『お前のせいだ!』
瞼をうっすらと開いた途端、頭の中に響いてきた怒号に驚いて一気に脳が覚醒した。それと同時に呼吸を上手くコントロールできなくなり、胸元が激しく動いているのが視界の端に映った。
荒くなった息を整えるために深呼吸を繰り返したものの、微塵も効果は感じられない。行き場のないやるせなさを吐き出すために、額を壁につけて壁を勢いよく握りこぶしで叩いた。額に触れている心地のいい冷たさのおかげか、壁に気持ちをぶつけたのが理由なのか、それからほどなくしていつもの呼吸に戻った。
陽葵が死んでから、ずっとこんな調子の朝が続いている。幻聴と過呼吸、この2つは俺を苦しませる呪いだ。でも、これが陽葵からの罰だというなら喜んでそれを受け入れるだろう。陽葵から与えられたものなら、今は何であっても嬉しい。もう、俺の記憶の中にいる陽葵から贈り物をもらうことは二度と叶わないから。
「伊織!早く降りてきなさい!!」
その時、一階から母さんの声が階段を伝って部屋まで届いてきた。それは、多少の苛立ちを含んでいるように聞こえた。
「…………今降りようとしてたとこなんだから、指図してくんなよ」
俺は独り言を呟いただけで、母さんの声に返事はしなかった。怒りのこもった母さんの声を聞くとこっちまで苛立ちが煮え滾ってくる。
でも、思春期なんてこんなものだろ?俺はそれが自覚できている時点でマシな方だ。
そんな取るに足らない思考に脳を沈めながら、布団を抜け出してリビングへ向かう。案の定母さんは俺がさっさとリビングに降りてこなかったことに苛立っているらしく、フライパンをコンロに置く動作がやけに大袈裟だ。
「もっと早めに起きてきなさいっていつも言ってるでしょ。目玉焼き冷めちゃうよ?」
そうやって小言を口にしながらもフライパンの上にはまだ目玉焼きが乗っているし、湯気が立っている。
なんだ、冷めるどころかまだ作り立てじゃんか、そう思ったけど口に出すことはしなかった。そんなことしても火に油を注ぐだけだ。今は黙っているのが得策だろう。
あくびをしつつ、ダイニングテーブルの椅子に腰かけ、朝食が運ばれてくるのを待つ。その間にも母さんは“ご飯をよそうのくらい手伝いなさいよ”とか小言をこぼしていた。それに従わずに朝っぱらから説教を食らうのも面倒くさいから、母さんの言う通りに炊飯器を開けてご飯をよそい、テーブルの上に三つ並べた。
しばらくすると、姉ちゃんが寝ぼけ眼で起きてきた。母さんは姉ちゃんにだけ妙に甘くて、休日なら朝の10時まで眠りこけていても何も言わないという贔屓っぷりだ。俺は朝8時まで寝てるだけでもこんだけ小言を言われるのに、と小さな不満が積もる。
俺は早々に朝食を食べ終わり、まだ朝食が半分以上残っている母さんを一瞥してシンクへ食器を持っていった。食事の後は必ず食器をシンクまで持っていくように母さんから指令が出ているから、どんなに面倒くさくても忘れずに置きに行くようにしている。朝食を食べ終わり、手持ち無沙汰になった俺はひとまず洗顔と歯磨きをしに行くことにした。
洗面台に立ってさっさとその二つを終わらせ、二階の自室に戻る。今日は特段予定もなければやることもない。暇になってとりあえずスマホを開いた。いつものようにメッセージ画面をタップすると、見慣れない人物から連絡が来ていた。
メッセージを飛ばしてきていたのは、あまり関係性の深くないクラスメイトだった。進級してクラスが変わった時に何度か話したことがある程度の仲だ。どうしてそんな人からメッセージが来ているのだろう、という疑問符が浮かびつつトーク画面を開く。
『黒糸くんって水瀬さんと仲良かったよね?なんか動画が回ってきたんだけど、これ出回ってるのどう考えてもまずいよね』
そのメッセージに添付されていたリンクを踏むと、ある動画が表示された。そこには、屋上で話す俺と陽葵の姿が映っていた。まさに、あの日の出来事を映したものだ。やめてくれよ、と心の中で祈りながら動画に視線を注いでいると、やはり陽葵が飛び降りるその瞬間までもがしっかり動画に撮られていた。幸い、建物に隠れていて死ぬその瞬間までは映っていなかったものの、盗撮されていたことには変わりない。
「なんで……誰が、こんなこと…………」
舌が回らなくてしどろもどろな発音のままこぼれた輪郭の薄い言葉が、静かに空気に溶けていった。動画のタイトルを見る限り、撮影者が面白半分で拡散したことは間違いないだろう。その動画を投稿したアカウントの名前とプロフィール文に目を通すと、陽葵をいじめていた連中の一人だということがすぐに分かった。途端に激しい怒りが込み上げてきて、俺の全てを支配していく。激情に襲われるまま、指先が震える。
あの時は警察に阻止されたけど、俺はまだ諦めてない。まだ、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。
改めて書き直した俺の計画ノートは大方の情報を書き込み終わっていて、ついに計画を実行に移す日が着々と近づいている。大丈夫、もうあの日みたいな失敗は二度としない。そう自分と陽葵に誓って、息を軽く吐いた。
