ジュエリーアイスがとけるまで

 先週と今週は仕事が忙しく、飲み会も重なって、かなり疲れた。二十五歳をすぎてから、疲れの抜けにくさを感じる。……老い、早くない?

 一週休みを挟んだ、十一月最後の土曜日。今日も陶芸教室に来た。
 いつものように先生が穏やかな笑顔で迎えてくれた。来るまでは少し気が重かったのに、ここに一歩足を踏み入れると、やっぱり来てよかったと思えた。
 教室内の匂いや静けさが心地いい。一人で家にいて、寝腐るだけじゃ、こんな気分にはならなかっただろうし。

 今日は、前回選んだブルーグレーの釉薬で色付けをした。釉薬が入ったバケツの中にマグカップをどぼんと入れ、すぐに引き上げた。そして、飲み口だけ白い釉薬につけ、ラインを入れた。作業はそれだけだった。

「このあと、どうしますか? 新しい作品作り始めることもできますけど、何を作るか決めるだけでも全然大丈夫です」
 
 新しい作品を作る気力はなかったので、
「決めるだけで」と短く答えた。

 来週からは、花瓶を作ることにした。
 先週、誕生日だったから会社で花をもらったのだけど、花瓶がなかったので、使っていない大きめのジョッキに生けた。
 ジョッキに生けられた花は少し可哀想だったけど、綺麗だった。たまに花を買うかもしれない。そのとき用に。

「お花、飾るんですか?」
「いえ、買ったことはないですけど、先週いただいて。花飾るのもいいかなと思ったので……」
「それはいいですね。あ、そうだ! 先週、お誕生日でしたよね? おめでとうございます! ……これ、僕からです」

 そう言って渡されたのは、小さな白い箱に入った翡翠色の箸置きだった。
 ……綺麗な色。ころんとした豆みたいな形が可愛い。

「わざわざすみません」と言って受け取った。
 
「誕生日……どうして……」と聞きかけると、先生が慌てて
「ああ! ごめんなさい! 初回に書いてもらったアンケート見させてもらって……」と申し訳なさそうに言った。

 アンケートを書いたことなんてすっかり忘れていた。
 先生がまるで悪いことをしたみたいに気まずそうな顔をしていたので、「お気持ち、嬉しいです」と伝えた。

「あ! よかった。たくさん使ってあげてください」
 先生の表情が緩んだのを見て、俺はほっとした。

 減るもんじゃないのに、使うのがもったいないと思った。この箱に入れたまま、眺めていたい。宝石みたいに煌めいていたから。

「そういえば、晶くんってこっちの人?」
「いえ、東京です。四月から転勤で来ました」
「そうだったの! なんか都会的な雰囲気感じてたよ」と先生は笑った。そして、少しこちらを伺うような表情で聞いた。

「東京から北海道って……嫌じゃなかった? 遠いし」
「いえ、自分から希望したので」
「え⁈ どうして⁈」
「どうしてって……環境変えたい気分だったので」
「へぇ〜。で、どんな感じ?」

 少し考えた。まだ何も変わっていないけど、場所はここでよかったと思う。

「北海道でよかったです」
 素直にそう答えると、先生は「そう言ってもらえて、地元の人間としては嬉しいなぁ」と言った。

「桜木先生は、生まれも育ちもここですか?」
「はい、生まれも育ちも!」
「陶芸はいつから?」
「親父が陶芸家だったので、物心ついた時から土触ってました」

 陶芸家『だった』というところが気になっていると、それを察したのか、
「去年、親父が亡くなったから、四月から僕がここを引き継ぐことになったんです」と言った。

 ……そうだったんだ。不安だっただろうなと思った。

「僕に講師なんてできんのかなーって思ってたんですけど、これまでの生徒さんや晶くんと出会えて、救われてます。ありがとう」
 先生はそう言って、恥ずかしそうに笑った。