大正浪漫、恋するインデックス~おしゃべり女給と文字が苦手な御曹司~

〇カフェー「ミモザ」・店内(一週間後・開店前)

入口の看板はそのまま。店内では、真壁が帳場で書類を整理している。
女給たちが一列に並び、緊張した面持ち。その前に茂文。

茂文「今日からこの店の持ち主は國衛商会だ。店の名前も、お前たちの仕事も変えない」

回想の一コマ。荷物をまとめ、捨て台詞も言えずに店を出ていく木島の背中。

真壁が一人ずつ封筒を手渡していく。

真壁「新しい給金です。部屋代と食事代は、相場どおりに改めました」

封筒を開けた千代が、目を丸くする。

千代「こ、こんなに……?」
茂文「今までが安すぎた」

皿洗いの少女が千代に抱きつき、女給たちから小さな歓声が上がる。
その輪から少し離れて、櫻子が茂文に詰め寄る。

櫻子「なんで店ごと買うんですか!?」
茂文「お前を雇うためだ」
櫻子「大げさすぎません!?」
茂文「大げさじゃない。商談に使えて、外国の客が多くて、港に近い。商売としても十分に釣り合う」
真壁(帳簿から目を上げずに)「釣り合うかどうかは、これから次第ですが」
茂文「真壁」
真壁「失礼しました」

〇同・奥の席(続き)

茂文と櫻子が向かい合う。テーブルには一枚の契約書。

茂文「お前はこれまで通り店で働く。商談があるときだけ、國衛商会の仕事を手伝う。その分の手当は別に出す」

櫻子は契約書を手に取り、黙って読み始める。

茂文(……読まずに頷くと思ったが)

櫻子「三つ、条件があります」
茂文「……言ってみろ」
櫻子「一つ。千代さんたちに、私だけ特別扱いだと思われたくありません。店での給金は、皆さんと同じ基準にしてください」
茂文「手当の分は」
櫻子「それは、仕事の対価なのでいただきます」

茂文(しっかりしている)

櫻子「二つ。商会の仕事でわからない言葉が出たら、教えてください。前みたいに、國衛様が話して、私が書きます」
茂文「……ああ」
櫻子「三つ」

少しだけ言い淀む櫻子。

櫻子「週に二晩、夜学に通わせてください。英語とフランス語を、独学じゃなくて、ちゃんと学問として学びたいんです」
櫻子「……いつか、留学するために」

茂文が櫻子を見る。路地で夢を語った夜の櫻子がよぎる(小さな回想コマ)。

茂文「学費は商会が――」
櫻子「自分で払います」

即答。茂文が思わず吹き出す。

茂文「……わかった。全部飲む」
"茂文「ただし、お前はまだ十八だ。お母上にも、この契約の同意をいただく」
櫻子「はい。母にも、私からきちんと話します」"
〇同(続き)

茂文「契約書に書き足しておけ。俺が署名する」

櫻子が条件を書き足し、それから契約書を茂文のほうへ向ける。そして、当たり前のように読み上げ始める。

櫻子「國衛商会は津田櫻子に対し、以下の業務を依頼する。一、商談における通訳および書類の確認……」

茂文は櫻子の読み上げを最後まで聞き、書き足した三つの条件を口に出して確かめる。それから、署名欄にペンを走らせる。

茂文「お前が読んだなら、間違いない」

櫻子の胸が、とくんと鳴る。



茂文が契約書を折りたたみ、ふっと笑う。

茂文「これで遠慮なく使えるな」
櫻子「人を道具みたいに言わないでください」
茂文「道具に条件を三つも出されてたまるか」

櫻子、思わず笑ってしまう。茂文もつられて笑う。二人で笑う初めてのコマ。

"〇モンタージュ(数日後)
櫻子が英語とフランス語で書いた品書きを外国人客へ見せる。商会の取引先にも笑顔で応対し、商談の席へ案内する。客席は以前よりにぎやかになっている。
真壁「商会のお客様も、こちらを使うようになりましたね」
茂文「……あいつがいるからな」
〇同・入口(夕方)"

帰り際、茂文が上着の内ポケットから白い封筒を取り出し、テーブルに置く。金の縁取り。封蝋。

茂文「次の仕事だ。読んでくれ」

櫻子が封を開ける。

櫻子「……英国総領事館、春の夜会のご案内。國衛茂文殿。同伴者、一名……」

顔を上げる櫻子。

櫻子「夜会……?」
茂文「同伴者は、お前だ」
櫻子「わ、私が!?」

茂文が帽子をかぶり、振り返りざまに言う(ラストの大ゴマ)。

茂文「俺のパートナーとして来い」