ジュエリーアイスがとけるまで

「あ! 始める前にお手数なんですけど、アンケート記入してもらっていいですか?」
 と、用紙が一枚挟まれたバインダーとボールペンを手渡された。
 名前や年齢、陶芸は初めてかどうかなど、簡単な項目のものだった。

 記入が終わると、中身をチェックした先生が口を開く。
「お! 同い年だ。嬉しいな〜」
 ……同い年には見えない。笑った顔は少年みたいだけど、全体的な雰囲気はかなり落ち着いている。社会の歯車として働く俺と、自分の好きなことを仕事にしている人。その違いだろうなと思った。

「そうなんですね」
 俺は無難な返答を選んだ。

「下の名前……なんて読むんですか?」
「ああ、晶(あきら)です」
「松永晶さん……綺麗な名前ですね。羨ましいな。僕の名前、大地って言うんですけど、北海道で大地ってそのまんますぎるでしょ」
 そう言って、照れくさそうに笑った。
 
 いや、本人に似合ってると思った。堂々としているのに、どこか人懐っこい。名前の通りに育つ、って、あながち間違いでもないのかなと思った。俺はどうだろう。水晶の晶……。うん、輝きすぎ、名前負け。

「そんなことないと思いますよ。なんか、イメージに合ってます」と俺が返すと、
「なんか気使わせちゃいましたね。でも、ありがとうございます」と、照れたような笑みを浮かべた。

「陶芸されたことあるんですね」
 先生はアンケートを見ながら嬉しそうにそう言った。
 
「はい、一度だけ。五年前とかですけど」
「ろくろか手びねりか、とか覚えてます……?」
「ろくろでした」
「お、じゃあ大丈夫ですね。うちも基本は電動ろくろで作ります。では、これ使ってくださいね」
 そう言って手渡されたエプロンを身につけると、
「あ、ねじれてる。……失礼します」と後ろに回り、ねじれを正して結び直してくれた。
 思ったより距離が近くて、少しだけ身体が強張った。
 
 そのあと椅子に案内され、「もしかしたら重複するかもしれないけど」と言いながら、ざっくりと手順を説明してくれた。
 
「とりあえず、土をこねるところから一緒にやりましょう」と腕まくりをしながら、俺の隣に座った。
 粘土に両手を置く。ひんやりとした土が気持ちいい。

「手のひらのここ、親指の付け根で斜め下にぐっと押す感じです」
「……こうですか?」
「上手です」

 それまで冷たくて固かった土が、体温で少しずつ温かくなり、素直に形を変え始めた。
 
「ここからは中心取りって言って、かなり重要なんで、僕やりますね」と先生は土を丸め、ろくろの真ん中に力強く押し当てた。
 手に水をつけて、上に引き上げたり押し下げたりした。これを何度か繰り返してブレをなくす。これが『中心を取る』作業だと説明してくれた。この中心がズレると、成形途中で歪みが出てくるらしい。今日は体験なので、この作業は先生がやってくれた。

「じゃあ、成形からはやってみましょう。ペダルをゆっくり踏んでみてください」と言われ、恐る恐る踏み込むと、静かなモーター音とともに、土を乗せた板がくるくると回り出した。
 
「手にたっぷり水をつけて……そう、そのまま土を包み込んでみてください」
 言われるがまま、円柱になった土に触れた。回転する土に指を持っていかれそうになり、思わず「うわっ」と声をあげてしまった。土がぐにゃりと歪む。
 
「焦らないで大丈夫ですよ。手を離さないで、脇をしっかり締めて」
 アドバイス通りに姿勢を正し、土の真ん中に親指を沈み込ませると、吸い込まれるように穴があいた。続いて内と外から土を挟み、上へ指を滑らせる。厚かった土がすうっと立ち上がる。
 そのあとも、先生が横から言ってくれた通りに手を動かすと、あっという間にお茶碗の形になった。
 
「じゃあ、切りましょう」と先生がろくろの根元にスッと糸を通した。

「おお……」
 俺は、出来上がったばかりのしっとりと重い器を見ながら、思わず声を漏らした。土の塊が自分の手で形を変えた。心が洗われるような、そんな時間だった。

「松永さん、すごく上手でした! 筋がいいと思います」と笑顔のまま真剣な目でそう言ってくれた。
 いつもなら、入会してもらうためのお世辞だと思いそうな言葉だけど、そうは思わなかった。
 言われなくても、入会を決めていたし。

「乾燥から焼き上がりまで三週間ぐらいかかるんですけど……配送にしますか……?」
 手を洗い終えた俺に、先生が少し不安そうな顔で聞いてきた。そんな自信なさげな顔すんなよ、と思った。

「いえ。入会させていただきたいので、直接取りに来ます」
「え〜! ありがとうございます!」
 さっきまでの不安そうな表情が嘘のように、くしゃっと笑って深く頭を下げた。

 俺はその場で入会申込書を書いた。申込書のチェックを終えた先生が、「いやー、本当嬉しいです」と話し始めた。
 
「元々、生徒さんが三人いたんですけど、転勤とか妊娠とか、お引越しとかで、先月にはとうとうみんないなくなっちゃって……」
「そうだったんですね。寂しいですね」
「まぁ、こういうのは巡り合わせなんで! いつかどこかで、また陶芸を始めてくれたり、作った器を見て思い出してくれたりするだけでも十分なんです!」

 先生は、屈託のない表情で笑った。

「だから、松永さんも気負わず、楽しみましょうね」
 
 やっぱり、大地という名前が似合う人だと思った。
 大きくて、穏やかで、変わらずそこにいてくれる安心感がある。

 俺は、正反対だな。
 俺を何かに例えるなら、波だと思う。寄せては返す、波。
 いきなり人と距離を取るし、感情の揺らぎも激しい。……自分の小ささを改めて感じてしまった。

 先生が心配そうに俺を見ていることに気づき、「あ、すみません。よろしくお願いします」と慌てて答えた。

「早ければ来週から始められますけど、ご希望ありますか?」
「じゃあ、来週からで」
「わっかりました! 待ってますね、晶くん」
「え……?」
「呼び方、嫌でしたか?」
「……別に、いいです」

 下の名前で呼ばれたのなんて、いつぶりだろう。