親愛なる嘘つきな君へ。

「ねぇ、あとで中庭集合ね。何するかは分かってるよね?」
「……分かってるよ」

ぶっきらぼうな返事をした後に、やってしまったと思った。こんなの、あいつらが俺を××る絶好の理由になってしまう。
学校のチャイムが鳴って昼休みに突入した瞬間、あいつらが俺に目配せしてきたのが分かった。それに頷いて応え、言われた通りに中庭に向かった。呼び出しを食らったのは中庭の中でも建物の影になっていて人目のつかない場所だ。初めの頃は逐一場所を聞いていたけど、“何度も言わせんな”と一度怒りを買ってしまって以来、決まってこの場所に来るようになった。

「やっほー、今日もちゃんといるね。今日は一時間コースかなぁ」

ぼんやりと地面に視線を落としていると、すぐそばまで女子数人が集まってきていた。女子の明るい声色通り、初めは和やかな雰囲気なのだ。これがあの地獄のような空気になるだとか、いまだに信じられない。

「てかさ~」

もう、始まってしまったんだ。そう予感した瞬間、足で腹の辺りを蹴って突き飛ばされた。尻もちをついた俺は、できるだけ女子たちから目を逸らす。蹴っているのが一人だから、こんなのまだ序の口に過ぎない軽い暴力だ。だから痛みや苦しさはそう感じなかった。

「さっきの態度なに?明らかに機嫌悪そうでイラっとしたんだけど」
「それ、は…………」

口ごもっていると、肩に向かってさらなる一撃が飛んでくる。その一撃で俺はその場に倒れ込んだ。だけど、所詮スポーツをしているわけでもない平凡な女子の力だ。俺は平均よりも体格がいいから倒れるほどでもなかったけど、痛がるふりを見せないとよりひどい暴力の雨が降ってくるからこうする他ないのだ。

「ねぇ、“ごめんなさい”は?」

そんな声が頭上から降ってくるとともに、女子の一人が俺の髪をむんずと掴んだかと思えば、後頭部に足を乗せて体重をかけてきた。顔と地面がじりじりと音を立てながら擦れ合う。口の中に入り込んできた砂が唾液と混ざり合って、喉を伝った。その途中で気管に入った砂を吐き出すために咳き込みながらも、なんとか命じられた通りの言葉を声にする。

「ご、ごめん、なさい」

その言葉を口にし終わると同時に、女子の足は俺の頭から離れていった。さっき口と地面が擦れ合った拍子に唇が切れたのだろう。舌には鉄の味が滲んでいる。
その味に気をとられている間にも次は俺の頬に向かって平手打ちが飛んでくる。

「なん、で。今謝った……だろ…………」
「なんで謝ったからってやめてもらえると思ってんの?」

あの動画を撮られてからというもの、抵抗できなくなった。女子だからこそ、反抗できなくなってしまったのだ。次、あんな動画を撮られたら今度こそ終わりだ。学校で男が女子に暴力をふるっているところというだけでも何かの拍子に十分拡散される可能性がある。その真実がただの抵抗であっても、動画に映っていることがネットの世界では全てだ。

それなら助けを求めればいい、言葉にすればなんて簡単な行為なんだろう。
だけど、女子から暴力を受けてるだとか、親や先生に言えるわけがない。この事実を誰かに口外することは男としてのプライドが許さないし、もし伝えたところで“男なら反撃しろ”と適当に受け流されてしまうのは目に見えている。

いくら女子と言えど、相手は複数人。何度も力いっぱい殴られたり、勢い任せに蹴られたりすれば痣や傷ができる。でも今はその傷口以上に心が痛くて、辛い。こんなに心が苦しくなる瞬間が、また人生の中で訪れるとは思わなかったな。

俺が、そんなに悪いことしたか?俺が、他の奴らに何をしたっていうんだよ。
なんで、なんで、俺がこんな目に。
そんなやるせなさに襲われる間にも、次の嫌な予感が姿を現し始めている。突然暴力が止んだかと思えば、女子の一人がポケットからカッターを取り出したのだ。

「は…………?ちょっと……待てって、それは流石に…………」

荒れた息の中に声が紛れて上手く言葉にできない。そう言葉に詰まっている最中も、カッターの刃はじわじわと自分に向かって近づいてきている。

「ごめん、ごめんなさい。頼むから、それだけは許してくれ。物さえ使わなければあとはどういたぶってもいいから」

なんで、俺が悪いことをしたわけでもないのにこうして必死に謝罪を重ねているのだろう。少しずつ途方もない虚しさが心を支配していく。

「……どんだけ謝られても無理だから」

虚ろげな目つきでそう呟いたそいつは、俺の袖を勢いよくまくったかと思えば、腕に刃を当ててそっとそれを動かした。刃が肌をなぞった跡からは赤色が滲んで地面に向かって滴り落ちていく。痛みを気にする余裕すらない状況だからなのか、痛みはさして感じなかった。それにしても、俺の腕に赤い線を描く女子のその指先が微かに震えているような気がしたのは、気のせいなのだろうか。

上を見上げると、女子の一人がスマホを俺に向けていた。もうやめてくれよ。この前のことがあってからというもの、俺にとってはもう動画を撮られているという状況そのものが恐怖なのだ。

陽葵はこんないじめにも耐えていたのか?いや、少なくとも暴力の雨あられにさらされたり、動画を撮られたりしたことはないといつかに陽葵自身が言っていた。そうか、それなら陽葵はここまでの目には合っていなかったんだ。陽葵がこんなに痛い思いをしていなくて、よかった。
陽葵は今、何してるかな。嫌なこと全てから解放されて、天国では笑ってるといいな。
彼女に思いを馳せながら、俺は静かに目を伏せた。

「…………ごめん、黒糸。こうしないと、私たちがいじめられるから」

このいじめが終わる寸前、耳を掠めた声が頭にこびりついて離れてくれなかった。