瞼をうっすらと開いた途端、頭の中に響いてきた怒号に驚いて一気に脳が覚醒した。それと同時に呼吸を上手くコントロールできなくなり、胸元が激しく動いているのが視界の端に映った。
荒くなった息を整えるために深呼吸を繰り返したものの、微塵も効果は感じられない。行き場のないやるせなさを吐き出すために、額を壁につけて壁を勢いよく握りこぶしで叩いた。額に触れている心地のいい冷たさのおかげか、壁に気持ちをぶつけたのが理由なのか、それからほどなくしていつもの呼吸に戻った。
陽葵が死んでから、ずっとこんな調子の朝が続いている。幻聴と過呼吸、この2つは俺を苦しませる呪いだ。でも、これが陽葵からの罰だというなら喜んでそれを受け入れるだろう。陽葵から与えられたものなら、今は何であっても嬉しい。もう、俺の記憶の中にいる陽葵から贈り物をもらうことは二度と叶わないから。
「伊織!早く降りてきなさい!!」
その時、一階から母さんの声が階段を伝って部屋まで届いてきた。それは、多少の苛立ちを含んでいるように聞こえた。
「…………今降りようとしてたとこなんだから、指図してくんなよ」
俺は独り言を呟いただけで、母さんの声に返事はしなかった。怒りのこもった母さんの声を聞くとこっちまで苛立ちが煮え滾ってくる。
でも、思春期なんてこんなものだろ?俺はそれが自覚できている時点でマシな方だ。
そんな取るに足らない思考に脳を沈めながら、布団を抜け出してリビングへ向かう。案の定母さんは俺がさっさとリビングに降りてこなかったことに苛立っているらしく、フライパンをコンロに置く動作がやけに大袈裟だ。
「もっと早めに起きてきなさいっていつも言ってるでしょ。目玉焼き冷めちゃうよ?」
そうやって小言を口にしながらもフライパンの上にはまだ目玉焼きが乗っているし、湯気が立っている。
なんだ、冷めるどころかまだ作り立てじゃんか、そう思ったけど口に出すことはしなかった。そんなことしても火に油を注ぐだけだ。今は黙っているのが得策だろう。
あくびをしつつ、ダイニングテーブルの椅子に腰かけ、朝食が運ばれてくるのを待つ。その間にも母さんは“ご飯をよそうのくらい手伝いなさいよ”とか小言をこぼしていた。それに従わずに朝っぱらから説教を食らうのも面倒くさいから、母さんの言う通りに炊飯器を開けてご飯をよそい、テーブルの上に三つ並べた。
しばらくすると、姉ちゃんが寝ぼけ眼で起きてきた。母さんは姉ちゃんにだけ妙に甘くて、休日なら朝の10時まで眠りこけていても何も言わないという贔屓っぷりだ。俺は朝8時まで寝てるだけでもこんだけ小言を言われるのに、と小さな不満が積もる。
俺は早々に朝食を食べ終わり、まだ朝食が半分以上残っている母さんを一瞥してシンクへ食器を持っていった。食事の後は必ず食器をシンクまで持っていくように母さんから指令が出ているから、どんなに面倒くさくても忘れずに置きに行くようにしている。朝食を食べ終わり、手持ち無沙汰になった俺はひとまず洗顔と歯磨きをしに行くことにした。
洗面台に立ってさっさとその二つを終わらせ、二階の自室に戻る。今日は特段予定もなければやることもない。暇になってとりあえずスマホを開いた。いつものようにメッセージ画面をタップすると、見慣れない人物から連絡が来ていた。
メッセージを飛ばしてきていたのは、あまり関係性の深くないクラスメイトだった。進級してクラスが変わった時に何度か話したことがある程度の仲だ。どうしてそんな人からメッセージが来ているのだろう、という疑問符が浮かびつつトーク画面を開く。
『黒糸くんって水瀬さんと仲良かったよね?なんか動画が回ってきたんだけど、これ出回ってるのどう考えてもまずいよね』
そのメッセージに添付されていたリンクを踏むと、ある動画が表示された。そこには、屋上で話す俺と陽葵の姿が映っていた。まさに、あの日の出来事を映したものだ。やめてくれよ、と心の中で祈りながら動画に視線を注いでいると、やはり陽葵が飛び降りるその瞬間までもがしっかり動画に撮られていた。幸い、建物に隠れていて死ぬその瞬間までは映っていなかったものの、盗撮されていたことには変わりない。
「なんで……誰が、こんなこと…………」
舌が回らなくてしどろもどろな発音のままこぼれた輪郭の薄い言葉が、静かに空気に溶けていった。動画のタイトルを見る限り、撮影者が面白半分で拡散したことは間違いないだろう。その動画を投稿したアカウントの名前とプロフィール文に目を通すと、陽葵をいじめていた連中の一人だということがすぐに分かった。途端に激しい怒りが込み上げてきて、俺の全てを支配していく。激情に襲われるまま、指先が震える。
あの時は警察に阻止されたけど、俺はまだ諦めてない。まだ、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。
改めて書き直した俺の計画ノートは大方の情報を書き込み終わっていて、ついに計画を実行に移す日が着々と近づいている。大丈夫、もうあの日みたいな失敗は二度としない。そう自分と陽葵に誓って、息を軽く吐いた。

