朝日が地平線からその色を滲ませる前に目を覚ました俺は、体中が緊張を帯びているのを感じながら、陽葵の両親からの連絡をただ待った。
その間にも俺の鼓動は一度も落ち着きを取り戻すことなく、絶えず激しい音を立てている。心臓が壊れそうな鼓動を少しでも元の状態に戻すため、窓を開けて新鮮な空気を深く吸い込んだ。
その時、着信音が聞こえてくると同時にスマホがポケットを揺らした。すぐにスマホの画面に目をやると、電話をかけてきたのは陽葵の父親だった。
「透さん、陽葵は…………!」
その次に透さんの口が発した言葉に、俺は自分を見失った。俺の喉は張り裂けそうな振動を伴いながら吼え、視界に映る世界は瞬時に爆ぜる。自分の力の全てを出し切った体では到底立ち続けることもできずに、床に膝から崩れ落ちる。
陽葵はもう、この世界にいない。陽葵はもう、死んだんだ。
どれだけ透さんから聞かされた事実を心の中で反芻しても、脳が理解を阻む。突然耐えがたい事実を浴びせられて打ちのめされた俺の心は、もはや元の形をしていなかった。
そんな俺の心情には見向きもせず、現実は未来へと進んでいく。その次の日すぐさま準備が整えられ、陽葵の葬儀が執り行われることとなった。
陽葵がどれだけ愛されているかが一目で伺えるほどの人が集まっている。でも、ここにいる人間は誰一人として陽葵の本心を一縷も知らない。どうして彼女が死んだのかも何も知らない。それは、陽葵の両親も同じだ。そうなると、陽葵の全てを知っているのは俺ただ一人。
でもそれでいいのだ。手を汚すのなんて一人で十分だから。
そんな思考を巡らせながら、俺はパイプ椅子に腰かけてひたすら陽葵の遺影に視線を注いでいる。葬儀は滞りなく進み、陽葵のいる棺の中に花を敷き詰める場面になった。
奇跡的に綺麗な顔のまま死んだらしく、両親以外の人間も陽葵の顔を見ることができるみたいだ。目いっぱいの向日葵に包まれた陽葵の顔はひどく穏やかで、まるで眠っているかのようだった。
陽葵を見つめながら、小さい頃はよく寝顔を見たな、なんて昔の思い出に浸る。今はもう手の届かないあの頃の思い出は、陽光にさらされた向日葵のように燦然と輝いている。こんな記憶に思考を沈ませていられる時点で、俺は存外冷静なのだと思う。
その時、透さんが俺の方に近づいてきたかと思えば、意外な言葉を口にした。
「伊織くん、陽葵と二人になりたければ他の人には退室してもらうけど、どうする?」
「なら、二人になりたいです。いいですか?」
透さんは、分かったと一言言い残してから集まっている人に“最後は家族で過ごしたいので退室していただけますでしょうか”と声をかけた。おそらく、俺と陽葵を二人きりにしてあげたいから、と言わなかったのは思春期の俺に対する透さんなりの気遣いなのだろう。
俺を除いたその場の全員が退室し、俺たちは正真正銘二人きりになった。
「なぁ、陽葵。なんでそんなに苦しんでること、教えてくれなかったんだよ」
そう声をかけたものの、それが的外れであることにはすぐ気がついた。陽葵は陽葵なりに必死にSOSを出していた。それを見て見ぬ振りしたのは俺の方だ。
今思えば、陽葵は一度だけ心から救いの手を求めて弱音を吐き出したことがあった。
「伊織くん。私、もう苦しいよ」
「どうしたんだよ、急に。なんかあったか?」
彼女は力なく首を振るばかりでそれ以上何も言おうとしなかった。しばらく黙りこくった末に、彼女はもう一度口を開いた。
「みんなが話してることはよく分からないけど、みんなが私に嫌がらせしてることは理解してる。私、そんなに嫌われるようなことしたのかな」
口ではそんな苦しい心情を描きながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。こんな時でも笑ってしまうくらいだから、本当に笑顔という表情が癖づいているのだろう。
「みんなからしたらいつも笑ってるのが気持ち悪いんだって。でも、私は明るくていつも笑っているところしか取り柄がないから、それに縋るしかないの。どんなにそれによってみんなに嫌われたとしても」
