覆面作家の後宮妃 〜作家だと一番バレたくなかった皇帝は、遥か昔に犬猿の仲だった幼馴染でした〜


  ◇◇◇

 その後、私はお偉い公卿の方々に尊敬の眼差しを向けられながら清涼殿を出て、自分の
御殿に戻った。

「美葉様!やはり美葉様はすごいですわ!わたくし、もっと美葉様を尊敬致します!」
「馬鹿ね、わたくしは初めからもうこの上なく尊敬しておりましたもの」
「わたくしだってそうでしたわ!」

 女房たちは興奮して私の良さを語りつつ、抑えきれない喜びを歌に詠み変えているようだ。
 そんな中、隅に縮こまっている明梨は、私と目を合わせることすら躊躇している。

「明梨、こちらへいらっしゃい」
「……合わせる顔がございません。美葉様があそこまで追い詰められたのは、わたくしのせいです。どうか、御処分くださいませ」
「違うわ。もしも私のお母様が生きていたとして、お母様を盾にされたとしたら。私だって同じことをするかもしれない」

 いくら励ましても、明梨は顔を上げすらしない。むしろ深くなっていっている。

「わたくしは卑しい下級貴族の娘です。本来なら、殿方との結婚も、おこがましいと考えています。ですからわたくしはすぐにでも美葉様の御前から立ち去り、平民として生きますわ」
「明梨。私は今、嬉しいのよ。皇帝陛下はあなたを罪に問わなかった。まだやり直す余地はあるわ」

 罪を犯してしまったのは事実なのだから、本来なら明梨にも罰が与えられるはずだった。けれど京陽は、明梨に罰を与えなかったのだ。

「物語を書いていることを秘密にして、こっそり手伝ってくれたのは誰?私が疲れた時、母のような顔で手伝ってくれたのは?」
「……」
「物心ついた時にはもう、明梨がいて。私は幼いから、明梨がいないと生きていけないのよ」

「……わたくしだって、美葉様がいないと、静かで、憧れるお方が近くにいなくて、気が狂ってしまいますわ」

 明梨はゆっくりと顔を上げる。せっかくの白粉が涙でまだらに落ち、髪も少し乱れている。

 ……あぁ、やっと見れた。

 『しっかり者な女房』が決壊した笑顔は。

 ——記憶が朧げなお母様のような、優しく包み込む優しさに溢れていた。

  ◇◇◇

 けれど私は、そんな物語のような感動の場面を永遠に続けることはできない。特にあのお方が来てしまったら、一瞬で崩壊する。

「私が反故にした原本を新しい巻と誤解したのはどこのどなたでしょうか?」
「……なぜ最初の言葉がそれなのだ」
「昔の怒りと似たものが、沸々と湧き出てきたからでございます。この感情はとても懐かしく——」
「わかったわかった。それは後で聞く」

 京陽は『昔の怒りは私に向けられたものだろうな』と心で苦笑いしていることだろう。

 束帯でいつもの連れを伴いやってきた京陽は、親裁直後とは思えない、緩い雰囲気を纏っている。
 人払いをして二人きりになってから、京陽は上座ではなく、私に寄り添う形で座った。

「……前置きはなしだ。伝えたいことがある」
「あの時の言葉の続き?」
「あぁ」

 日は沈みかけ、橙色の西日が格子の隙間から中に差し込み、京陽と私を照らす。
 先ほどまでは女房たちの声がわずかに聞こえてきたのだが、今はそれもなく、この場だけ現実から切り離されたのかのような静けさだ。

「……美葉」

 京陽は初めて、私の名前を呼んだ。
 
「再会したあの日から、段々と、本当の美葉を知って。最悪の印象しかなかったはずなのに、会いに行くのが楽しみになって」

「……京陽?」

 京陽は耳をほんのり赤くしながら、私の目をまっすぐ見て告げる。

「好きだ。どうしよもないくらい」
「……っ⁉︎ 」

 言われると思っていなかった。
 けれど、どこかで私は、その言葉を望んでしまっていたのかもしれない。

 胸の奥が、熱い。

「……段々、昔は知らなかった一面を知っていって……ずっと頭の片隅に、京陽がいた。私も、その……京陽のことは、大切に、思ってる」

 なんでだろう。『好き』と正直にいえない。
 なのに体は動いてくれて、私は自分から京陽の温かい胸に飛び込んだ。京陽は動揺した様子だったが、その後、今までで一番強く抱きしめてくれた。


 ——これは、物語とは違う。

 言葉にできない何かがあって、伝えなければ気が済まない思いがある。


「それで、提案なのだが。……皇后に、なってほしい。私の皇后は、美葉しか考えられない」

「……それは却下。話が違う」
「……は?」

『そこは頷く場面だろうが』と言わんばかりの表情をする京陽に、私はにっこり笑って見せた。

「皇后なんて、自由が消えるし、何よりお父様の言いなりになんかならないって決めたの」
「いや、ここは物語では喜んで頷く場面だろうが!」
「これは物語じゃないし。さぁさぁ、私はそう簡単に捕まりませんよーだ」
「……覚えておけよ?」
「いきなりこわい」

 昔のようなやり取りだが、喧嘩ではない。お互いを信頼した上で、自分の気持ちをはっきり口にし、笑い合えるのだ。




 ちなみにその後。
 皇后にしたい京陽と皇后を避けたい私の攻防が続いたり。
 恋愛物語を書いていると京陽に知られてしまったり。
 裏があるお父様と親子喧嘩?をしたり。
 妹の勘違いによって大騒動が起きたり。
 また平和が戻り、可愛い御子を授かったり……。

 物語にできるような落ち着きのない日々が続いていくのだけれど、それはまた幸せな、別の話だ。