〇カフェー「ミモザ」・奥の席(昼)
テーブルにどさりと置かれる書類の山。過去の契約書、船荷証券、英文の書簡。
茂文「三日後に、ブラウンとの本契約がある。目を通しておいてくれ。わからない言葉は印をつけておけばいい」
櫻子「全部、ですか?」
茂文「無理なら――」
櫻子「やります」
即答。目が輝いている。
〇モンタージュ(三日間)
閉店後、ランプの下で書類を広げる櫻子。
朝の路面電車で、吊り革につかまりながら書簡を読む櫻子。
給仕の合間、帳場の陰で単語帳に書き足す櫻子。
昼休み、自分の握り飯を皿洗いの少女にそっと渡し、また書類に戻る櫻子(さりげない一コマ。読者だけが気づく)。
〇同・奥の席(三日後・商談の一時間前)
茂文が来ると、櫻子はもう席で待っている。目の下に薄い隈。
櫻子「要点をまとめておきました。読み上げますね」
櫻子が書類の要点を読み上げていく。茂文は目を閉じて聞く。
櫻子「……この条項、去年の契約と一か所だけ違います。保険料を負担するのが、うちではなく國衛商会側に――」
茂文(……俺の部下も見落とした箇所だ)
茂文が目を開けて礼を言おうとした瞬間。立ち上がった櫻子の体が、ふらりと傾く。
茂文がとっさに抱きとめる(大ゴマ)。
茂文「おい!」
櫻子「……すみません、ちょっと立ちくらみが……」
腕の中の櫻子。茂文の表情が険しくなる。
茂文(……軽すぎる)
茂文「最後に飯を食ったのはいつだ」
櫻子「……昨日の、朝?」
茂文「来い」
〇向かいの洋食屋・店内(同)
櫻子の前に、湯気の立つライスカレー。
櫻子「商談が!」
茂文「あと一時間ある」
櫻子「でも、最後の確認を――」
茂文「食え」
櫻子「國衛様――」
茂文「食え」
観念してひと口。櫻子の目がぱっと輝く。
櫻子「……おいしい」
夢中で食べる櫻子を、頬杖をついて眺める茂文。口元が緩んでいる。
茂文「次に食事を抜いたら、書類は渡さない」
櫻子「そんな!」
茂文「嫌なら食え」
〇ミモザ・奥の席(商談)
本契約。櫻子が見つけた保険料の条項を茂文が指摘。ブラウンとの交渉は無事まとまる。
ブラウン、苦笑して両手を上げる。
ブラウン《……参った。誰がこれを見つけた?》
茂文は答えず、珈琲を運んできた櫻子にだけ、目で頷く。
櫻子、盆の陰で小さく拳を握る(嬉しさを噛みしめる一コマ)。
〇櫻子の長屋・前(夕方)
國衛商会の自動車が、狭い路地の入り口に停まる。
櫻子「送っていただかなくても、本当に大丈夫だったんですけど……」
茂文「倒れた人間が言うことか」
戸が開き、女学校の制服の少女が飛び出してくる。妹の小百合(十三)。
小百合「お姉ちゃん、おかえり!……え、自動車!?どなた!?」
奥の布団から、病弱な母が身を起こして頭を下げる。
母「娘が、いつもお世話に……」
茂文の目に、狭い部屋の壁が映る。外国の港や街並みの絵葉書が、何十枚も丁寧に貼られている(印象的な一コマ)。
小百合「それね、お姉ちゃんがお客さんからもらって集めてるの。いつか外国に留学するんだって!」
櫻子「小百合っ!」
真っ赤になる櫻子。
〇長屋の路地(夜)
自動車まで茂文を見送る櫻子。並んで歩く。
櫻子「父は珈琲豆の取引でしくじって、借金を残したまま亡くなりました。母は体が弱くて、小百合はまだ学生で」
櫻子「小百合には、ちゃんと女学校を出てほしいんです。いつかお嫁に行くときは、嫁入り道具もきちんと揃えてあげたい」
茂文「……その間、お前は?」
櫻子「働きます」
茂文「そういう意味じゃない」
櫻子は少し黙り、夜空を見上げる。
櫻子「……借金を返し終わったら、外国に留学したいんです。絵葉書の中じゃない本物の街で、言葉をちゃんと学びたい」
言ってから、照れたように笑う。
櫻子「笑わないんですか?女給が、留学なんて」
茂文「笑う理由がない」
櫻子が目を見開く。すぐには返事ができず、やがて照れくさそうに笑う。茂文は前を向いたまま。
櫻子モノ『誰かに話したのは、初めてだった』
〇國衛商会・茂文の執務室(夜)
茂文の机に、真壁が茶封筒を置く。
真壁「ミモザの主人、木島徳蔵の調べです。……お読みしますか」
茂文「頼む」
※真壁が当たり前のように読み上げを申し出る。真壁は茂文の秘密を知る側の人間だと、さりげなく示す。
真壁が古い契約書の写しを広げる。
真壁「三年前、津田という珈琲豆商が結んだ輸入契約です。大口で、かなり無理のある条件です」
茂文「津田……」
真壁「この取引を持ちかけた仲介人の欄に――」
契約書のアップ。仲介人欄の署名。
真壁「木島徳蔵。ミモザの主人の名前があります」
茂文の目が鋭くなる(ラストの大ゴマ)。