陽葵の笑顔はどんどん苦しそうに歪んでいく。声色もそれに伴って震えを帯びた弱々しいものへと変わっていった。
「いつも笑ってるのは、みんなの話題についていけないからただ空気を壊さないために、話についていくために笑ってるだけなの。本当は、全然笑いたくない。全然笑ってられない」
ついに笑みが抜け落ちた彼女の顔には本物の絶望の色が浮かんでいるように見える。今、陽葵は今まで誰にでも打ち明けたことのないであろう弱い自分をさらけ出してくれているのか。それなら、俺も何か言わないと。そう思っても、上手く言葉を声にできなかった。
「私は私がこの世界で一番嫌い。どこまでも鈍くて、笑うことしかできない私が大嫌い」
陽葵が口をついて吐き出す本音に、俺の頭はかつてないほどの驚きに襲われている。彼女がそんなことをずっと考えていたなんて知らなかった。ようやくほどけた唇で言葉を口にしようとしたその瞬間、陽葵は突然我に返ったように一抹の焦りが混じった笑顔を浮かべた。
「や、やっぱり今の全部嘘。私、なんか疲れてるのかな~ごめんね、急に変な冗談言ったりして」
俺の目にはさっきの陽葵の言葉の数々は嘘には見えなかったけど、本人が嘘だと言っている手前それ以上踏み込むのも違う気がしてその場では受け流してしまった。
でも、やっぱり何かがおかしい。あんな冗談を何も感じていないのに口にするわけがない。だから俺は、彼女を救おうと躍起になった。でも、俺はあまりに未熟だったのだ。自分でも弁解に過ぎないと理解しているけど、彼女も一人の弱い少女だったように、俺もまた一人の未熟な少年だ。
俺なりに彼女の心の内に耳を傾けて救おうとはしていた。でも、それは救いに達していなかったのだ。ちっぽけな俺なんかが彼女の心を完璧に救えるはずもなく、あっけなく陽葵は死んでしまった。
助けを必要としている陽葵が伸ばしてきた手を振り払ったのは、他でもない俺だ。だからこそ、この罪は俺が背負わなくちゃいけない。俺以外には、触れさせない。
その間にも俺の鼓動は一度も落ち着きを取り戻すことなく、絶えず激しい音を立てている。心臓が壊れそうな鼓動を少しでも元の状態に戻すため、窓を開けて新鮮な空気を深く吸い込んだ。
その時、着信音が聞こえてくると同時にスマホがポケットを揺らした。すぐにスマホの画面に目をやると、電話をかけてきたのは陽葵の父親だった。
「透さん、陽葵は…………!」
その次に透さんの口が発した言葉に、俺は自分を見失った。俺の喉は張り裂けそうな振動を伴いながら吼え、視界に映る世界は瞬時に爆ぜる。自分の力の全てを出し切った体では到底立ち続けることもできずに、床に膝から崩れ落ちる。
陽葵はもう、この世界にいない。陽葵はもう、死んだんだ。
どれだけ透さんから聞かされた事実を心の中で反芻しても、脳が理解を阻む。突然耐えがたい事実を浴びせられて打ちのめされた俺の心は、もはや元の形をしていなかった。
そんな俺の心情には見向きもせず、現実は未来へと進んでいく。その次の日すぐさま準備が整えられ、陽葵の葬儀が執り行われることとなった。
陽葵がどれだけ愛されているかが一目で伺えるほどの人が集まっている。でも、ここにいる人間は誰一人として陽葵の本心を一縷も知らない。どうして彼女が死んだのかも何も知らない。それは、陽葵の両親も同じだ。そうなると、陽葵の全てを知っているのは俺ただ一人。
でもそれでいいのだ。手を汚すのなんて一人で十分だから。
そんな思考を巡らせながら、俺はパイプ椅子に腰かけてひたすら陽葵の遺影に視線を注いでいる。葬儀は滞りなく進み、陽葵のいる棺の中に花を敷き詰める場面になった。
奇跡的に綺麗な顔のまま死んだらしく、両親以外の人間も陽葵の顔を見ることができるみたいだ。目いっぱいの向日葵に包まれた陽葵の顔はひどく穏やかで、まるで眠っているかのようだった。
