魔法の花が教えてくれたこと

 その後、バッティングセンターで汗だくになって帰ってきた凛華と龍平にたい焼きを食べてもらい、駅で乗る電車の方向が違う凛華と龍平とは別れた。

 陸斗とは小学・中学は学区がギリギリ違ったらしく別だったが、最寄駅は同じだ。電車に揺られ、駅に降り、そしてその駅から出た。

 その時。

「あれ、あやめじゃん」

 背後から聞いたことのある声がして咄嗟に振り向くと、そこには。

『あやめってさ、すぐ泣くよね。鼻水出てて気持ちわるっ』

 明らかに私に悪意を持って、堂々と悪口を言ってきた元クラスメイトが立っていた。
 筆箱を隠されたり、教科書を破られたり。
 その声を聞くのがトラウマだった。

 ——そして何より、私が仮面をかぶることを決心したきっかけになった人だ。

 横には今、陸斗がいる。

 ……まずいっ!
「莉奈、久しぶり。卒業式、以来、だね」

 パニックになって、とりあえず笑みを浮かべてそう言うけれど、莉奈の眉が不機嫌そうにピクリと動いた気がして、声が震えてしまった。

 陸斗がこちらを見る。

 ……あぁ、終わった。

 最悪だ。トラウマがどうしても消えなくて、そのせいで嘘がバレるなんて。

 笑みは貼り付けたまま、私は立ち尽くすしかない。

 すると。

「ね、ほんと久しぶり。やだぁ、嬉しすぎて声震えちゃってるじゃん」

 ……え?

「あやめの彼氏さん?めっちゃ優しそうな人じゃん」
「えっと、莉奈さん?あやめが嬉しすぎて声震わせるくらい、会いたかった人ってことだよね」

 二人の会話に、一瞬私は思考がフリーズした。

 莉奈が、あの柏木莉奈が、私をフォローしてくれた?
 眉が不機嫌そうに動いたのは、私の勘違いだったのだろうか。
 陸斗もいつもと変わった様子はない。

「あ、ウチ、もうそろそろ行かなきゃ。……それとあやめ」
「なに?」

 あっけにとられたまま、私が返事をすると。

 莉奈は帰り道の方向に歩き出しながら、ポツリと口にした。

「中学校の頃の行動は、謝っておく」
「……うん?」

 莉奈は走って、逃げるように去っていった。

  ◇◇◇

 家に帰って、私はお風呂と夕食を済ませて後、すぐに部屋に戻った。そしてうずうずした時は恒例だが、思いっきりベッドにダイブする。

 莉奈は私をいじめていたことが発覚して、高校の推薦を取り消されている。てっきり恨んで、私の本性を暴露すると思っていた。

 だが、逆だったのだ。

 過去を反省して、前を向いて、嫌いな相手にも謝った。

 私とは大違いだな。
 
 窓際に飾られたアヤメの花を見つめて、私は自分で自分を嘲笑った。

  ◇◇◇

 しかし次の日、ありえないほど鳴り止まないスマホの通知で目が覚めた。時刻はまだ六時をまわった頃。もう少し寝たかった。

 すぐそこのデスクに置いていたスマホが、止まることなくブルブルと震えていた。

 私はおぼつかない足取りで通知をオフにしようとベッドから起き上がったが、スマホの画面を見て目を見張る。

 正直、理解できなかった。

『あやめってそんな人だったの?』
『信じられない。前から完璧な子だとは思ってたけど、裏あるとまでは予想できなかった』

 ……え?

 うまく働いていなかった思考がようやく動き出し、急いで部屋の明かりをつけてスマホのロックを解除した。

 ありえないほど通知が来ているのはインスタだ。
 私は友達や一部の許した人にしか見せられないようにしていたはず。
 
 恐る恐るアプリを開くと。

 昨日投稿した、たい焼きを持った自撮り写真。そのコメント欄が、恐ろしいほど荒れていた。

 元凶は何か必死に探していると、見つけてしまった。

『今日、久しぶりにあやめに再会した中学校時代の元クラスメイトだけど……普通に、あやめは昔から弱虫なふりをして、相手を陥れてた。喋りかけたら泣いてウチが悪いみたいにしたり、あと、いじめてるみたいにして、ウチは推薦取り消された!今は弱虫じゃなくて優しい子を演じてるみたいだけど、絶対みんな騙されてる。彼氏さんも可哀想!絶対裏では、人を見下してます』

 それと共に、中学校時代に泣いていた頃の写真も添えられていた。

 これは……確実に莉奈だ。こんな私の写真を持ってるのは、部活でスマホを持ってくるのを許可されている時に撮ってきた莉奈以外いない。

 
 ……なんで、莉奈が私のインスタを見れているの?


 一部の人というのは、『この人は安全だな』と思えた人だ。……莉奈のアカウントならわからないはずないし、まさか、裏アカを使ったのか。

 ……終わった。

 視界が暗くなってきて、まるで夢のようだった。

 これで私は今まで猫を被ってきた最低な女と思われ、学校では居場所を失うだろう。

 何より陸斗は騙されていた被害者として不憫な目で見られる。


 一番バレたくなかった人に、自分から打ち明けるのでなく、強制的に正体を知られてしまうのだ。

『あやめって、そんな子だったの?』
『普通に騙された』
『証拠もあるし、言い逃れできないよね』

 そんなコメントが、一つ一つ私の心に突き刺さる。

 ……やめて、もう嫌だ。

 直接言われるよりも、第三者の目が多くあるネットで言われた方が私は傷つく。それを莉奈は知っていた。だから、安心させておいて、地獄につき落としたんだろうな。

 そんなことを思いながらも、私は学校に行くしかない。熱でもない限り、お母さんは休ませてくれない。

 行かない選択肢はないのだ。