変わり果てた世界で、親友に恋するまでの物語

文化祭の時期になった。俺らの学校は、文化祭が夏休み前にあるのだ。梅雨の湿った空気の中、校内のあちこちで、準備の話題が飛び交い始める。

「それでは、演劇でするシンデレラの配役決めをしていきたいと思います」

そう、高校二年生の俺らは二クラス合同企画として演劇をしなければならないのだ。高校二年になってまでなぜ劇をしなければならないのだろうと不満だが、決まってることなのでしかたがない。そして、一番やりやすそうなシンデレラをすることになってしまった。誰もが知っている話だから、台本を覚えるのも楽だろう、というのが、満場一致の理由だった。

「王子役、誰がやるのかな」
「でも、あの二人のどっちかでしょ」
「私、颯真くんの王子姿見てみたいな〜」
「私は碧くん派」

なんて、女子が騒いでいるのが分かる。女子の中では俺らのどっちかに王子役をして欲しいらしいが、正直みんな乗り気でない。めんどくさいからだ。俺も碧も、できれば目立たない役に回りたいというのが本音だった。

そのため、なかなか決まらない。

「配役は、くじ引きで決めます」

このままだと終わらないと悟っていたのか、学級委員長は一人一人の出席番号を書いた紙が入っているボックスを用意していた。準備が良すぎる。最初から、こうなると予想していたのだろう。

「えー」
「そんなの、やりたくない人が当たったらどうするんだよ」
「でも、結局それがいいかもだよ?」

なんて、賛否両論だ。

ということで、今から配役決めのくじ引きが始まる。

「王子役とかめんどくさいから絶対やりたくない。俺、裏方でいいんだけど」

晴翔はめんどくさそうに言った。裏方というのは、制作したり、照明を担当したりすることだ。

「俺、木の役とかやりたい」

楓はなぜか木の役をやりたそうにしている。

「そんな役ねーよ。せめて馬の役だろ」
「え、木の役ってないの!?」

多分楓は、ダンボールで作った木に穴を開けて顔を出すやつを想像しているのだろう。

「王子役は碧か颯真がやればよくね?みんなのご要望だし」
「ヤダよ。それに、くじだって言ってるでしょ。」

そんなふうに言い争っていると、学級委員長はくじ引きを開始した。そして、黒板に配役を書いていく。

お、俺は…⋯ラッキー、裏方か。心の中で、小さくガッツポーズをする。

「はぁ!?嘘だろ」

碧は、黒板を見ながら唖然としている。
碧の振り分けられた役は…⋯見事に王子役。女子たちは喜んでいるようだったが、本人は絶望しかけている。机に突っ伏して、そのまま動かなくなった。

「碧、王子役じゃん、ウケる」

楓と晴翔は、ゲラゲラと笑う。ちなみに、楓は騎士役、晴翔は俺と同じ裏方だ。

「え、碧くんが王子なら私シンデレラ役が良かったのに!」
「嘘でしょ、シンデレラ役羨ましすぎ」

結局、シンデレラ役は誰になったんだろう。次々と名前が書かれる。シンデレラ役になったのは…

「げ」

女子たちが騒いでいる中で、しかめっ面をしている彼女の姿が目に入った。碧は、さっそく彼女に話しかける。

「葉山さん、シンデレラ役だね」

葉山美亜。クラスの真面目系女子だが、普通に可愛いので、結構モテる。

「なんで私…⋯?」

葉山さんは嫌そうにしている。

「くじだからでしょ」

碧は当たり前のように答えた。

「あーあ、絶対女子から反感買う」
「確かに」
「うわー、自分がモテること自覚してるやつ」
「まあねー」

碧がこんなふうに素で女子と仲良くしているのは珍しかった。いつもは、誰にでも同じ距離感で、同じ笑顔を向けているはずなのに。
二人は、委員会が同じらしく、よく話すらしい。俺は、なんだかモヤモヤとした。

「いいなー、葉山さん」
「でも、正直あそこ、お似合いだよね」
「もう、王子と姫って感じだし」

あの子は、碧のことが好きなのだろうか。王子役を免れて嬉しいはずなのに、モヤモヤとした黒い感情がずっと残っていた。

*

その日から、本格的に劇の練習が始まった。俺はというと、制作で大忙しだ。

「颯真くん、そっち終わったらお城作るの手伝ってもらえる?」

二人がかりでお城を作っている女子に声をかけられる。たしかに、二人でお城は少し大変だ。ベニヤ板を何枚も組み合わせた大きな骨組みは、一人で支えるだけでも一苦労だろう。

「分かった。もう少し待ってて」

俺がそう言うと、女子は嬉しそうに喜んだ。
裏方は裏方でやることが多すぎて大変だ。そこそこ人数はいるものの、完成度を上げようと思ったらやはり時間がかかる。

城、背景、森、階段…⋯制作だけでも、作るものが多すぎる。教室の隅には、色とりどりのペンキの缶と、新聞紙の山が積み上がっていく。

「これ、当日までに完成するのか⋯…?」

晴翔が呟く。

「やるしかないよ、ほら、手を動かす」

そんな晴翔を注意しながら、制作を続ける。

「颯真だって、さっき女子とイチャイチャしてたくせに」

さっき、というのは、お城制作のことだろう。今は、絵の具を乾かしているため、違う作業をしている。

「いや、あれは違うでしょ」
「はいはい」

時間割に、文化祭準備の時間はあまり組み込むことができないため、放課後に準備を進めることになった。

「あ、碧だ」

絵の具の水を入れに行っている時、葉山さんと一緒に練習している碧の姿があった。
二人で見つめて、手を取って。劇だから、当たり前だけど。その横で、ほかの女子たちはキャーキャー言っている。

大丈夫、ただの演技なんだから。それに…⋯碧が好きでいてくれてるのは、俺なんだ。

そう自分に言い聞かせても、胸のざわつきは収まらない。

「颯真、見すぎ」

晴翔に言われてハッとする。

「あ、ごめん」

演技だって、分かってるのに。碧が、あんなふうに笑うから、その笑顔の先が俺じゃないのが、こんなに苦しいんだ。

「碧が女子と二人で仲良くするの、嫌?」

晴翔は俺にそう聞いた。

「…⋯そんなんじゃないし」

そんなんじゃない、ほんとに。女子といることなんて、いつもと同じだし、それが嫌だなんて心の狭いことは思わない。
ただ、葉山さんに対する碧の態度が、他の子とは違うような気がしたから。だって碧って、誰にでも素で話してるようで誰にも素を見せない。女子と話してる時だってそう。だけど、葉山さんと話してる時は他の子と違うな、って。

それが、少しだけ嫌だったのかもしれない。