文化祭当日。ついに本番となった。朝から校内は、いつもとは違う熱気と、揚げ物や甘い匂いに満ちている。
「よし、みんなで頑張ろう!」
学級委員長の指揮の下、ステージ横で出る準備をする。暗い袖の中に、衣装を着たクラスメイトたちがひしめき合っていて、小声のざわめきが止まらない。
「人多いな」
碧は、珍しく緊張しているようだ。幕の隙間から客席を覗いては、深く息を吐いている。
「碧」
俺は、ん、と拳を出した。
「サンキュ」
碧も、拳をぶつける。その手が、ほんの少しだけ冷たかった。
「かっこいいから、自信もって」
「ああ」
本心だった。衣装に着替えた碧は、想像以上にかっこいい。こんなの見たら、誰だって惚れてしまう。
そして、ついに開幕した。最初は、シンデレラがメインのシーン。葉山さんは堂々と、可哀想なシンデレラを演じる。
「ああ、私はなんて可哀想なの⋯…!」
迫真の演技すぎる上、少しアレンジが加わっているため、会場では少し笑いが起きる。袖から見ていた俺たちも、思わず吹き出しそうになって、慌てて口を押さえた。
シーンは次々と変わっていくため、裏方の俺らも大忙しだ。
「次、森持って行って!」
「撤収した家はそこ置いて!」
などなど、指示が飛び交う。場面転換の時間は短いから、急がなければ間に合わない。俺らは暗い中、次々と作業をこなして行く。
そして、王子の登場シーンがやって来た。王子役が碧というのもあって、会場からキャーッと歓声が上がるのが分かる。
やっぱり碧は、かっこいい。
さっきまで緊張していたくせに、舞台上では驚くほど堂々としている。つい、見とれてしまっていた。手に持った小道具の重さも、いつの間にか忘れていた。
「教えてくれ、美しい君の名を」
碧がセリフを言うたびに、歓声が聞こえてくる。
いよいよ舞踏会のシーンになった。俺らは、暗闇の中、舞台セットを入れ替え、急いでお城の用意をする。
王子服を来た碧と、美しいドレスを着た葉山さんは、誰の目から見ても、お似合いだった。
二人にスポットライトが当たる。淡い光の中に、二人の姿だけが浮かび上がる。
「姫、一緒に踊っていただけますか」
「ええ、もちろんよ」
王子は、手を差し伸べる。姫はその手を取り、二人で踊り続ける。それを見た時、なんだかすごく胸が苦しくなった。
ただの演技だと、分かっているのに。嫉妬しているんだ、俺は。二人が、あまりにもお似合いだから。
まるで本当の恋人みたいだ。
それに気づいた時、俺は息が苦しくなった。
俺は、碧のことが好きなんだ。もうとっくに気づいていた。キスされて嬉しいと思った時点で、本当は、分かっていたんだ。認めるのが怖くて、気づかないふりをしていただけで。
あの笑顔を向けられるのは、俺だけがいい。手を繋ぐのも、好きだと言うのも、全部、俺だけにして欲しい。
「シンデレラ、私はあなたを愛しています」
演技なのに。碧がそんな顔で彼女を見つめるから。それが俺には、本気で言ってるように思えてきて、悲しくなった。
そして、最後のキスシーン。もちろん、本当にするわけではなく、角度で見せるだけのはずだ。
それが終わった途端、演技の終了と同時に会場は拍手でつつまれた。
「大成功だ!」
みんな、喜んでいる。でも俺は、素直に喜べなかった。
あれ、ほんとにキスしたのだろうか。碧は、俺なんかより、葉山さんの方がいいって思っただろうか。いつまでもトラウマに囚われて、ビビってる俺なんかより、葉山さんみたいな人の方が、一緒にいて楽しいかな。
なんて、こんな私情ばかりが浮かんできて、申し訳なかった。
「それにしてもさー、碧くんと葉山さんって、絶対デキてるよね」
「思った。めちゃくちゃお似合いだよね。碧くんも、葉山さんが相手でなんか嬉しそうだったし」
