大正浪漫、恋するインデックス~おしゃべり女給と文字が苦手な御曹司~

〇カフェー「ミモザ」・店内(第8話の続き)

名刺を手にした茂文と、振り返った櫻子。

櫻子「ハーグリーヴス様の名刺です。うちの商会に来ないか、と」
茂文「……行くのか」
櫻子「國衛様には、関係ありません」

まだ怒っている。櫻子は名刺を受け取り、奥へ下がってしまう。
ひとり残された茂文。カップの珈琲が、手つかずのまま冷めていく。

〇國衛商会・茂文の執務室(同日・夕方)

机に突っ伏す茂文。

茂文「……真壁。女はどうすれば機嫌が直る」

真壁「私に聞かれましても」

〇モンタージュ(謝罪の品選び)

花屋の前。真っ赤な薔薇の花束を前に、茂文が腕を組む。

茂文(……違う)

真壁(隣で)「薔薇の花束は、謝罪というより求婚かと」
茂文「黙れ」

洋菓子店の前。ショーケースのシュークリームを睨む茂文。

茂文(……違う。あいつが目を輝かせるのは、甘い物じゃない)

脳裏に浮かぶ櫻子の姿。継ぎ足して膨らんだ単語帳。長屋の壁の絵葉書。英字新聞を読むときの、きらきらした目。

茂文がはっと顔を上げる。

〇波止場・ハーグリーヴス商会の倉庫前(夕方)

荷下ろしを監督しているエドワード。そこへ茂文が現れる。

エドワード《シゲ?珍しいな、うちに何の用だ》
茂文《……英国から入った本を、売ってくれ》
エドワード《本?》
茂文《若い女が読んで喜ぶ本だ。小説でも、新聞でも、雑誌でもいい》

エドワードが目を丸くし、それから腹を抱えて笑う。

エドワード《あのシゲが、僕に頭を下げるとはね!》
茂文《下げてない》
エドワード《……彼女に、だろう?》

茂文は答えない。エドワードは笑いを収め、木箱を一つ開けさせる。

エドワード《僕からの助言は一つ。全部持っていけ。好みがわからないなら、選ばせればいい》

〇カフェー「ミモザ」・店内(翌日・昼)

ドアベル。両腕いっぱいに本を抱えた茂文が入ってくる。積み上げた本で、顔が半分隠れている(コミカルな大ゴマ)。

千代たちがざわつく。
窓際のテーブルに、どさりと本の山。

茂文「これ」
櫻子「……なんですか?」
茂文「英国から入った」

新刊の小説、ロンドンの新聞、婦人雑誌。フランス語の詩集まである。

櫻子の目が、みるみる輝いていく(キラキラの大ゴマ)。

櫻子「これ、本当に読んでいいんですか?」
茂文「そのために持ってきた」
櫻子「どうして、こんなにたくさん……」

茂文は少し目をそらす。

茂文「何が好きかわからなかった。……俺には、選べないから」

櫻子がはっとする。読めない茂文が、自分のために本を選ぼうとして、選べなかったこと。それでも全部持ってきたこと。
櫻子の表情がほどける。

櫻子「……昨日は、私も言い過ぎました」
茂文「俺も悪かった。放っておいて」

初めて素直に謝り合う二人。目が合い、どちらからともなく小さく笑う。
櫻子はエプロンのポケットから一通の封筒を取り出す。

櫻子「それから、これ。ハーグリーヴス様へのお返事です。お届けいただけますか」
茂文「……返事?」
櫻子「お断りの手紙です。私はミモザの女給で、國衛商会の通訳ですから」

茂文の口元が、隠しきれずに緩む。

茂文「……届けておく」

〇同(続き)

櫻子が本の山から一冊を選び、ページをめくる。茂文はその向かいに座る。

茂文「仕事じゃなく……読んでくれないか。お前が面白いと思ったところを」

櫻子が少し驚き、それから嬉しそうに頷く。
櫻子が英国の小説の一節を、日本語に訳しながら読み上げる。茂文は頬杖をつき、櫻子の語る物語に聞き入っている。
窓から差し込む午後の光。仕事ではない、二人だけの穏やかな時間(見開きにしたい絵)。

茂文モノ『書類以外の文章を、誰かに読んでもらうのは初めてだった』

〇同(しばらく後)

気がつくと、二人のテーブルの周りに人だかり。
外国人の客、帝大の学生らしい青年たち、女学校の教師らしき婦人、洋服の商人。

学生「その雑誌、どこで買ったんですか!?横浜じゃ、なかなか手に入らなくて」
婦人「その詩集、私にも取り寄せていただけないかしら」
外国人客《このロンドンの新聞、先月の号かい?まだ新しいじゃないか》

戸惑う櫻子。次々に本を手に取る客たち。

櫻子が手にした婦人雑誌の後ろのページに、英国の女子大学の広告が載っている。「女子学生、募集」の文字(櫻子の目が一瞬止まる、さりげない一コマ)。

茂文は腕を組み、その光景をじっと見つめている。商売人の目になっている。

茂文「……櫻子」
櫻子「はい?」
茂文「外国の本って、売れるのか?」