天女は兎神のお嫁さんになりたい

それは天女にとって、あまりにも辛いことだった。

「他に夫を迎えるだなんて……」

幼い頃から、ずっと兎神(うさがみ)を慕ってきた。
丸く大きな体に真っ白な毛並み、つぶらな真っ赤な瞳は堪(たまら)なく愛らしい。
父神に無理を言って、ここに来た。

「私はイナバさまと結婚したいのに……」

川に到着し、着物をたちまち脱ぎ捨てると、眷属の子兎を見張りに、川に入った。

冷たい川に浸かりながら、考えを纏めた。

「いっそ、イナバさまを押し倒すしかないのかしら?」

そんな不埒(ふらち)な考えに耽(ふけ)っていると、なんの悪戯(いたずら)か突風が吹いた。

岸辺にあった着物は、簡単に風に舞い、吹き飛んだ。

「あっ!」

川に落ちた着物を慌てて追うが、手を伸ばせば伸ばすほど、着物はまるで意思を持つように、その手をすり抜けていく。

「子兎たち、なんで着物を押さえてないの!」

文句を言ったところで仕方なく、必死に泳いでどうにか着物を手に掴んだ。

「やった!」

しかし、無情にもその頭上を肝心の羽衣(はごろも)が風に舞って飛んでいく。

「あーっ、あっちも!」

羽衣は天女にとって、羽根のようなもの。絶対に失ってはならないもの。

あっという間に下流に向かって飛んでいき、羽衣(はごろも)は見えなくなってしまった。

「結界の外に……」

迷ったが、羽衣(はごろも)が下界に流されてしまったと兎神(うさがみ)に知られたら、きっとタダでは済まないだろう。

天女は着物をパッと神通力で身に付けると、羽衣を追って懸命に泳いだ。

気付けば結界の外、下界に泳ぎ着いていた。
辺りはすっかり暗くなっていた。

「何者だ?」

夜の闇の中、響く声――

(人間だ!)

天女は息を潜めた。

「ここは禁足地だ。立ち入りは許されない」

(人間に関わっちゃいけないし……)

このまま身を潜めて、やり過ごすしかない。

「捕まえろ」

その一声で、濡れるのも厭わず、数人の男たちが水の中へ入り、こちらへ向かってくる。

気付けば水深は浅い。天女は自分が泳いで来た方角に向かって、逃げるしかなかった。

――しかし、川だった筈の場所は今は池になっていた。

「えっ、どうして?」

絶望と同時に、身体を抑え付けられた。

「女です」

「……女だと?」

池から引き上げられ、松明の明かりの下に晒された。

濡れた着物が肌に張り付き、そこから覗くのは陶器のような白い肌。水を含んで背に流れる黒髪は艶やかで、潤んだ伏し目がちの大きな瞳を、長い睫毛が縁取っている。
あまりにも整い過ぎた容姿に、男たちは思わず息を呑んだ。

天女はただ怯(おび)え、震えていた。

「ほう、これは……」

まるで値踏みされるような視線を感じて、肌が泡立つ。



「湯殿へ連れていけ」