お似合い…⋯
気持ちを自覚した途端、この行き場のない嫉妬が溜まって、どうすればいいのか分からなくなった。胸の中で渦を巻く黒い感情に、飲み込まれそうになる。
「颯真!おつかれ」
碧は、走って俺の方に来る。その笑顔が眩しすぎて、俺はどうにかなりそうだった。
「おつかれ、碧。はいこれ」
俺は、碧にペットボトルを差し出した。
「おー、さんきゅ」
碧は一気に半分ほど飲み干して、満足そうに息をついた。碧は、今からの文化祭、誰かと回るのだろうか。
「碧はこのあとどうする?」
いないんだったら、俺と───
「え?あー、葉山さんに…⋯」
「──俺も!碧と回りたい、んだけど…⋯」
気づけば、碧の言葉を遮っていた。最悪だ、俺…こんなやり方で、邪魔するなんて。言った直後に、顔から火が出そうになった。
「…⋯ん?うん、そのつもりだけど…⋯」
碧は、キョトンとした様子でそう言った。
「え、だって今、葉山さんと…⋯」
文化祭回る約束したんじゃないの?と聞こうとした。
「え?あーいや、葉山さんに衣装戻すよう頼まれたからそれ終わったら颯真と回るつもりだったんだけど…⋯」
…⋯は?じゃあ、俺の勘違いだったってこと?何それ恥っず。
「そっかー、颯真クンも、俺と回りたかったか〜」
碧は嬉しそうに笑う。
「ちなみにあの子、彼氏持ちだから」
あの子、というのは葉山さんのことだろう。
「…⋯聞いてないし」
「いやー?なんか、気にしてそうだったし?」
碧はニヤニヤとしながらそう言う。やっぱり、俺の様子なんて全部お見通しだったのだ。
「…⋯気にしてない」
…⋯は、嘘になるかもしれないけど。でもそっか、そういうのでは、ないのか。
「碧ー、颯真ー、お前ら一緒に回ろーぜー」
二人で話しているところに、クラスメイトが入ってくる。
「え、うちらも混ぜてよ〜」
「私も二人と回りたい〜」
うわ…⋯断りづらい流れ。今日は、本当は…⋯碧と二人で回りたかったんだけどな。ま、クラスメイトと一緒なのも楽しいけど。
「あー、ごめん。俺、誘われちゃってるからさ〜」
碧は何も気にせずにそう言った。誘われちゃてる、って、それ…⋯
「えー、なんだよ碧!じゃあ颯真、お前は?」
話が俺の方に向く。
「…⋯俺も、ごめん。二人で回りたい人がいるから」
自分で言ってて思ったけど、二人がいい、って、そんなの、もうダメじゃん。隠すつもりだった気持ちが、言葉の端々から漏れ出している。
「はあー?お前も女か!?いいよなー、モテる男は」
「え、うそ…⋯二人とも彼女いるの?」
「何それ、聞いてない…⋯」
クラスメイトの文句を言う声を聞きながら、俺と碧はその場を抜ける。
誰かがついてこないか心配だったけど…⋯さすがにそんな悪趣味なことをする人はいないらしい。
俺は碧といったん校舎裏まで来た。 賑やかな声が遠ざかって、ここだけ別世界のように静かだ。
「はあー、疲れたぁ」
碧は体を伸ばしている。まぁ、それもそうだ。碧は王子役だったから、多分、誰よりも大変だったはず。
「でも、嬉しいなー、颯真クンが、俺と二人で回りたいなんて」
語尾にハートがつきそうな話し方に、さっき自分が言ったことが急に恥ずかしくなる。
「何、俺のこと好きになっちゃった?なんちゃって───」
「あのさ」
碧が言い切る前に口を挟む。
「俺は…⋯」
怖い。この先を、言ってもいいのだろうか。もし、裏切られたら。俺が、碧を傷つけることになってしまったら。でも。それでも。
「好きだよ」
俺は、碧のそばにいたい。この気持ちに、嘘をつきたくない。信じたい。碧のことも、碧を好きだと思った、自分のことも。
「…⋯え?」
碧は、一瞬フリーズした。瞬きすら忘れたように、まっすぐ俺を見ている。
