拝啓、透明な夏に生きていた君へ。

「なぁ、陽葵がどうして……その、自殺を選んだのか知らないか?」

居心地悪そうに周囲に視線を巡らす透さんは言い淀みつつそう問いかけてきた。手元にあるブラックコーヒーからは湯気が立っていて、いかにも激しい熱を持っていることが見て取れる。透さんはそんなコーヒーのカップに手を当てているけど、熱くはないんだろうか。

それにしても、ブラックコーヒーなんかなんで大人は飲むんだろう。あんな苦みと無駄なコクしかない飲み物、どこがいいんだか。俺は問いかけに応じることなく、ただコーヒーカップに視線を注ぎ続けた。

こうやって取るに足らない思考と景色に逃げることでなんとか平常心を保とうとしているのだ。陽葵のことが頭に浮かぶと、胸が張り裂けそうになるから。

「伊織くん、大丈夫か?申し訳ない、こんな答えづらい質問をして…………」

長いこと口をつぐんでいた俺の様子を目の当たりにして、透さんは心配になったのだろう。こうなれば、このまま黙りこくっているわけにもいかない。

「……俺の方こそすみません。で、なんでしたっけ」
「え?あぁ、陽葵がどうして死を選んだのか、その理由を聞きたかったんだ。伊織くんなら何か手がかりになりそうなことを知ってそうな気がしてね」
「…………分からないです」

それは、今の俺が発せる唯一の言葉だった。透さんの質問への答えは、これ以外持ち合わせていない。

「で、でも、何か知ってるだろ?君は陽葵の幼馴染じゃないか。小さい頃からずっと一緒にいるんだから、亡くなる前に覚えた違和感の一つくらい…………」
「じゃあ、なんで透さんは気づかなかったんすか!!あんた、実の父親だろ?俺より近いところにいたくせに、なんで俺に聞かないと分からないんですか」

だんだんと穏やかさに欠けた語調になっていく透さんに耐えきれなくなって、俺は自分の中に溜まった淀みを吐き捨てるように叫んだ。今の俺から、透さんに伝えられることは何もない。

「それ……は」
「俺は、何も知らないんで。じゃあ、これで失礼します。俺が頼んだ分の代金はここに置いときます」

視線を地面に落としたままそう言い残して、俺はすぐさま踵を返した。さっさと、この空間から逃げ出したかった。カフェの洒落た扉を開けて外に出ると、外の蒸し暑い空気が肺に流れ込んできた。俺まで、その熱に呑まれてしまいそうだと思った。

“陽葵がどうして自殺を選んだのか、知らないか?”

透さんの一言が頭の中で延々と反響している。これは多分、陽葵からの罰だ。俺がこの事故、いや“事件”から逃げられないようにするための、足枷なのだ。

陽葵が死んだ理由、それは俺だけが知っている。そして、これからもその理由は俺だけのものだ。

元凶に対する正当な手段での復讐なんてたかが知れてる。おそらく、真実を知ったところで陽葵の両親がする意趣返しは常識の範囲内に収まる程度だろう。

それなら、俺がやってやるよ。陽葵を死に追い詰めた、あいつらへの最大の復讐を。
そして、陽葵を助けなかった自分も一緒に地獄の底へ叩き落してやる。