〇カフェー「ミモザ」・奥の席(数日後・昼)
書きかけの便箋。宛名は「ファン・デル・ベルク閣下」。
櫻子は便箋を見つめ、それから折りたたんでエプロンのポケットにしまう。
櫻子(……まだ借金がある。母も、小百合もいる)
千代「書かないの?お手紙」
櫻子「浮かれちゃ駄目だって、自分に言い聞かせてるところです」
ドアベル。エドワードが入ってくる。
エドワード《やあ。手紙は読んだよ。……でも、諦めが悪くてね》
櫻子《ハーグリーヴス様》
エドワードは向かいの席に座り、珍しく真面目な顔をする。
エドワード《歓迎会の話を聞いた。元大臣とブラウンの間を、一人でつないだって》
エドワード《君ならロンドンでも仕事ができる。学校だって探せる。うちの商会が後ろ盾になる》
櫻子《……ありがとうございます。でも――》
エドワード《それに》
エドワードが、まっすぐ櫻子を見る。
エドワード《僕は、君が好きだ》
櫻子「…………好き!?」
思わず日本語。盆を取り落としそうになる櫻子(コミカルな大ゴマ)。
エドワード《まだ気づいてなかった?》
ドアベル。最悪の間合いで、茂文が入ってくる。
茂文「何の話だ」
エドワード《櫻子をロンドンへ誘ってる》
茂文の顔が、みるみる不機嫌になる。
茂文「断れ」
櫻子「またそれですか!」
エドワード《シゲ。君は本当に、それしか言えないのか》
〇國衛商会・当主室(同日・夕方)
重厚な机。その奥に座る、茂文の父・國衛宗一郎。厳しい目つきの老当主。
机の上に、白鷺家の家紋入りの書状。
宗一郎「白鷺男爵から、正式に話が来た。麗子嬢との縁談だ」
茂文「お断りします」
宗一郎「即答するな。白鷺家と縁を結べば、商会は社交界にも、銀行にも顔が利く」
茂文「商会のための結婚なら、なおさらお断りです」
〇同・当主室の扉の外(続き)
書類を抱えた櫻子が、扉の前で足を止める。少しだけ開いた扉の隙間から、声が漏れてくる。
宗一郎の声「……白鷺家の令嬢との縁談だ。悪い話ではない」
櫻子の手から、書類が一枚すべり落ちる。
櫻子は慌てて拾い上げ、茂文の返事を聞く前に、静かにその場を離れる(背を向けて去る櫻子と、扉の隙間の一コマ)。
〇元町・仮改装中の本屋(夕暮れ)
試しに設置した棚だけが並ぶ店内。櫻子がひとり、空っぽの棚を拭いている。
櫻子(関係ない。國衛様が誰と結婚しようと、私には関係ない)
雑巾を握る手に、力がこもる。
櫻子(……全然、面白くない)
戸口に人影。洋装の麗子。
麗子「國衛様の『道楽』を、一度見てみたくて」
櫻子「……白鷺様」
麗子は店内を見回し、櫻子に向き直る。
麗子「縁談のこと、お聞きになって?」
櫻子は答えられない。
麗子「家同士のお話ですもの。私が決めることでも、あなたが決めることでもないわ」
夜会のときの棘はない。どこか疲れたような声。
麗子は棚に並べられた一冊の洋書を手に取り、ぽつりとつぶやく。
麗子「……あなたは、いいわね。自分で行き先を選べて」
櫻子がはっとして麗子を見る。麗子はもう、いつもの微笑みに戻っている。
麗子「ごきげんよう」
〇波止場(夜)
店を出た櫻子を、エドワードが待っている。並んで港沿いを歩く二人。
エドワード《縁談の噂、聞いたよ》
櫻子は答えない。
エドワードが立ち止まる。
エドワード《ひとつだけ聞かせてくれ。彼が誰かと結婚しても、君は、彼のそばにいるの?》
櫻子の顔から、笑みが消える(大ゴマ)。
答えられない。
〇國衛商会・茂文の執務室(同じ頃)
窓辺に立つ茂文。机の上には、断りの返事を書かせるための白紙。
真壁「ハーグリーヴス様が、櫻子さんをロンドンへ誘ったそうですね」
茂文は答えない。手の中で、書きかけの紙をくしゃりと握る。
茂文(行くな、と。……言える立場か、俺が)
〇(並列の二コマ)
港の灯りを見つめる櫻子と、窓の外を見つめる茂文。
櫻子(私、國衛様のことが――)
茂文(俺は、あいつのことが――)
二人とも、その先の言葉を飲み込む。
〇横浜・郵便箱(その夜)
櫻子はエプロンにしまっていたファン・デル・ベルク宛の手紙を投函する。