「いや、その…⋯ちょっと違う。好きになった、って言うより、好きだったんだ、多分、ずっと。それに気づいただけ」
うーわ、これ…⋯改めて言葉にしたら恥ずいな。
「え…⋯嘘、それ本当?」
碧はまだ信じられないようで、目を見開いている。
「あのさ、前に俺、男同士とか無理って言ったよな」
「…⋯覚えてる」
「あれ、取り消させて。男が無理なんじゃなくて、あいつが無理だっただけだった。碧のことは、全然、無理じゃない」
あの言葉を、俺は後悔していた。勢いでそう言ってしまったというのもあるけど、碧のこと、きっと傷つけた。
「俺さ、すぐには…⋯その、キスとか、それ以上のことはできないと思う。でも、碧とならそういうこともしたいって思ったから。その…⋯なんていうか、それでもよければ、俺は碧と付き合いたい」
手が勝手に震える。でもこれは、男に対する恐怖じゃない。
「…⋯っ」
碧は、自分の額を俺の肩に乗せた。
「碧…⋯?」
大丈夫?と聞こうとすると、鼻をすするような音が聞こえる。
「え、何、なんで泣いて…⋯」
碧が泣くの初めて見たからなんて声をかけたらいいか分からない。
「泣くだろ、そりゃあ。どんだけ俺がお前のこと好きだと思ってんの」
それを聞いて、胸がギューッとなる。愛しい、って、こういうことなんだ。
俺は、碧の背中に手を回して、抱きしめるように力を込めた。腕の中の体温が、愛おしくてたまらない。
「好きだよ、碧」
あー、なんだこれ。なんていうか、溢れる。好きだと言いたくなる。
「…⋯俺も好き」
「うん、知ってる」
きっと、トラウマを簡単に乗り越えることなんてできない。でも、それでもいい。俺のことを欠点ごと愛してくれる人がいるから。この人の温もりだけは、ずっと感じていたい。そう思うことができたからこそ、変わり果ててしまったこの世界も、十分綺麗なんだと俺は知った。
「よし、みんなで頑張ろう!」
学級委員長の指揮の下、ステージ横で出る準備をする。暗い袖の中に、衣装を着たクラスメイトたちがひしめき合っていて、小声のざわめきが止まらない。
「人多いな」
碧は、珍しく緊張しているようだ。幕の隙間から客席を覗いては、深く息を吐いている。
「碧」
俺は、ん、と拳を出した。
「サンキュ」
碧も、拳をぶつける。その手が、ほんの少しだけ冷たかった。
「かっこいいから、自信もって」
「ああ」
本心だった。衣装に着替えた碧は、想像以上にかっこいい。こんなの見たら、誰だって惚れてしまう。
そして、ついに開幕した。最初は、シンデレラがメインのシーン。葉山さんは堂々と、可哀想なシンデレラを演じる。
「ああ、私はなんて可哀想なの⋯…!」
迫真の演技すぎる上、少しアレンジが加わっているため、会場では少し笑いが起きる。袖から見ていた俺たちも、思わず吹き出しそうになって、慌てて口を押さえた。
シーンは次々と変わっていくため、裏方の俺らも大忙しだ。
「次、森持って行って!」
「撤収した家はそこ置いて!」
などなど、指示が飛び交う。場面転換の時間は短いから、急がなければ間に合わない。俺らは暗い中、次々と作業をこなして行く。
そして、王子の登場シーンがやって来た。王子役が碧というのもあって、会場からキャーッと歓声が上がるのが分かる。
やっぱり碧は、かっこいい。
さっきまで緊張していたくせに、舞台上では驚くほど堂々としている。つい、見とれてしまっていた。手に持った小道具の重さも、いつの間にか忘れていた。
「教えてくれ、美しい君の名を」
碧がセリフを言うたびに、歓声が聞こえてくる。
いよいよ舞踏会のシーンになった。俺らは、暗闇の中、舞台セットを入れ替え、急いでお城の用意をする。
