘラ製造機だから付き合ったら危ないぞ」

適当にクラスの女子や男子と話しているが、俺の目線はずっと違うグループの中にいる颯真を追いかけていた。会話の内容なんて、半分も頭に入っていない。

あいつ、今日朝メシ抜いただろ…⋯

ほんの少し頬がこけて見えるし、笑う時の目に力がない。

「颯真、保健室、行くよ」

颯真たちの輪に入ってぎこちない顔で笑っている颯真に声をかけると、颯真は驚いた顔になる。

「え…⋯?」
「お前なー、さっきから死ぬほど顔色悪いんだよ」

周りの奴らも、颯真のこと慕ってんなら気づけよ、このくらい。そう思う一方で、気づかれないように振る舞っているのは颯真自身なんだから、仕方ないとも分かっている。

「え、ごめん颯真、気づかなくて」
「先生には伝えておくよ」
「碧がついてるなら大丈夫だな」

俺は、颯真の服の袖を引っ張って教室を出る。俺は、ただ黙ったまま颯真を保健室に連れて行く。その時だった。あともう少しというところで、颯真はふらっと階段の手すりに寄りかかるように倒れた。

「…⋯颯真!」

こいつ、無理しすぎだろ…⋯

「⋯…あ、ごめ…⋯」
「嫌だろうけど、ちょっとだけ我慢して」

俺は、颯真を肩を貸すようにして支えながら保健室に向かった。
保健室の先生は颯真の事情を知っているため、心配そうにしながらすぐにベッドを貸してくれる。

「君は授業に戻りなさい」

先生の指示で、俺は教室に戻る。

「碧、颯真は?」
「たぶん貧血。まー、大丈夫っしょ」

なんて言ったけど、本当は心配で仕方がなかった。
あいつ、人に頼るの苦手だから、すぐ一人で無理をする。俺にくらい、もっと弱音吐いてもいいのに。
午前中の授業が終わって昼休みになると、俺は颯真の元に向かった。

「あ、起きてる」

先生は今いないようで、颯真は目を開けて寝転がったままじっとしている。顔色は、さっきよりも良くなっていて、ひとまず安心した。

「碧。さっきはごめん」

颯真は体を起こす。

「まーた謝る。いいんだよ、俺が勝手にしてるだけ」

こいつ、気にしすぎなんだよ。

「てか颯真、お前、朝メシ抜いたろ。ほら、買ってきたから食えよ」

俺は、颯真が好きそうなパンをいくつか買ったので袋に入れたまま渡す。

「え、わざわざ買ってきてくれたんだ?」
「そりゃーね。で、なんかあった?」

俺は、地面に座って目線を低くする。上から見下ろされるのは、今の颯真にはきっと怖いから。

「んー…⋯なんていうか、最近、嫌な夢見ることがよくあって、食欲もあんまなくて」

嫌な夢、っていうのは、多分あの時のことと関係しているんだろう。
颯真は、あはは、と笑ってるけど、本当はきついのは分かってる。その笑い方が、乾いていたから。

「そっか」

助けたいけど助けられないのがもどかしく、無力な自分に嫌気がさす。

「…⋯そういう時さ、無理に食べなくていいから、何か食べたいものあったら言ってよ。女の子がたーくさんお菓子くれるから、いつでも鞄に入ってるんだよね〜」

わざとふざけたように言って、鞄の中にあるいくつかのお菓子を見せる。

「…⋯碧はさ、嫌にならないの?俺みたいな面倒なやつと、一緒にいるの」

颯真は、不安そうな顔で俺のことを見る。

「えー?颯真には、俺が、いたくないやつと一緒にいるほど暇に見える?それに、颯真を面倒だと思ったことなんて、一度もないから」

というか、颯真は自分のこと卑下しすぎだ。少なくとも俺にとっては、他の誰よりも最高なやつなのに。

「でも俺、あれから時間も経つのに、いまだにビビってばっかで、碧に迷惑かけてるし。碧は優しいから、いつも助けてくれるけど、嫌になったら無理して俺と一緒にいなくていいんだからね」

そんなわけないだろ、って、颯真が分かってくれるまで、抱きしめたい。でも、それはできないから。今の颯真にとって、不用意な接触が何を意味するか、ちゃんと分かっている。

「ビビって当たりまえだって。さっきも言ったけど、俺は助けてるわけでも一緒にいてあげてるわけでもない。颯真といるのが好きだから、勝手に一緒にいるだけ」

だから俺は、何回でも伝え続ける。こいつは、人のことばかり優先するから、その分、不安になるんだろう。

「今みたいに、不安なこととかあったらいつでも言って」

でも、それでもいい。好きなだけ不安になればいい。何度だって俺が、「大丈夫」って伝えるから。

「碧、優しすぎでしょ」
「今知った?」

颯真はそんなふうに言うけど、俺は優しくなんかない。
颯真だから、優しくするだけ。他の奴だったら、必要以上に関わらない。

でも、それは言わない。というか、言えない。俺が颯真に惚れてるなんて言ったら、俺まで恐怖の対象にさせてしまうから。

いつかこの気持ちを伝えられる日が来るのだろうか。分からない。その時は、颯真のことを傷つけることになるかもしれないし、軽蔑されるかもしれない。例えそんな日が来なかったとしても、俺はきっとこいつが何も怖がらずに笑えるようになるまでずっとそばにいる。その先の未来を過ごす相手が俺じゃなかったとしても。