陽葵を見つめながら、小さい頃はよく寝顔を見たな、なんて昔の思い出に浸る。今はもう手の届かないあの頃の思い出は、陽光にさらされた向日葵のように燦然と輝いている。こんな記憶に思考を沈ませていられる時点で、俺は存外冷静なのだと思う。
その時、透さんが俺の方に近づいてきたかと思えば、意外な言葉を口にした。
「伊織くん、陽葵と二人になりたければ他の人には退室してもらうけど、どうする?」
「なら、二人になりたいです。いいですか?」
透さんは、分かったと一言言い残してから集まっている人に“最後は家族で過ごしたいので退室していただけますでしょうか”と声をかけた。おそらく、俺と陽葵を二人きりにしてあげたいから、と言わなかったのは思春期の俺に対する透さんなりの気遣いなのだろう。
俺を除いたその場の全員が退室し、俺たちは正真正銘二人きりになった。
「なぁ、陽葵。なんでそんなに苦しんでること、教えてくれなかったんだよ」
そう声をかけたものの、それが的外れであることにはすぐ気がついた。陽葵は陽葵なりに必死にSOSを出していた。それを見て見ぬ振りしたのは俺の方だ。
今思えば、陽葵は一度だけ心から救いの手を求めて弱音を吐き出したことがあった。
「伊織くん。私、もう苦しいよ」
「どうしたんだよ、急に。なんかあったか?」
彼女は力なく首を振るばかりでそれ以上何も言おうとしなかった。しばらく黙りこくった末に、彼女はもう一度口を開いた。
「みんなが話してることはよく分からないけど、みんなが私に嫌がらせしてることは理解してる。私、そんなに嫌われるようなことしたのかな」
口ではそんな苦しい心情を描きながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。こんな時でも笑ってしまうくらいだから、本当に笑顔という表情が癖づいているのだろう。
「みんなからしたらいつも笑ってるのが気持ち悪いんだって。でも、私は明るくていつも笑っているところしか取り柄がないから、それに縋るしかないの。どんなにそれによってみんなに嫌われたとしても」
陽葵の笑顔はどんどん苦しそうに歪んでいく。声色もそれに伴って震えを帯びた弱々しいものへと変わっていった。
「いつも笑ってるのは、みんなの話題についていけないからただ空気を壊さないために、話についていくために笑ってるだけなの。本当は、全然笑いたくない。全然笑ってられない」
ついに笑みが抜け落ちた彼女の顔には本物の絶望の色が浮かんでいるように見える。今、陽葵は今まで誰にでも打ち明けたことのないであろう弱い自分をさらけ出してくれているのか。それなら、俺も何か言わないと。そう思っても、上手く言葉を声にできなかった。
「私は私がこの世界で一番嫌い。どこまでも鈍くて、笑うことしかできない私が大嫌い」
陽葵が口をついて吐き出す本音に、俺の頭はかつてないほどの驚きに襲われている。彼女がそんなことをずっと考えていたなんて知らなかった。ようやくほどけた唇で言葉を口にしようとしたその瞬間、陽葵は突然我に返ったように一抹の焦りが混じった笑顔を浮かべた。
「や、やっぱり今の全部嘘。私、なんか疲れてるのかな~ごめんね、急に変な冗談言ったりして」
俺の目にはさっきの陽葵の言葉の数々は嘘には見えなかったけど、本人が嘘だと言っている手前それ以上踏み込むのも違う気がしてその場では受け流してしまった。
でも、やっぱり何かがおかしい。あんな冗談を何も感じていないのに口にするわけがない。だから俺は、彼女を救おうと躍起になった。でも、俺はあまりに未熟だったのだ。自分でも弁解に過ぎないと理解しているけど、彼女も一人の弱い少女だったように、俺もまた一人の未熟な少年だ。
俺なりに彼女の心の内に耳を傾けて救おうとはしていた。でも、それは救いに達していなかったのだ。ちっぽけな俺なんかが彼女の心を完璧に救えるはずもなく、あっけなく陽葵は死んでしまった。
助けを必要としている陽葵が伸ばしてきた手を振り払ったのは、他でもない俺だ。だからこそ、この罪は俺が背負わなくちゃいけない。俺以外には、触れさせない。

