大正浪漫、恋するインデックス~おしゃべり女給と文字が苦手な御曹司~

〇國衛商会・応接室(夜会当日・夕方)

ソファで待つ茂文。燕尾服。落ち着かない様子で懐中時計を何度も開けては閉じる。

真壁「三度目です」
茂文「数えるな」

扉が開く。
淡い桜色のドレスに身を包み、髪を結い上げた櫻子が、おずおずと入ってくる(見開きの大ゴマ)。

茂文、固まる。

櫻子「……変、ですか?」
茂文「いや」
櫻子「なら、なんで黙るんです」
茂文「うるさい」

顔を背ける茂文。耳が赤い。

真壁(手帳に何か書きつける)

茂文「真壁、何を書いた」
真壁「本日の天気です」

櫻子もつられて頬が熱くなる。

櫻子「ドレスのお代は、手当から少しずつお返ししますから」
茂文「仕事着だ。経費で落とす」
櫻子「……ずいぶん綺麗な仕事着ですね」
茂文「……似合うと思った」

小さな声。櫻子が聞き返す前に、茂文はさっさと部屋を出ていく。

〇英国総領事館・大広間(夜)

シャンデリア、楽団、着飾った紳士淑女。日本人と外国人が入り混じる華やかな夜会(大ゴマ)。

櫻子モノ『絵葉書の中でしか見たことのない世界だった』

腕を組んで入場した二人に、視線が集まる。

すぐに年配の紳士が茂文に声をかける。財界の大物、白鷺男爵。その隣に、洋装の令嬢・麗子。

白鷺男爵「國衛くん、待っていたよ。娘の麗子だ。以前、話しただろう」

麗子が優雅に会釈し、ちらりと櫻子を見る。

麗子「そちらは?」
茂文「國衛商会の通訳だ」
麗子「まあ。……ミモザというカフェーの方ですわよね?父が、國衛様が女給を一人お連れになると」

笑顔のまま、棘のある一言。櫻子の背筋が固まる。
茂文が何か言い返す前に、白鷺男爵が茂文の肩を抱く。

白鷺男爵「さあ、紹介したい方が大勢いる」

茂文は何人もの紳士と令嬢に囲まれ、人波の向こうへ流されていく。振り返った茂文と一瞬目が合うが、すぐに見えなくなる。

〇同・大広間の壁際(続き)

ひとり残される櫻子。
近くの輪から聞こえてくる英語の会話。言葉はわかる。でも、金本位制、関税改正、どこそこの家の縁談……中身についていけない。
櫻子の頭上に、意味だけが通り過ぎていく言葉の絵。

櫻子(言葉がわかっても、話には入れない)

グラスを手に、壁の花になる櫻子。

遠くに、麗子と並んで紳士たちと話す茂文の姿。麗子が茂文の腕に手を添えている。

櫻子(……パートナーって、言ったくせに)

頬を膨らませる櫻子(少しコミカルに)。

〇同(続き)

櫻子の視界に、見覚えのある金髪。

エドワード《やあ。君、あのカフェーの女性だろう?》
櫻子《ハーグリーヴス様》
エドワード《覚えていてくれたとは光栄だ》

エドワードは櫻子を上から下まで眺め、まっすぐに言う。

エドワード《今夜の君は、とても綺麗だ》

あまりに直球の褒め言葉に、櫻子は固まる。

櫻子「……びっっっくりしましたぁ」

思わず日本語。エドワードが楽しそうに笑う。

エドワード《シゲは?》

櫻子は黙って、人垣の向こうを視線で示す。麗子に腕を取られている茂文。

エドワード《……なるほど。あいつは昔から、大事なものほど手放すのが下手でね》
櫻子《手放されたのは、私のほうですけど》

エドワードが目を細める。

エドワード《じゃあ、今夜は僕が借りよう。踊らないか?》
櫻子《私、踊れません》
エドワード《教えるよ》

差し出された手。櫻子は一瞬迷い、人垣の向こうの茂文を見る。茂文はこちらに気づいていない。
櫻子は、エドワードの手を取る。

〇同・広間の中央(続き)

ワルツ。最初はぎこちない櫻子の足取りを、エドワードが巧みにリードする。

エドワード《一、二、三。そう、上手だ》
櫻子《足を踏んだら、ごめんなさい》
エドワード《シゲの足なら、いくら踏んでもいいよ》

櫻子が思わず笑う。周りの客が二人に目を留める。

〇同・広間の奥(続き)

茂文の手に、給仕が一枚の紙を差し出す。今夜の乾杯の挨拶の順番と、細かな字で埋まった招待客の席次表。

給仕「國衛様は三番目のご挨拶です。お名前の読み違いのないよう、お目通しを」

挨拶の順番の数字はすぐ目に入る。けれど、招待客の名前を一つずつ追うのは難しい。茂文の指が紙の端を強く押さえる(第1話の品書きと同じ構図)。

茂文(……櫻子)

顔を上げ、人垣の向こうに櫻子を探す。
広間の中央。シャンデリアの光の下で、エドワードと踊る櫻子。笑っている。
茂文の表情が、みるみる不機嫌になっていく(ラストの大ゴマ)。