王子服を来た碧と、美しいドレスを着た葉山さんは、誰の目から見ても、お似合いだった。
二人にスポットライトが当たる。淡い光の中に、二人の姿だけが浮かび上がる。
「姫、一緒に踊っていただけますか」
「ええ、もちろんよ」
王子は、手を差し伸べる。姫はその手を取り、二人で踊り続ける。それを見た時、なんだかすごく胸が苦しくなった。
ただの演技だと、分かっているのに。嫉妬しているんだ、俺は。二人が、あまりにもお似合いだから。
まるで本当の恋人みたいだ。
それに気づいた時、俺は息が苦しくなった。
俺は、碧のことが好きなんだ。もうとっくに気づいていた。キスされて嬉しいと思った時点で、本当は、分かっていたんだ。認めるのが怖くて、気づかないふりをしていただけで。
あの笑顔を向けられるのは、俺だけがいい。手を繋ぐのも、好きだと言うのも、全部、俺だけにして欲しい。
「シンデレラ、私はあなたを愛しています」
演技なのに。碧がそんな顔で彼女を見つめるから。それが俺には、本気で言ってるように思えてきて、悲しくなった。
そして、最後のキスシーン。もちろん、本当にするわけではなく、角度で見せるだけのはずだ。
それが終わった途端、演技の終了と同時に会場は拍手でつつまれた。
「大成功だ!」
みんな、喜んでいる。でも俺は、素直に喜べなかった。
あれ、ほんとにキスしたのだろうか。碧は、俺なんかより、葉山さんの方がいいって思っただろうか。いつまでもトラウマに囚われて、ビビってる俺なんかより、葉山さんみたいな人の方が、一緒にいて楽しいかな。
なんて、こんな私情ばかりが浮かんできて、申し訳なかった。
「それにしてもさー、碧くんと葉山さんって、絶対デキてるよね」
「思った。めちゃくちゃお似合いだよね。碧くんも、葉山さんが相手でなんか嬉しそうだったし」
お似合い…⋯
気持ちを自覚した途端、この行き場のない嫉妬が溜まって、どうすればいいのか分からなくなった。胸の中で渦を巻く黒い感情に、飲み込まれそうになる。
「颯真!おつかれ」
碧は、走って俺の方に来る。その笑顔が眩しすぎて、俺はどうにかなりそうだった。
「おつかれ、碧。はいこれ」
俺は、碧にペットボトルを差し出した。
「おー、さんきゅ」
碧は一気に半分ほど飲み干して、満足そうに息をついた。碧は、今からの文化祭、誰かと回るのだろうか。
「碧はこのあとどうする?」
いないんだったら、俺と───
「え?あー、葉山さんに…⋯」
「──俺も!碧と回りたい、んだけど…⋯」
気づけば、碧の言葉を遮っていた。最悪だ、俺…こんなやり方で、邪魔するなんて。言った直後に、顔から火が出そうになった。
「…⋯ん?うん、そのつもりだけど…⋯」
碧は、キョトンとした様子でそう言った。
「え、だって今、葉山さんと…⋯」
文化祭回る約束したんじゃないの?と聞こうとした。
「え?あーいや、葉山さんに衣装戻すよう頼まれたからそれ終わったら颯真と回るつもりだったんだけど…⋯」
…⋯は?じゃあ、俺の勘違いだったってこと?何それ恥っず。
「そっかー、颯真クンも、俺と回りたかったか〜」
碧は嬉しそうに笑う。
「ちなみにあの子、彼氏持ちだから」
あの子、というのは葉山さんのことだろう。
「…⋯聞いてないし」
「いやー?なんか、気にしてそうだったし?」
碧はニヤニヤとしながらそう言う。やっぱり、俺の様子なんて全部お見通しだったのだ。
「…⋯気にしてない」
…⋯は、嘘になるかもしれないけど。でもそっか、そういうのでは、ないのか。
「碧ー、颯真ー、お前ら一緒に回ろーぜー」
二人で話しているところに、クラスメイトが入ってくる。
「え、うちらも混ぜてよ〜」
「私も二人と回りたい〜」