櫻子(……やっぱり、私は行きたい)
書きかけの便箋。宛名は「ファン・デル・ベルク閣下」。
櫻子は便箋を見つめ、それから折りたたんでエプロンのポケットにしまう。
櫻子(……まだ借金がある。母も、小百合もいる)
千代「書かないの?お手紙」
櫻子「浮かれちゃ駄目だって、自分に言い聞かせてるところです」
ドアベル。エドワードが入ってくる。
エドワード《やあ。手紙は読んだよ。……でも、諦めが悪くてね》
櫻子《ハーグリーヴス様》
エドワードは向かいの席に座り、珍しく真面目な顔をする。
エドワード《歓迎会の話を聞いた。元大臣とブラウンの間を、一人でつないだって》
エドワード《君ならロンドンでも仕事ができる。学校だって探せる。うちの商会が後ろ盾になる》
櫻子《……ありがとうございます。でも――》
エドワード《それに》
エドワードが、まっすぐ櫻子を見る。
エドワード《僕は、君が好きだ》
櫻子「…………好き!?」
思わず日本語。盆を取り落としそうになる櫻子(コミカルな大ゴマ)。
エドワード《まだ気づいてなかった?》
ドアベル。最悪の間合いで、茂文が入ってくる。
茂文「何の話だ」
エドワード《櫻子をロンドンへ誘ってる》
茂文の顔が、みるみる不機嫌になる。
茂文「断れ」
櫻子「またそれですか!」
エドワード《シゲ。君は本当に、それしか言えないのか》
〇國衛商会・当主室(同日・夕方)
重厚な机。その奥に座る、茂文の父・國衛宗一郎。厳しい目つきの老当主。
机の上に、白鷺家の家紋入りの書状。
宗一郎「白鷺男爵から、正式に話が来た。麗子嬢との縁談だ」
茂文「お断りします」
宗一郎「即答するな。白鷺家と縁を結べば、商会は社交界にも、銀行にも顔が利く」
茂文「商会のための結婚なら、なおさらお断りです」
〇同・当主室の扉の外(続き)
書類を抱えた櫻子が、扉の前で足を止める。少しだけ開いた扉の隙間から、声が漏れてくる。
宗一郎の声「……白鷺家の令嬢との縁談だ。悪い話ではない」
櫻子の手から、書類が一枚すべり落ちる。
櫻子は慌てて拾い上げ、茂文の返事を聞く前に、静かにその場を離れる(背を向けて去る櫻子と、扉の隙間の一コマ)。
〇元町・仮改装中の本屋(夕暮れ)
試しに設置した棚だけが並ぶ店内。櫻子がひとり、空っぽの棚を拭いている。
櫻子(関係ない。國衛様が誰と結婚しようと、私には関係ない)
雑巾を握る手に、力がこもる。
櫻子(……全然、面白くない)
戸口に人影。洋装の麗子。
麗子「國衛様の『道楽』を、一度見てみたくて」
櫻子「……白鷺様」
麗子は店内を見回し、櫻子に向き直る。
麗子「縁談のこと、お聞きになって?」
櫻子は答えられない。
麗子「家同士のお話ですもの。私が決めることでも、あなたが決めることでもないわ」
夜会のときの棘はない。どこか疲れたような声。
麗子は棚に並べられた一冊の洋書を手に取り、ぽつりとつぶやく。
麗子「……あなたは、いいわね。自分で行き先を選べて」
櫻子がはっとして麗子を見る。麗子はもう、いつもの微笑みに戻っている。
麗子「ごきげんよう」
〇波止場(夜)
店を出た櫻子を、エドワードが待っている。並んで港沿いを歩く二人。
エドワード《縁談の噂、聞いたよ》
櫻子は答えない。
エドワードが立ち止まる。
エドワード《ひとつだけ聞かせてくれ。彼が誰かと結婚しても、君は、彼のそばにいるの?》
櫻子の顔から、笑みが消える(大ゴマ)。
答えられない。
〇國衛商会・茂文の執務室(同じ頃)
窓辺に立つ茂文。机の上には、断りの返事を書かせるための白紙。
真壁「ハーグリーヴス様が、櫻子さんをロンドンへ誘ったそうですね」
茂文は答えない。手の中で、書きかけの紙をくしゃりと握る。
茂文(行くな、と。……言える立場か、俺が)
〇(並列の二コマ)
港の灯りを見つめる櫻子と、窓の外を見つめる茂文。
櫻子(私、國衛様のことが――)
茂文(俺は、あいつのことが――)
二人とも、その先の言葉を飲み込む。
〇横浜・郵便箱(その夜)
櫻子はエプロンにしまっていたファン・デル・ベルク宛の手紙を投函する。
櫻子(……やっぱり、私は行きたい)



