魔法の花が教えてくれたこと

 家に帰ると、制服も脱がずにキッチンの棚の奥を漁り、使われていないガラスの花瓶を発掘した。
 そして花瓶を軽く洗ってから中に水を入れ、アヤメの花を挿す。

 ……もらってしまったからには、自分でちゃんと管理してやらないといけない。そうではないと花が可哀想だ。

「……ん、何してんの?」

 いつの間にか仕事から帰ってきていたお母さんが、今日の夕飯の材料が入った買い物袋を机に置きながら尋ねてくる。
 仕事が忙しいのに、なぜ毎日買い物に行くのか。まとめて買っちゃえば良いのに。

 些細なことだがそう思いながら、「花もらったから、部屋に飾ろうと思って」と返事をした。

「ふぅん。ま、使ってないから良いけど。陸斗くんからもらったの?」
「うん」

 普段からたくさんついているような嘘が、当たり前のように口から出てくる。お母さんの前では素の自分を出しているけれど、慌てたらとにかく嘘をつく習慣ができているようだ。

 自分がまた嫌になって、心でため息を吐く。
 今日はやけに、目頭が熱かった。
 
 私はリビングに放っていたリュックを背負い、手に花瓶を持って「お風呂沸いたら呼んで」と残して逃げるように自室へ向かった。

 
 部屋の扉を閉め、天気が曇っていることもあって暗い部屋にやっと一人になる。
 窓際に花瓶を置くけれど、光が差しこまないので花はどこか元気なさげに見えた。

『ねぇ、お姉さんは、告白される前に戻りたい?』

 名前も知らない不思議な少女に言われた言葉が、ずっと頭の中で反芻している。
 
 もしも魔法があったとしても、使ってはいけない。使うのは、プライドを捨てることだ。

 ……わかっている。わかっているのに!

 感情がごちゃごちゃになって耐えきれなくなって、私は制服のままベッドにダイブした。枕を思いっきりベッドに叩きつけて、少しでもこのむしゃくしゃを発散しようと試みる。

 泣き虫な私がイライラというものを覚えたのだから、それはめでたいことだと思えたら良かったのに。

 ベッドの上に座って、窓際に飾られた花に手を伸ばす。手の届く距離に、花がある。

 私は、既に魔法を信じてしまっているのだ。藁にもすがる思いで。

 魔法を使いたい。思っているのが自分でもわかった。


 ……けれど、何かが満たされない。まるで自分が望んだことではないのかのように。

 ——私は、何がしたかったんだろう。

 過去に戻りたい。
 別れたい。
 本性を明かしてもう一度付き合い直したい。
 このまま、仮面を被っていたい。

 全部、本心だ。
 楽になりたいとしか考えていなかった。

 そのことに気づいてしまって、私は掴みかけた手を引っ込めた。