ジュエリーアイスがとけるまで

 先生の言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
 俺だから、受け止めたい。
 その言葉が、何度も頭の中で繰り返された。

 海岸に着いたのは、朝日が昇り始めた頃だった。車を駐車場に停め、砂浜までは歩いてすぐ。人影がちらほらと見え始めた頃、気持ちが逸るのを感じた。こんなに胸が躍ったのなんていつぶりだろう。
 先生をちらりと見ると、同じ気持ちなんだろうなと分かる表情をしていた。

 砂浜に足を踏み入れると、目の前には大きなジュエリーアイスがたくさん転がっていた。透明度の高い氷が朝の光を通し、一層輝いて見えた。先生が前に言っていた通り、まるででっかいダイヤモンドだ。
 尖った氷が波に揉まれて角が取れ、こんなにも綺麗な輝きを放つ。こんなふうに、角が取れることで見えるものもあるのだろうか。

 この景色を見ているときに、隣にいるのが先生でよかった。本気でそう思った。気付いたら、俺の目からは涙が流れていた。

「晶くん、綺麗だね」
「……はい」
「一緒に見られてよかった」

 先生も同じ気持ちだったことが嬉しかった。

 先生は小さな丸いジュエリーアイスを手袋の上に乗せた。いろんな角度からじっくり見ながら、「綺麗だなぁ」と少年みたいな顔で笑う。その屈託のない笑顔を俺だけが見たいと思った。

「晶くんもどーぞ」と、俺の手袋の上にそのジュエリーアイスをそっと乗せた。
 先生から受け取ったジュエリーアイスは、冷たいはずなのに、暖かい光を纏っていた。
 
 景色を眺める先生の横顔を見ながら、出会った日のこと、今までに話したことを思い出していた。

 次は、この光に触れたい。俺だけの光になってほしいと思った。
 いつものように言葉を編むこともなく、俺は話し始めた。

「……俺、桜木先生のこと、最初は愛想がいい、人たらしだって思ってたんです」
「褒め言葉じゃなさそうだなぁ」と冗談っぽく笑う。

「でも、いつも真っ直ぐに伝えてくれるじゃないですか。それが俺、嬉しくて。そんな人じゃないって分かったんです」
「うん」
「それで……期待して嫉妬してしまう自分とかも初めて知って……なんかしんどいのに、こんな感情を知れて嬉しい、みたいな……」

 うまく言葉が出てこなくなっても、先生はずっと待っていてくれた。

「……俺、桜木先生のこと、独り占めしたいです」

 先生は優しい顔で頷いた。

「僕も同じ気持ち。……好きだよ、晶くん」

 そう言って、俺のことを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 先生の腕の中は、温かかった。

 さっきまで目の前に広がっていた、朝の光を透かすジュエリーアイスを思い出す。
 あんなふうに、光を通して輝けるなんて、知らなかった。

 俺はずっと、自分ひとりで生きていけると思っていた。誰かに期待することも、誰かを独り占めしたいと思うこともなかった。

 でも今は、この人の隣にいたい。
 先生の背中に、そっと腕を回した。
 
 もう少しだけ、この温もりに触れていたい。いつかこの氷がとけてなくなっても、今日のことを忘れたくないと思った。背中に回す腕の力が自然と強くなる。

 ふと顔を上げると、先生が優しく笑ってこう言った。

「ジュエリーアイスって、時間帯によってまた変わった表情を見せてくれるんだって。……また来ようね」

 先生の言葉が、俺の胸に芽生えた小さな不安を溶かしていった。
 
 先生はこうやって、俺の心の角を優しく取ってくれる。
 自分でも知らなかった。俺の心がこんなにも柔らかく、丸くなるなんて。

「朝も昼も夜も全部見たい、桜木先生と一緒に」
「あはは! 可愛いこと言うなぁ〜」

 先生はそう言いながら、俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
 
 北海道に来て、この人と出会えてよかった。
 心から、そう思った。

 
 完