それでいい、と本気で思えている自分が、少しだけ誇らしくて、同じくらい切なかった。

*

「碧はさー、彼女もう作らないの?」

颯真が先生に呼ばれていない時に、クラスの男子数名とそんな話題になった。今日は身体測定で女子が教室にいないため、その隙を狙ったらしい。

「いやー…⋯まぁ。てか、本命以外と付き合ってもダルいだけって最近分かったしなぁ」

と、そこまで答えたところで、俺は、自分が余計なことを言ってしまったことに気づいて、口を抑える。
そんな俺を見て、みんなは一瞬フリーズして、その後、一斉に「「はああああ!?」」と驚いた声をあげる。

「や、今のはその、冗談っていうか」

珍しく焦っている俺を見て、みんなはますます確信を持ってしまったようだった。

「誰!?」「うちのクラス?てか、うちの学校!?」「可愛い系?綺麗系?」なんて、様々な質問が飛び交う。

「はー…⋯ぜっったい教えないね」

俺は誤魔化すことはもう諦めて、バレないようにしようと新しく誓った。

「つーか、その子と付き合えばいいじゃん。碧なら告白すれば一発じゃね?」

そんな簡単に告れるんだったら、俺はこんなに困ってねーよ。

「それができればいいんだけどねー」

俺は笑いながら言った。

「え、そんなに高嶺の花なんだ!?」
「碧でも無理とか、どんな子!?」

どんな子、ねえ…⋯。優しくて、正義感があって、人の事ばかり考えて、そのくせ自分の痛みには鈍感で、脆くて、心配かけたくないとか、そんなことばっかりで、繊細で、頑張り屋で。挙げ始めたらキリがなくて、言葉が喉元まで溢れそうになる。

「宇宙一可愛い」

そんなとこが、可愛くて可愛くて、仕方がないんだ。

「可愛すぎて、頭おかしくなりそうなくらい」

気づけば惚気けてしまっていた。そんな俺に、周りは静まり返る。

「こわいこわいこわい」
「お前、今顔ヤベーぞ…⋯」
「そんなデレた顔、初めて見た…⋯しかも真っ赤だし。マジなやつじゃん。写真ねーの?」
「お前、ほんとに碧か?」

若干引き気味のこいつら。

「ま、そういうことだから、しばらくは彼女作らなくていいやーって」

これ以上、話を続けてたらボロがでそうだし、そろそろ颯真も帰ってきそうだから話を終わりの方向に持って行く。

「あ、このこと他に言いふらしたら許さないからね」

俺は、絶対に言わせない圧をかけて言う。

「言わねーよ、別に。つーか言えねー」
「颯真にはそういう話しねーの?仲良いじゃん、お前ら」

うわ、一番言われたくない相手。

「しないし、お前らも颯真に言うなよ?」
「えー、颯真もダメなん?」

クラスメイトは不満そうにする。

「あ、分かった。碧お前、颯真に取られるかもしれないからだろ」
「ビビってんなよー」

…⋯まぁ、そういうことでいっか。

変な誤解をしてくれているおかげで、助かった。

「まぁでも、色んな子と遊び放題の碧がやっと本命に絞ったんだし、慎重にもなるかー」

まぁ、どうせ付き合うことなんてできないだろうけど。
その時、ガラガラッとドアが開いて颯真が教室に入る。

「あ、颯真、今───」

言うなと忠告したにも関わらず喋り始めるクラスメイトの肩に手を置き、圧をかける。

「今⋯…、なに?」

クラスメイトは俺を見て、焦ったように、「い、いや、お腹空いたなーって話してたとこ!」と咄嗟に言い訳をする。
もっと他になんかあっただろ…⋯と思うも、まぁ、俺が口を滑らせたのが悪いからなんとも言えない。

「…⋯ふっ、ごめん、碧もみんなも声大きいからちょっと聞こえてた」

颯真は、笑いながらそう言った。クラスメイトは「あー…⋯」と納得するように目線だけこっちに向ける。

最悪…まさか、一番聞かれたくない相手に聞かれるとか。

「大丈夫、取らないから」

こいつ、どこから聞いてたんだろうか。
でも、今ここで『お前のことだよ!』なんて叫ぶわけにもいかないし、俺は静かに絶望する。

それにしても、こいつ…⋯

「わりーお前ら、俺、颯真に用があるからさ、先食っててよ」

俺は弁当を持って颯真や俺の周りにいるクラスメイトにそう言った。

「え、何、なんでよ」
「いーから。終わったら戻るし」

俺は、そう言って颯真を連れて教室を出た。

「何、どうしたの」

颯真は不思議そうな顔をしている。

「んー、愛しの颯真クンと二人きりになりたくて」

テヘ、とわざとらしく首を傾げると、颯真は、よく分からない、というように俺を見る。
ほんと、自分のことには鈍感なんだよなぁ。まぁいいや。どうせ、そういうところも好きなんだから。