天女の気配を探ってようやく辿り着いたのは、京の都だった――
整然とした朱雀大路に降り立った兎神は、行き交う人々や荷車や牛車に、視線を巡らせた。
「あやつは一体どこに行ったのだ……?」
スラっと背が高く、白く長い髪を靡かせ、上等な絹の着物を着ている兎神は、その場で完全に浮いていた。
通りを行く人々の注目を浴びながら、それでも本人は一向に気にしていなかった。
「すまぬが、このくらいの背で、色白で髪の長い娘を見なかったか?」
目の前を通り過ぎようとしていた、商人風の男を捕まえて尋ねる。
「兄さん、そんな娘はそこら中にわんさかいるよ……」
周りを見回すと、その特徴に見合う娘など、いくらでもいた。
「あぁ、そうだな」
そこで兎神は、娘の人相書きを神通力で起こし、道行く人々に見せて歩いた。
「知らないね」
「こんな美人一度見たら、忘れないね」
足が棒になるまで、朱雀大路を歩き回って人々に尋ね歩いたが、これといった情報は得られない。
(間違いなく気配はする。この都にいるのは間違いがない)
いつしか兎神は、都の南東、宇治へと抜ける街道に立っていた。鬱蒼と生い茂る竹林の中に、吸い込まれるように歩を進めた。
そこは廃神社だった。
鳥居の朱はすっかり剥げ落ち、朽ちかけた木肌が露わになっていた。
その横に立つ石柱は、角が欠けて割れてしまっていたが、辛うじて彫られていた文字を読むことが出来た。
――兎道神社。宇治の古い呼び方の一つだ。
「兎神の隠れ家としては、上出来か……」
参道は伸び切った筍と、苔で埋もれていた。
社殿は辛うじて、形は保っているものの、朽ちかけた建物は今にも崩れそうだった。
「お前たち、あやつを探し出せ」
子兎たちは、散り散りに飛び跳ね、あっという間に姿が見えなくなった。
「暫し、厄介になるぞ」
拝殿の板敷に足を乗せると、バキッと音がして板が抜け落ちた。
「……これは酷いな」
破れた障子の戸を開けると、案の定、拝殿の中も荒れ放題だった。やむを得ず術を掛けると、穴だらけだった床も、丹塗りの落ちた壁も、すっかり元の綺麗な様相へと変わった。
「せめて部屋の中だけは、綺麗にしておこう」
***
「右近殿、官人の名簿にイナバなる人物の名は見つかりませんでした」
蔵人の報告に、右近は落胆する。
「そうですか。引き続き、他の調査を続行して」
「分かりました」
(姫は縫殿で洗濯をしておいでだし、私も探しに行ってみるか)
右近は壺装束に着替え、数人の随身を引き連れ、京の町へと繰り出した。
朱雀大路を南下しながら、手当たり次第に聞き込みを開始する。
イナバさまの特徴である『白くてふわふわでモフモフで可愛い』という老人を知らないかと道行く人に聞いていく。
「白くてふわふわでモフモフ? 何だそれは?」
「うちの猫のことかの?」
老人のことは老人に聞け、とばかりに老人を中心に聞き込むも、老人たちは的外れな返答しかしない。
「女房さま、本当にそんな老人がいるのでしょうか?」
「分かっていることは、イナバという名前、そしてその特徴だけなのよ」
こんなに難航するなら、姫本人にもっと詳しく聞いてしまうべきだったのかもしれないと、後悔していた矢先――
虫の垂衣の紗の向こうに、何か白いものが横切った。
「女房さま、兎です」
「……兎? こんなところに?」
「でも兎って、白くてふわふわでモフモフしてますよね」
随身がそう言った瞬間、右近は反射的に叫んだ。
「あの、兎を追って!」
随身たちが咄嗟に走り出し、土埃が立ち込める中、右近も早足でそれを追った。
兎は朱雀大路を真っ直ぐに進むと、やがて南東の道に逸れた。
「見失わないで追うのよ!」
兎はこちらが追っているのに気付いているのか、絶妙な距離を保ちながら、駆けていく。
「女房さま。兎は、あの竹藪に入って行きました」
随身の一人が、荒れた竹林を指差した。
右近は息が切れ、肩で息をしながら、ゆっくり竹林に近寄った。
「脇道があるわね」
竹藪を掻き分けて進むと、朽ちた鳥居が姿を現した。
