あれから数日が経ち、非日常なあの瞬間から日常へと戻ってきた。あんな大事を巻き起こした張本人の生きる日々だとは思えないほど、いつもと変わらぬ日常に俺は溶け込んでいる。
「…………そろそろ、水替えないとな」
俺はそう小さく呟きながら、窓際に飾ってある花に目をやった。あれは陽葵が死ぬ前日に彼女からもらったものなのだ。確か、ゴジアオイという花だと言っていたっけ。おそらく、彼女は自分の名前に入っている葵という漢字とこの花が重なっているところを気に入って俺に贈ってくれたんだと思う。
俺たちは、昔からこうして贈り物を渡しあうくらいには気の置けない仲だった。近所に住む幼馴染なだけあって、毎日のように会っては1日中遊んでまた明日会う約束をして別れる、というのを繰り返していた。
もはや男だとか女だとか、性別の境界線なんか関係なかった。ただ一緒に過ごす時間が楽しくて、どこかくすぐったくて、周囲の大人たちに呆れられるほどの時間を共に過ごしてきた。
こうやって思い出に自分を沈める時は、鮮明なあの夏の記憶が脳裏に蘇る。
いつものように遊ぶ約束をしていた俺たちは、その日海に向かった。二人隣り合って自転車を漕いで、潮風に肌を撫でられながら前へ前へと進むのが心の底から心地よかった。海までは家からそう遠くないから、自転車さえあれば子供だけでも訪れることができたのだ。
浜辺に着いた途端に俺は海に向かって走り出して、勢いよく水飛沫を上げながら浅瀬に足を浸けた。振り返ると、遠くからこっちを眺めて佇んでいる陽葵の姿があった。おそらく、海に入るべきか悩んで二の足を踏んでいたのだと思う。
その気持ちに勘づいた俺が遠くまで伝わるよう大袈裟に手招きすると、陽葵は目を輝かせて駆け寄ってきた。その勢いは俺に近づいても留まることを知らず、足を止める気も毛頭ないようだった。意図の読めないその行動を前に陽葵を避けるか迷っているうちに、彼女は両手を思いきり広げて俺の胸元に飛び込んできた。
「うわっ!?」
間抜けな声を上げた俺は陽葵の体を受け止めきれずに、そのまま後ろに倒れ込む。気づいた時には服はずぶ濡れだったけど、特に気に留めることもなく二人で笑いあった。
その頃の俺にとっては日常に溢れた取るに足らない記憶だったけど、今思えばあれほど捨ててはいけない記憶はない。海で二人笑いあったあの瞬間のような、些細な思い出こそ、この世界に残された人間の心を繋ぎとめてくれる大事な存在なのだ。
過去の世界から現実に帰ってきた俺は、まず目を伏せて小さく息を吐いた。この呼吸が、この世界に戻ってきたという確かな証拠になっている。
できれば、一生過去の世界に閉じこもっていたいくらいだけど、現実はそうはいかない。
残された俺は、明日を生きていかないといけない。死にたくても、苦しくても、俺は生きていかなきゃいけない。陽葵が生きられなかった明日を、俺は生きるんだよ。そう自分を奮い立たせてなんとか今日も息をしている。
そうでもしなきゃ、壊れてしまいそうだから。
「…………そろそろ、水替えないとな」
俺はそう小さく呟きながら、窓際に飾ってある花に目をやった。あれは陽葵が死ぬ前日に彼女からもらったものなのだ。確か、ゴジアオイという花だと言っていたっけ。おそらく、彼女は自分の名前に入っている葵という漢字とこの花が重なっているところを気に入って俺に贈ってくれたんだと思う。
俺たちは、昔からこうして贈り物を渡しあうくらいには気の置けない仲だった。近所に住む幼馴染なだけあって、毎日のように会っては1日中遊んでまた明日会う約束をして別れる、というのを繰り返していた。
もはや男だとか女だとか、性別の境界線なんか関係なかった。ただ一緒に過ごす時間が楽しくて、どこかくすぐったくて、周囲の大人たちに呆れられるほどの時間を共に過ごしてきた。
こうやって思い出に自分を沈める時は、鮮明なあの夏の記憶が脳裏に蘇る。
いつものように遊ぶ約束をしていた俺たちは、その日海に向かった。二人隣り合って自転車を漕いで、潮風に肌を撫でられながら前へ前へと進むのが心の底から心地よかった。海までは家からそう遠くないから、自転車さえあれば子供だけでも訪れることができたのだ。
浜辺に着いた途端に俺は海に向かって走り出して、勢いよく水飛沫を上げながら浅瀬に足を浸けた。振り返ると、遠くからこっちを眺めて佇んでいる陽葵の姿があった。おそらく、海に入るべきか悩んで二の足を踏んでいたのだと思う。
その気持ちに勘づいた俺が遠くまで伝わるよう大袈裟に手招きすると、陽葵は目を輝かせて駆け寄ってきた。その勢いは俺に近づいても留まることを知らず、足を止める気も毛頭ないようだった。意図の読めないその行動を前に陽葵を避けるか迷っているうちに、彼女は両手を思いきり広げて俺の胸元に飛び込んできた。
「うわっ!?」
間抜けな声を上げた俺は陽葵の体を受け止めきれずに、そのまま後ろに倒れ込む。気づいた時には服はずぶ濡れだったけど、特に気に留めることもなく二人で笑いあった。
その頃の俺にとっては日常に溢れた取るに足らない記憶だったけど、今思えばあれほど捨ててはいけない記憶はない。海で二人笑いあったあの瞬間のような、些細な思い出こそ、この世界に残された人間の心を繋ぎとめてくれる大事な存在なのだ。
過去の世界から現実に帰ってきた俺は、まず目を伏せて小さく息を吐いた。この呼吸が、この世界に戻ってきたという確かな証拠になっている。
できれば、一生過去の世界に閉じこもっていたいくらいだけど、現実はそうはいかない。
残された俺は、明日を生きていかないといけない。死にたくても、苦しくても、俺は生きていかなきゃいけない。陽葵が生きられなかった明日を、俺は生きるんだよ。そう自分を奮い立たせてなんとか今日も息をしている。
そうでもしなきゃ、壊れてしまいそうだから。

