変わり果てた世界で、親友に恋するまでの物語

待ち合わせよりも早めに来たのに、碧はすでについていたようで、女子からのナンパを受けている碧の姿を見つけた。

「ねぇー、お兄さん、さっきからずっとそこいるよね。一緒に遊ぼうよー」
「すっごいタイプ」

女子たちは碧に身体を寄せる。
…⋯距離近くない?え、初対面だよね?なんて、つっこまずにはいられなかった。腕に触れそうな距離に平然と入っていく女子たちの度胸には、ある意味感心する。

「あー、ごめんねー、今日は俺、大切な人との約束だからさ」

直球で言われて、思わず照れる。

「え、なにそれ可愛いー、お兄さんの片思いなんだ?」
「そう。気合い入れて早く来すぎちゃった。でも、今日は友達」

なんかあいつ、知らない人と話し込んじゃってない?初対面の相手に、そこまで話すか普通。

「そっかー、じゃ、うちらはもう行くねー。お兄さん頑張って」
「ありがと〜」

全人類友達ってああいうやつのことを言うんだろうか。

「碧!ごめん、お待たせ」

女子たちがいなくなってから、俺は碧のもとに走った。

「俺も今来たとこ」

嘘つけ。早く来すぎて女子に絡まれてたくせに。額にうっすら汗が滲んでいるあたり、少なくとも十分は前からいたはずだ。

「行こ、碧。電車来る」

俺は、碧と人混みをくぐり抜けて電車に乗る。相手からの好意を知ってるからだろうか、肩が少しぶつかっただけでも意識してしまう。碧も、俺と同じ気持ちなのだろうか。そうだったら嬉しい。

混み合う車内で、俺はドア側に立たされ、碧はさりげなく背中側の人波を遮ってくれていた。

遊園地に着くと、たくさんの人で賑わっていた。入口のゲートをくぐった瞬間、どこからともなく流れてくる軽快な音楽に、気分が一気に高揚する。

「何乗る?」

碧は聞いた。

「そりゃジェットコースターでしょ」
「だな」

ということで、俺らは一番最初に目に入ったジェットコースターの列に並ぶ。

順番が来ると、安全バーをさげ、係員さんの合図で出発した。カタカタとレールの上を走る。軽いノリで乗ったが、思ったより絶叫系のようだ。ジェットコースターは高いところまで上昇していく。頂上まで来ると、一瞬止まり、そこから一気に下降していった。風が顔を叩く。気づけば、俺は叫びまくっていた。

降りた後。碧は、笑いながら、疲れ果てている俺の方を見た。足元がふわふわして、うまく歩けない。

「颯真、めっちゃ叫んでたな」

余裕そうな顔で言ってくる。

「笑うなよ」

そう言う碧だって、髪が風でぐしゃぐしゃになっていて、それが少しおかしかった。

「次なに乗るー?」
「先に昼ごはん食べようぜ」
「そうだな」

店に入ろうと思ったけど、さすがに休日なだけあって、どこも長い行列ができている。

「あそこでハンバーガーでも買って、ベンチで食べるか」

碧は近くのキッチンカーを指しながら言った。

「颯真は座ってて。さっきので疲れてるでしょ。俺、買ってくるから」
「え、でも⋯…」
「それに、どっちかが場所取りしてないと取られるじゃん」
「…⋯ありがと、碧」

碧は優しい。だからこそ思う、なんで俺なんだろう、って。碧なら、可愛い女子だって捕まえられるはずなのに。もっと碧にお似合いな女子はたくさんいるのに。

こんなことを考えてしまうことが嫌だった。碧の気持ちを疑っているみたいで、自分が情けない。

「颯真、買ってきた。どっちがいい?」

違う種類のハンバーガーを一つずつ手に持って走ってきた碧。

「ありがとう。あ、お金先に渡しとく」

俺が財布を取り出そうとすると、碧は「いーって」と手を横に振る。

「ほら、ここに来れたのだって颯真がチケットくれたからなんだし、ちょっとくらいカッコつけさせて」

もう十分かっこいいけど…⋯

「…⋯じゃあ、お言葉に甘えて」

俺はハンバーガーを受け取り、それを食べる。

「⋯…!美味しい」

ハンバーガーの美味しさに感動している俺を碧はじっと見る。

「え、何?ついてる?」
「いや、可愛いなーって思っただけ」

急にそんなことを言われて、心臓がドキッとする。

「急に口説いてくんな」
「はは、ごめんごめん。美味しそうに食べてるから」

ほんとに嬉しそうな顔に、何も言えなくなる。

「碧のも美味しそう」

照れ隠しのように話を変える。

「味見する?」

碧は食べかけのハンバーガーを差し出すので、俺はそれにかぶりつく。

「美味い」

俺が碧に感想を言うと、碧はワナワナとした様子でこっちを見る。
そこでようやく、俺は自分のした事の意味を理解した。間接キス、という単語が、頭の中をぐるぐる回る。

「あ、ごめん、つい」

俺は、バッと離れる。

「颯真…⋯今日は友達とはいえ、俺がお前のこと好きなの忘れてないよな?」
「忘れてないって。碧が、味見する?って言ったからじゃん」
「そうだけどさ〜」

そんなことを言い合いながら、ハンバーガーを食べる。来る前は少し緊張してたけど、やっぱり碧と一緒だと何をしても楽しい。気づけば、さっきまでの緊張なんて、すっかりどこかへ行っていた。