うわ…⋯断りづらい流れ。今日は、本当は…⋯碧と二人で回りたかったんだけどな。ま、クラスメイトと一緒なのも楽しいけど。
「あー、ごめん。俺、誘われちゃってるからさ〜」
碧は何も気にせずにそう言った。誘われちゃてる、って、それ…⋯
「えー、なんだよ碧!じゃあ颯真、お前は?」
話が俺の方に向く。
「…⋯俺も、ごめん。二人で回りたい人がいるから」
自分で言ってて思ったけど、二人がいい、って、そんなの、もうダメじゃん。隠すつもりだった気持ちが、言葉の端々から漏れ出している。
「はあー?お前も女か!?いいよなー、モテる男は」
「え、うそ…⋯二人とも彼女いるの?」
「何それ、聞いてない…⋯」
クラスメイトの文句を言う声を聞きながら、俺と碧はその場を抜ける。
誰かがついてこないか心配だったけど…⋯さすがにそんな悪趣味なことをする人はいないらしい。
俺は碧といったん校舎裏まで来た。 賑やかな声が遠ざかって、ここだけ別世界のように静かだ。
「はあー、疲れたぁ」
碧は体を伸ばしている。まぁ、それもそうだ。碧は王子役だったから、多分、誰よりも大変だったはず。
「でも、嬉しいなー、颯真クンが、俺と二人で回りたいなんて」
語尾にハートがつきそうな話し方に、さっき自分が言ったことが急に恥ずかしくなる。
「何、俺のこと好きになっちゃった?なんちゃって───」
「あのさ」
碧が言い切る前に口を挟む。
「俺は…⋯」
怖い。この先を、言ってもいいのだろうか。もし、裏切られたら。俺が、碧を傷つけることになってしまったら。でも。それでも。
「好きだよ」
俺は、碧のそばにいたい。この気持ちに、嘘をつきたくない。信じたい。碧のことも、碧を好きだと思った、自分のことも。
「…⋯え?」
碧は、一瞬フリーズした。瞬きすら忘れたように、まっすぐ俺を見ている。
「いや、その…⋯ちょっと違う。好きになった、って言うより、好きだったんだ、多分、ずっと。それに気づいただけ」
うーわ、これ…⋯改めて言葉にしたら恥ずいな。
「え…⋯嘘、それ本当?」
碧はまだ信じられないようで、目を見開いている。
「あのさ、前に俺、男同士とか無理って言ったよな」
「…⋯覚えてる」
「あれ、取り消させて。男が無理なんじゃなくて、あいつが無理だっただけだった。碧のことは、全然、無理じゃない」
あの言葉を、俺は後悔していた。勢いでそう言ってしまったというのもあるけど、碧のこと、きっと傷つけた。
「俺さ、すぐには…⋯その、キスとか、それ以上のことはできないと思う。でも、碧とならそういうこともしたいって思ったから。その…⋯なんていうか、それでもよければ、俺は碧と付き合いたい」
手が勝手に震える。でもこれは、男に対する恐怖じゃない。
「…⋯っ」
碧は、自分の額を俺の肩に乗せた。
「碧…⋯?」
大丈夫?と聞こうとすると、鼻をすするような音が聞こえる。
「え、何、なんで泣いて…⋯」
碧が泣くの初めて見たからなんて声をかけたらいいか分からない。
「泣くだろ、そりゃあ。どんだけ俺がお前のこと好きだと思ってんの」
それを聞いて、胸がギューッとなる。愛しい、って、こういうことなんだ。
俺は、碧の背中に手を回して、抱きしめるように力を込めた。腕の中の体温が、愛おしくてたまらない。
「好きだよ、碧」
あー、なんだこれ。なんていうか、溢れる。好きだと言いたくなる。
「…⋯俺も好き」
「うん、知ってる」
きっと、トラウマを簡単に乗り越えることなんてできない。でも、それでもいい。俺のことを欠点ごと愛してくれる人がいるから。この人の温もりだけは、ずっと感じていたい。そう思うことができたからこそ、変わり果ててしまったこの世界も、十分綺麗なんだと俺は知った。

