変わり果てた世界で、親友に恋するまでの物語

高校二年の春、俺は、新しいクラス分け表を見ていた。

桜はもう散りかけていて、掲示板の前には、同じように自分の名前を探す生徒たちが押し合うように集まっていた。

全部で八クラス。この中で、自分の名前…⋯中原颯真を探すのは結構大変だと思っていたが、一組から目で追って探していたので、拍子抜けするほどすぐに見つかった。

「お、碧、俺ら同じクラスだよ。一組だって」

視力が良くないのか、隣で目を細めながら掲示板を眺めている幼なじみの碧に声をかけた。眉間に皺を寄せている横顔が少しおかしくて、笑いそうになる。

「お、天才の颯真クンと同じクラスなんて、さっすが俺〜」

碧は調子よく笑いながら、自分の胸をトンと叩く。

俺らの高校は、成績順でクラス分けされている。ちなみに、一組は一番上位クラスだ。

つまり、俺も碧も、今年は一番上のクラスに入れたということになる。碧は普段こそふざけてばかりいるが、やる時はちゃんとやる。そういうところも、長い付き合いの中でよく知っていた。

「てか女子は?可愛い子いないのかな〜」

掲示板を見ているはずの碧の目は、いつの間にか周りの女子たちの方を泳いでいた。二人で話していると、背後から「わっ」と抱きつかれて、俺はバッと振り返った。
そこには、一年で同じクラスだった友達の楓と晴翔が驚いた顔でこっちを見る。驚かせた側のはずなのに、俺の反応が大きすぎて、逆に向こうが固まっていた。

「なんだ、お前らかよ」

びっくりした…⋯心臓に悪い。

「颯真、お前驚きすぎだろ。ていうか、今年は離れちゃったから寂しいわー」
「な。いいなー、二人は同じクラス」

楓はどこから情報を得たのか、まだ掲示板を見てないのに知っているようだった。こいつの情報網はいつも謎だ。

「はいはい。ほら楓、飴舐めながら喋んな」

先生に注意されても知らねーぞ?全く…⋯

「あ、そうだ、颯真、お前…⋯さっき告られてなかった?」

碧は思い出したように言った。

「え?ああ、うん」

見られてたのか…⋯

俺は、ここに来る前、同じ委員会の子に告白された。ずっと好きだった、と真っ直ぐに言われたものの、俺は同じ感情を返せないから、申し訳ないと思いながらも断った。

「新学期初日から、さっすが硬派イケメン。俺も、顔は負けてないと思うんだけどな〜越されちゃったかあ」

碧は文句をいいながら俺の顔をじっと見る。

「碧は遊び人だからダメなんだよ。てか、硬派イケメンってなに」
「え、知らないの?颯真はかっこいいのに俺みたいにチャラくないから硬派イケメンって女子から呼ばれてるじゃん」

知ってて当たり前みたいに言ってくる碧。というか、自分でチャラ男認識してるんだ。それを堂々と言えてしまうところが、碧らしいといえば碧らしい。

「へえ、そりゃ良かった」

当たり障りのない返事をする。

「てか、そろそろ行くぞ」
「はいはい」

俺らは、二年一組の教室に向かう。一組は下駄箱から結構近い。二人で歩いていると、周りが少しざわざわする。
俺らは、ガラガラッとドアを開けて、教室に入った。

「え、待って、あの二人と同じクラスとか、神なんだけど」
「やばい、イケメンすぎる」
「かっこいい〜、同クラってだけでもう運勢使い果たしたわ」

なんて、周りから黄色い悲鳴が聞こえてくる。イケメンって言われて否定できなかったのは、この歓声に嫌でも気づいてしまうからだ。

碧は、ヒラヒラと手を振る。すると、またしても「キャーっ」という声が聞こえてきた。慣れた手つきだな、と呆れながらも、俺はその隣で曖昧に笑うしかなかった。

とはいえ、俺自身も、碧と同じクラスになれたのは嬉しかった。
去年は、碧とは別のクラスだったから。

そんなこんなで、担任が騒がしい教室を落ち着かせると、始業式があるため、教室を出る。

「颯真!同じクラスよろしくな」
「まじ颯真と一緒とかラッキーだわ」

俺は交友関係が結構広いので、顔見知りが多く、廊下を歩いているとみんな声をかけてくれる。

「颯真、やっぱ人気者だな〜」

碧は後ろから小走りで隣に来る。

「碧もさっき囲まれてたじゃん」

主に女子に。

「まあね〜。女子に嫉妬した?」

なんて言う碧に、くだらないなぁ、と笑いながら、俺らは体育館に向かった。
学校はめんどくさいけど、碧と一年一緒にいられるんだと思うと、少しだけ楽しかった。

窓から差し込む春の光が、いつもより柔らかく見えた。

*

「ねぇ碧くん、今日デートしようよー」

休み時間、碧はよく女子に絡まれている。始業式の日から少し経ち、新学期ならではのソワソワとした空気もなくなった。今日は学校の都合で午前授業だったため、碧は女子に誘われている。

