ジュエリーアイスがとけるまで

「あ! 晶くん、まだ時間ありますか?」
 先生は何かを思い出したように立ち上がった。

「……はい、ありますけど……」
「ブラックボード、届いたんです」
 奥からブラックボードを運んできて、机の上に『じゃーん』と言いながら置いた。

「書くことは決めてて……」とレイアウトが書かれた紙を、俺にそっと手渡した。

 『Welcome』と日付、「本日ご予約なしでご体験いただけます」という案内。あとは料金、時間、店名。シンプルな内容だった。
 これならすぐに書けそうだと思った。

「今から書いていいですか?」
「いいの? 晶先生、お願いします!」
 そう言って、先生は両腕を身体の側面にぴたっと沿わせ、深くお辞儀をした。本当、懐に入るの上手いな。

 チョークを持ったのなんていつぶりだろう。懐かしいな。
 さらさらとした書き心地が気持ちいい。
 時々、先生に確認を取りながら、あっという間に書き終えた。
 
 仕上がったブラックボードを見た先生は、うんうんと頷いたあと、満面の笑みで言った。
「やっぱり、晶くんに書いてもらってよかったよ〜」

「じゃあ……」と帰ろうとすると、
「あ、待って! お腹、空いてない?」と引き留められた。

「近くに美味しいピザ屋さんがあって、よかったら、このあと一緒にどう……?」
「あ、じゃあ……」

 今までの俺なら、こんなふうに引き留められても、適当な理由をつけて帰っていたはずだ。
 
 俺ってもしかして、今、寂しいのかな。だから、誘われても嫌じゃなかったのかな。

 そのお店は、教室から徒歩三分のところにあった。
 店内は明るく、落ち着いた雰囲気で、大きな窓から見える紅葉がとても綺麗だった。
 
 メニューを開いてしばらくすると、二人の声が重なった。
「「決まりました」」
 顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。

「あはは! 晶くんは何にしたの?」
「きのこと秋鮭の和風ピザ」
「俺も〜! 秋だね〜」
 先生は声を上げて笑った。俺もつられて笑ってしまった。

「あー、晶くんが笑ってる。なんか嬉しいな」

 だから、そんなこと面と向かって言うなって。
 恥ずかしくなってすぐに真顔に戻そうとするが、なかなか戻らない。絶対変な顔になってる。先生は、困っている俺を見て、目を細めてふふっと笑った。

 ピザを食べながら、俺たちは色々な話をした。……というか、俺の話なんて面白くもないので、先生に質問しては、その話を聞いていた。
 
 平日は体験の予約が入っていないときに幼稚園児や保育園児に陶芸を教えたり、福祉施設でボランティア活動をしたりしているらしい。
 先週の日曜日は、ビーチクリーンに参加したそうだ。海岸の清掃をしたあと、拾った貝殻などをアートとして再利用する創作ワークショップもあって、すごく楽しかったと話してくれた。

「晶くんは海、好き?」
「泳ぎたくないけど、見るのは好き」
 素直にそう答えると、
 
「『ジュエリーアイス』って知ってる? 十勝川の氷が波にもまれて、まるーくなって、砂浜に打ち上げられて……でっかいダイヤモンドみたいなんですよ」
 と、先生は目を輝かせた。

 どんなものか想像できなかったし、あんまり興味がなかった。でっかいダイヤモンドって言っても、流氷でしょ?と思った。

「小学生のときに家族で見に行ったんですけど、もう極寒で! 少しの間しか見られなくて……。でも、綺麗だったんですよね。もっとちゃんと見たかったなぁ……」
 悔しそうにしながらも、先生はうっとりとその光景を思い出している。

 荒波や北風など、氷が海岸に近づきやすい条件が揃って初めて見られるものだと説明してくれた。
 あまりにも力説してくるので、だんだんと気になってきた。

「いつ頃見られるものなんですか?」
「えっと〜、一月とか二月だったかなぁ」
「行きますか? 来年」

 俺が人を誘うなんて、初めてのことかもしれない。少し緊張したが、きっと喜んでくれるだろうと思った。
 反応は、予想していたより三倍くらい大袈裟だった。
 
「えええ⁈ いいの⁈ 一緒に行ってくれるの?」
「はい、車出しますよ」
「本当⁈ めっっっちゃ嬉しい!!!」
 
 先生がありえないくらい目を見開いているのがおかしくて、思わず笑ってしまった。

「はい、約束です」
 俺は笑いながらそう言った。