食べ終わると、今度は優しめのジェットコースターに乗ったり、シューティングゲームをしたりした。的に当たるたびに「うおっ」と声を上げる碧は、子供みたいだった。

次はお化け屋敷だ。
この遊園地のお化け屋敷は、怖いということで有名らしい。順番が近づいてくると、だんだんと怖くなって来た。前の客の悲鳴が、壁越しにかすかに漏れ聞こえてくる。

「次の方〜」

係員さんに言われて、俺らは暗闇の中に入る。
まだ何も起こっていないが、思ったよりも暗いことに驚いている。

「颯真⋯…?大丈夫か?」

碧は心配している様子で尋ねる。

「暗いの、ちょっと苦手なんだよ」

多分これも、トラウマのせいだろう。もう大丈夫だと思ったんだけどな。

「え、それなら言ってくれれば…⋯今からでも出るか?」
「いや、大丈夫。碧と一緒だし」

それに碧、こういうお化け屋敷とか好きだから、せっかく並んだのに俺のせいでやめるとかダメだ。
そんなことを思っていると、いきなり人形が飛び出してきた。

「うわっ」

俺は驚いて、碧の腕に抱きついた。

「あ、ごめん」

俺は反射的に身体を離す。

「ん」

碧は手を差し出す。意味がわからなくて戸惑った。

「手。怖いんだろ?」

繋いでいてくれる、ということだろうか。俺は、碧の手をそっと握った。暗闇の中でも、碧の手の温度ははっきり分かった。

「ごめん、ありがとう」
「いいって。それに俺は、合法的に手が繋げてラッキーだし?」

こんな時にふざけてくるけど、こういうとこ、いいな、って思った。

「結構怖いな、これ」
「ほんとにな」

恐怖のお化け屋敷から出ると、碧とは手を離した。それが少し寂しいと思ったのは、碧には内緒だ。
気がつけば、もう夕方。時間はあっという間にすぎる。空が、少しずつオレンジ色に染まり始めていた。

「なぁ、最後に観覧車乗ろうぜ」
「うん」

観覧車は、あまり並んでいなかったため、割とすぐに乗ることができた。
観覧車の中に二人だけ。この状況に、俺は、正直ドキドキしていた。気にしないようにしていても、つい意識してしまう。

かっこいいな…⋯

女子にモテるだけある。碧はかっこいい。

「なぁ碧」

静かな雰囲気の中、俺は初めに声を出した。

「お前、俺のどこが好きなの」

こんなこと聞くのは、自意識過剰だろうか。でも、気になるもんは気になる。
だって、碧は恋人なんて困らないはずだし。お似合いの子なんて、たくさんいるのに。

「…⋯そんなの、全部だよ」

予想外の言葉に、俺は顔を上げる。

「しっかり者なとこも、みんなに優しいとこも、正義感が強いとこも、意外とビビりなとこも、繊細なとこも、顔も声も、全部好き。」

ド直球な告白に、聞いた俺まで恥ずかしくなる。観覧車の窓から差し込む夕日のせいにしたいけれど、赤くなっているのは、きっと隠せていない。

「…⋯俺、お前に惚れられるような奴じゃないよ。」

俺は、絞り出すような声で言った。

「言ってないだけで、人並みに嫌いな人くらいいるし、人を憎んだりもする。いまだにトラウマ引きずって、迷惑もかけて。」

すると碧は、ふっ、と笑う。

「なんかお前、中学の時も似たようなこと言ってた」

え⋯…?

「自分は性格悪い、って。嫌なことばっか考えてる、って。」

多分、母さんたちのことがあった時だ。保健室のソファで、背を向けて泣いたあの日のことを、碧は覚えていてくれた。

「言ったじゃん。そういう所も、全部含めて好きなんだって。」

多分こいつは、俺がどんなに欠点を持っていたとしても、好きでいてくれるんだろうな、と思った。
それが、どうしようもなく嬉しかった。

「碧、そっちに行ってもいい?」

そっち、というのは、碧の隣のことだ。

「え⋯…うん。俺もそれがいい。でも、大丈夫なのか?」
「うん」

碧は、少し横にずれる。俺は、なるべくゴンドラが揺れないように、優しく動く。
近い。肩がそっと触れる。それだけで、心臓がうるさいくらい鳴るのが分かる。

「今日、誘ってくれてありがとな」

碧は、俺の方を見て言った。

「いいよ、そんなこと。…⋯俺さ、こんな人ごみに来るの、本当はちょっと心配だったんだ。けど…碧と一緒だから、こんなに楽しめたんだと思う」
「そっか。なら、来てよかったな」
「うん」

観覧車はもうすぐ下に降りる。この時間も、もう終わりだと思うと、なんだか寂しい。
また来れたらいいな。
そんな願いを、茜色に染まった夕暮れの空が、そっと包み込んでくれているような気がした。