「今日はダーメ。颯真たちと先約があるからね」

とは言っても、こんなふうに、俺らのことを優先してくれるのは嬉しかった。碧の言ったように、今日は、俺と碧と、晴翔と楓でご飯食べに行く予定だったのだ。

「え、颯真くんとどこか行くの!?うちらも混ぜてよ〜」

女子たちは目を輝かせて、身を乗り出してくる。

「男子会だからごめんねー」

碧はめんどくさくなったのか、それだけ言い残して教室を出ると、

「いやー、モテる男は辛いねぇ」

と自慢げに言う。

「お前もよく飽きねーな」
「だって俺、顔が取り柄なもんで」
「可哀想すぎるだろ(笑)」

碧は、自分のことを顔だけ、って思ってるけど、俺は知っている。

碧が、本当は誰よりも優しいこと。誰よりも人の事見てて、困ってる人がいれば、面倒くさがりながらも、ためらわずに助けてることも。

今日だって、重いもの運んでる人がいれば、自分が優しさアピールできるから、なんていいながら、手伝ったり、学級委員がその他の委員会を決める時、みんなが違う話でうるさくてなかなか進めず困っていたら、「なぁ、俺、なんの委員会が合うと思うー?」なんて言って、自分がクラスの中心にいることを利用して話題を変えたり。相手に気を遣わせないやり方で、人に優しくできる人なんだ。

恥ずかしいから、碧には絶対言わないけど。

昼食をとるため、俺たちは学校近くのファミレスに入った。

「みんな聞いてくれ、俺は昨日、彼女ができたんだ…!」

四人で昼食を食べてる時、晴翔がそんなことを言い出した。

「お、あの子と付き合えたんだ?」
「そう!告白したら、あっちもずっと好きでいてくれたらしくてさ」

晴翔は、照れくさそうに頭をかきながらも、嬉しさを隠しきれていない。

『あの子』というのは、晴翔の塾の女の子らしい。実際に会ったことはないが、前に一度、好きな子がいると言っていたのを思い出す。
案外、この中で一番真っ直ぐなのは晴翔かもしれないな、と思った。

そんなことを話していると、クラスの奴らが店に入ってくるのが見えた。

「つーかさ、ほかの三人はともかく、高橋碧ってやつまじウザくね?」
「俺の彼女もそいつに取られたんだけど」
「顔だけのくせにな」

こういう時、自分のことを言われたわけではないのに、それ以上に腹が立つ。碧は、言い寄られても拒まないタイプで基本誰とでも付き合うせいで、その女子のことを好きだったりする男子から恨まれることがよくある。
俺は、言い返そうと席を立ち上がった。

「あー颯真、いいって。別に慣れてるんだし」

碧は俺の袖を引っ張る。その声は、驚くほど平坦だった。

「慣れちゃダメだろ」

俺は碧が止めるのも気にせず、そいつらのとこに行く。

「あのさ、文句あるなら影でコソコソ言ってねーで本人に言えば?」

俺がそう言うと、「げ」と苦虫を噛み潰したような顔をしながら目を逸らす。

本人がそこにいるんだから、直接言えばいいのに。

「ほら颯真、戻るよ」

楓が連れ戻しに来たので、俺は自分たちの席に戻る。

「もー、颯真はムダに正義感強いからなー」

正義感とか、そんなんじゃなくて、ただ、俺が嫌だっただけだ。こんな良い奴、なかなかいないのに。どうして、それに気づいてくれないんだろう。

「てか、碧も悪いんだからね?なりふり構わず付き合ったりするからさー」
「悪かったって。颯真も、庇ってくれてありがとな」

確かに、碧にも非があるのは事実だ。でも…碧は、彼氏がいる子にちょっかいかけたりしないから、多分、女子の方から碧に惚れたんじゃないかと思う。
まぁ、俺がそんなこと思ったところで、どうしようもないけど。

「なぁ、この後どこ行く?」

楓は時計を見ながら言った。

「あー、悪い。俺、この後用事があるから抜けるわ」

俺は、楓の誘いを断る。

「え、なになに」
「いや、普通に墓参り行くだけ。今日、父さんの命日だから。」

俺の父さんは、俺が小学生の時に亡くなった。交通事故だった。あの時、俺は幼かったから、父さんがいなくなったということを、簡単には受け入れられなかったことを覚えている。棺の前でも、ただ現実味がなくて、涙さえ出なかった。

「…⋯そっか。お母さんと?」

楓は、申し訳なさそうに言った。

「いや、あの人はどうせ来ないよ。」

まぁ、ほとんど会話してないから知らないけど。

「え?それってどういう───」
「はいはい、この話題終わり。颯真は時間大丈夫か?」

碧は楓の言葉を遮ってそう言った。

「ああ、うん。それは全然大丈夫」

…⋯また、助けられた。碧とは中学の時もずっと仲が良かったから、俺と母の関係があまり良くないことを知っている。
こいつのこういう優しいところに、もっとみんなが気づけばいいのに。

なんて、俺はとんだお節介野郎なのかもしれないな。