ジュエリーアイスがとけるまで

 土曜日。教室に着いて車から降りると、ちょうど幸恵さんの車も駐車場に入ってきた。俺は幸恵さんが降りてくるのを待った。

「この間は話聞いてくれてありがとうございました」
「いえいえ〜。本当に聞くだけになっちゃって……。でも、聞かせてくれて嬉しかったわ」
 幸恵さんは微笑んだ。

 中に入ると先生が「おはようございます! 寒かったでしょ〜。手足あったまってから始めましょうね」と話しかけてきた。

 俺と幸恵さんは隣に並んで座った。
「そういえば、昨日お誕生日だったんですよね。おめでとうございます」
「あら、ありがとう〜」
 
 メッセージアプリのプロフィールで誕生日を知ったと伝えると、先生が「そうだったんですね、幸恵さんおめでとうございます! 今日はご家族でお食事とかされるんですか?」と聞いた。
 娘さんが夕方まで部活なので、家族での食事は明日の昼にするそうだ。

「いいですねぇ。……じゃあ、今日は先々週作ったものに色をつけていくので、色見本取ってきますねー」と先生は立ち上がった。

 ……え? プレゼントは?
 
 けれど、レッスンの最後までプレゼントを渡す気配がなかった。
 幸恵さんがお手洗いに行っている間に、先生に「あの……、幸恵さんへのプレゼント、忘れてませんか?」と聞いた。

「え? プレゼント? ……ああ! あれは、晶くんだけだよ〜」と笑いながら小声でそう言った。
 
 俺は、腹が立つのか、嬉しいのか自分でもよく分からなくなっていた。

「……すぐ、そういうこと言うでしょ」
「ん? なに? 箸置き、使ってくれてる?」
「使ってません。……飾ってます」
「飾ってくれてるの! それはそれで嬉しいな〜」

 先生は満足そうに笑っていた。

 幸恵さんがお手洗いから戻ると、三人で挨拶を交わした。幸恵さんが先に外に出ていった。俺も続いて出ようとすると、後ろから腕をぐっと掴まれた。

「今日、夜空いてますか」

 先生はいつになく真剣な表情で、そう言った。

「……空いてますけど……」
「よかった! じゃあ、またあとで連絡しますね。さようなら」
 と笑顔で手を振ってきた。……何何何? 怖いんだけど。

「幸恵さん! 来週お休みなので、次は一月九日です! 良いお年を〜」
 先生は車に乗る前の幸恵さんに、大きな声でそう伝えた。

 家に帰ると、スマホには先生からメッセージが届いていた。

「夜ご飯、ここにしよう! 十九時ね」というメッセージと、ジンギスカンのお店のリンクが送られてきていた。

 ジンギスカンって、人選ぶだろ……。俺は好きだからいいけど。ていうか、時間まで決めちゃってるし、相談とかないのかよ。まぁ、決めてもらえた方が楽だけど。

「はい、わかりました」とだけ返信したら秒で既読がつき、羊がぴょこぴょこと跳ねているスタンプが送られてきた。……羊、好きなのかな。

 指定された時間に店に行くと、先生はダウンのポケットに両手を突っ込んでゆらゆら揺れながら待っていた。俺の姿を見ると、ポケットから手を出し、両手をぶんぶんと振った。それ、普通は遠くにいる人にやるやつだから。たくさん人がいて恥ずかしいし。
 俺は小さく頭を下げ、「こんばんは」と言った。

「晶くん、来てくれてありがとうね」
「いえ、寒いので中入りましょう」
 俺は早口でそう言って、店内に入った。

 煙が店内に立ち込めていた。入り口で上着を預け、席に着いた。

「なに飲みます?」
「ビールで」
「じゃあ、僕もビールにしよっかな」
 先生は、店員さんを呼び、ジンギスカンとライス、生ビールを注文した。

「ここ初めて? てか、ジンギスカンいける?」
 ……いまさら⁈ ここで苦手ですってなったらどうすんの。
 
「初めてです。好きですよ、ジンギスカン」
「あ〜、よかった! 僕、ここのジンギスカンが一番好きで! 晶くんに食べてほしかったんだよね」

 たしかに、すごく美味しかった。臭みもないし、柔らかくて。ご飯もビールも進んだ。

 他愛もない話ばかりだった。
 本当にこの店を勧めてくれただけなんだ。そう思った。そんな気はしていたけど、なんか微妙な気持ちになった。

 店を出て、先生は「外の空気気持ちいい〜!」と大きく伸びをしながら、空気を吸い込んだ。
 「じゃ、散歩でもしますか」と言った。
 
 なんか全部決めてくるじゃん。いいけど……。

 俺たちは中島公園まで十五分ほど歩いた。初めて来たけど、都会の中にあるとは思えないほど自然が豊かだった。日本庭園もあれば、中心には大きな池もある。

 俺たちは、その池のそばにあるベンチに座った。ライトアップされた木々が池に映っている。冬の凛とした空気のなかに浮かぶ色たちが幻想的だ。ぼんやりとその景色を眺めていたら、先生が口を開く。

「晶くんは……僕といるの嫌じゃない?」