テーブルにどさりと置かれる書類の山。過去の契約書、船荷証券、英文の書簡。
茂文「三日後に、ブラウンとの本契約がある。目を通しておいてくれ。わからない言葉は印をつけておけばいい」
櫻子「全部、ですか?」
茂文「無理なら――」
櫻子「やります」
即答。目が輝いている。
〇モンタージュ(三日間)
閉店後、ランプの下で書類を広げる櫻子。
朝の路面電車で、吊り革につかまりながら書簡を読む櫻子。
給仕の合間、帳場の陰で単語帳に書き足す櫻子。
昼休み、自分の握り飯を皿洗いの少女にそっと渡し、また書類に戻る櫻子(さりげない一コマ。読者だけが気づく)。
〇同・奥の席(三日後・商談の一時間前)
茂文が来ると、櫻子はもう席で待っている。目の下に薄い隈。
櫻子「要点をまとめておきました。読み上げますね」
櫻子が書類の要点を読み上げていく。茂文は目を閉じて聞く。
櫻子「……この条項、去年の契約と一か所だけ違います。保険料を負担するのが、うちではなく國衛商会側に――」
茂文(……俺の部下も見落とした箇所だ)
茂文が目を開けて礼を言おうとした瞬間。立ち上がった櫻子の体が、ふらりと傾く。
茂文がとっさに抱きとめる(大ゴマ)。
茂文「おい!」
櫻子「……すみません、ちょっと立ちくらみが……」
腕の中の櫻子。茂文の表情が険しくなる。
茂文(……軽すぎる)
茂文「最後に飯を食ったのはいつだ」
櫻子「……昨日の、朝?」
茂文「来い」
〇向かいの洋食屋・店内(同)
櫻子の前に、湯気の立つライスカレー。
櫻子「商談が!」
茂文「あと一時間ある」
櫻子「でも、最後の確認を――」
茂文「食え」
櫻子「國衛様――」
茂文「食え」
観念してひと口。櫻子の目がぱっと輝く。
櫻子「……おいしい」
夢中で食べる櫻子を、頬杖をついて眺める茂文。口元が緩んでいる。
茂文「次に食事を抜いたら、書類は渡さない」
櫻子「そんな!」
茂文「嫌なら食え」
〇ミモザ・奥の席(商談)
本契約。櫻子が見つけた保険料の条項を茂文が指摘。ブラウンとの交渉は無事まとまる。
ブラウン、苦笑して両手を上げる。
ブラウン《……参った。誰がこれを見つけた?》
茂文は答えず、珈琲を運んできた櫻子にだけ、目で頷く。
櫻子、盆の陰で小さく拳を握る(嬉しさを噛みしめる一コマ)。
〇櫻子の長屋・前(夕方)
國衛商会の自動車が、狭い路地の入り口に停まる。
櫻子「送っていただかなくても、本当に大丈夫だったんですけど……」
茂文「倒れた人間が言うことか」
戸が開き、女学校の制服の少女が飛び出してくる。妹の小百合(十三)。
小百合「お姉ちゃん、おかえり!……え、自動車!?どなた!?」
奥の布団から、病弱な母が身を起こして頭を下げる。
母「娘が、いつもお世話に……」
茂文の目に、狭い部屋の壁が映る。外国の港や街並みの絵葉書が、何十枚も丁寧に貼られている(印象的な一コマ)。
小百合「それね、お姉ちゃんがお客さんからもらって集めてるの。いつか外国に留学するんだって!」
櫻子「小百合っ!」
真っ赤になる櫻子。
〇長屋の路地(夜)
自動車まで茂文を見送る櫻子。並んで歩く。
櫻子「父は珈琲豆の取引でしくじって、借金を残したまま亡くなりました。母は体が弱くて、小百合はまだ学生で」
櫻子「小百合には、ちゃんと女学校を出てほしいんです。いつかお嫁に行くときは、嫁入り道具もきちんと揃えてあげたい」
茂文「……その間、お前は?」
櫻子「働きます」
茂文「そういう意味じゃない」
櫻子は少し黙り、夜空を見上げる。
櫻子「……借金を返し終わったら、外国に留学したいんです。絵葉書の中じゃない本物の街で、言葉をちゃんと学びたい」
言ってから、照れたように笑う。
櫻子「笑わないんですか?女給が、留学なんて」
茂文「笑う理由がない」
櫻子が目を見開く。すぐには返事ができず、やがて照れくさそうに笑う。茂文は前を向いたまま。
櫻子モノ『誰かに話したのは、初めてだった』
〇國衛商会・茂文の執務室(夜)
茂文の机に、真壁が茶封筒を置く。
真壁「ミモザの主人、木島徳蔵の調べです。……お読みしますか」
茂文「頼む」
※真壁が当たり前のように読み上げを申し出る。真壁は茂文の秘密を知る側の人間だと、さりげなく示す。
真壁が古い契約書の写しを広げる。
真壁「三年前、津田という珈琲豆商が結んだ輸入契約です。大口で、かなり無理のある条件です」
茂文「津田……」
真壁「この取引を持ちかけた仲介人の欄に――」
契約書のアップ。仲介人欄の署名。
真壁「木島徳蔵。ミモザの主人の名前があります」
茂文の目が鋭くなる(ラストの大ゴマ)。