「……廃神社? こんな場所に」
整然とした朱雀大路に降り立った兎神は、行き交う人々や荷車や牛車に、視線を巡らせた。
「あやつは一体どこに行ったのだ……?」
スラっと背が高く、白く長い髪を靡かせ、上等な絹の着物を着ている兎神は、その場で完全に浮いていた。
通りを行く人々の注目を浴びながら、それでも本人は一向に気にしていなかった。
「すまぬが、このくらいの背で、色白で髪の長い娘を見なかったか?」
目の前を通り過ぎようとしていた、商人風の男を捕まえて尋ねる。
「兄さん、そんな娘はそこら中にわんさかいるよ……」
周りを見回すと、その特徴に見合う娘など、いくらでもいた。
「あぁ、そうだな」
そこで兎神は、娘の人相書きを神通力で起こし、道行く人々に見せて歩いた。
「知らないね」
「こんな美人一度見たら、忘れないね」
足が棒になるまで、朱雀大路を歩き回って人々に尋ね歩いたが、これといった情報は得られない。
(間違いなく気配はする。この都にいるのは間違いがない)
いつしか兎神は、都の南東、宇治へと抜ける街道に立っていた。鬱蒼と生い茂る竹林の中に、吸い込まれるように歩を進めた。
そこは廃神社だった。
鳥居の朱はすっかり剥げ落ち、朽ちかけた木肌が露わになっていた。
その横に立つ石柱は、角が欠けて割れてしまっていたが、辛うじて彫られていた文字を読むことが出来た。
――兎道神社。宇治の古い呼び方の一つだ。
「兎神の隠れ家としては、上出来か……」
参道は伸び切った筍と、苔で埋もれていた。
社殿は辛うじて、形は保っているものの、朽ちかけた建物は今にも崩れそうだった。
「お前たち、あやつを探し出せ」
子兎たちは、散り散りに飛び跳ね、あっという間に姿が見えなくなった。
「暫し、厄介になるぞ」
拝殿の板敷に足を乗せると、バキッと音がして板が抜け落ちた。
「……これは酷いな」
破れた障子の戸を開けると、案の定、拝殿の中も荒れ放題だった。やむを得ず術を掛けると、穴だらけだった床も、丹塗りの落ちた壁も、すっかり元の綺麗な様相へと変わった。
「せめて部屋の中だけは、綺麗にしておこう」
***
「右近殿、官人の名簿にイナバなる人物の名は見つかりませんでした」
蔵人の報告に、右近は落胆する。
「そうですか。引き続き、他の調査を続行して」
「分かりました」
(姫は縫殿で洗濯をしておいでだし、私も探しに行ってみるか)
右近は壺装束に着替え、数人の随身を引き連れ、京の町へと繰り出した。
朱雀大路を南下しながら、手当たり次第に聞き込みを開始する。
イナバさまの特徴である『白くてふわふわでモフモフで可愛い』という老人を知らないかと道行く人に聞いていく。
「白くてふわふわでモフモフ? 何だそれは?」
「うちの猫のことかの?」
老人のことは老人に聞け、とばかりに老人を中心に聞き込むも、老人たちは的外れな返答しかしない。
「女房さま、本当にそんな老人がいるのでしょうか?」
「分かっていることは、イナバという名前、そしてその特徴だけなのよ」
こんなに難航するなら、姫本人にもっと詳しく聞いてしまうべきだったのかもしれないと、後悔していた矢先――
虫の垂衣の紗の向こうに、何か白いものが横切った。
「女房さま、兎です」
「……兎? こんなところに?」
「でも兎って、白くてふわふわでモフモフしてますよね」
随身がそう言った瞬間、右近は反射的に叫んだ。
「あの、兎を追って!」
随身たちが咄嗟に走り出し、土埃が立ち込める中、右近も早足でそれを追った。
兎は朱雀大路を真っ直ぐに進むと、やがて南東の道に逸れた。
「見失わないで追うのよ!」
兎はこちらが追っているのに気付いているのか、絶妙な距離を保ちながら、駆けていく。
「女房さま。兎は、あの竹藪に入って行きました」
随身の一人が、荒れた竹林を指差した。
右近は息が切れ、肩で息をしながら、ゆっくり竹林に近寄った。
「脇道があるわね」
竹藪を掻き分けて進むと、朽ちた鳥居が姿を現した。
「……廃神社? こんな場所に」
