次の日、私は女官たちの溜まり場に、布包みを抱えて乗りこんだ。
中身は椿餅だ。昴が毎日欠かさず届けてくれるのを、この数日、食べずにためておいたものだった。
「昴さまからの、差し入れです」
その一言で、溜まり場の空気が変わった。女官たちの目が、いっせいに光る。白玉の名前は、後宮では、どんなお札よりもよく効くらしい。
私は、椿餅をひとつずつ配って回った。
ひとつ配るたびに、胃の腑がきしりと鳴いた。私の椿餅。毎晩、寝床で楽しみに眺めていた椿餅。それが、ほかの人の口に消えていく。泣き女をやっていて、こんなに泣きたくなったのは、はじめてかもしれない。
「それでね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
椿餅で口が軽くなったところで、私は切り出した。梅の方が亡くなった夜、誰か、夜ふけに何か見ていないか。
女官たちは顔を見合わせた。やがて、小萩が、おずおずと口を開いた。
「……私、見たんです。あの夜、右近さまが、清涼殿からのお使いから何かを受け取って、すぐに袖の中に隠されるのを。梅の枝に結んだ、お文のようでした。主上からのお文なら、すぐに梅壺へお届けするはずなのに、変だなって。でも、右近さまに、そんなこと聞けなくて」
小萩は、椿餅を握りしめたまま、うつむいた。
「……ずっと、言えなかったんです。あのとき、私が何か言っていれば」
私は、小萩の肩に手を置いた。袖ごしではなく、そのままの手で。生きている人の肩は、あたたかかった。
ふと気配を感じて振り返ると、溜まり場の外の渡り廊下に、昴が立っていた。
昴は、女官たちの手の中の椿餅を見て、それから、空っぽになった私の布包みを見た。何も言わなかった。ただ、自分の袖を、そっと押さえた。
私は、なんだか悪いことをした気になった。もらったものを、勝手に配ってしまったのだから。
けれど昴は、怒ってはいなかった。私の顔をしばらく見て、それから、ふいと視線をそらして歩いていった。
◆
あの子が、椿餅を手放した。
渡り廊下を歩きながら、昴は空の袖を握りしめた。
腹の虫のためなら、弔いの場でも菓子を頬張る子だ。その子が、毎日楽しみにためていた椿餅を、ひとつ残らず配ってしまった。死んだ人のために。
十年前と、何も変わっていない。
あの子は今も、誰かのぶんを泣いている。
明日からは、椿餅を倍にしよう。昴は、誰にも聞こえない声で、そう決めた。
中身は椿餅だ。昴が毎日欠かさず届けてくれるのを、この数日、食べずにためておいたものだった。
「昴さまからの、差し入れです」
その一言で、溜まり場の空気が変わった。女官たちの目が、いっせいに光る。白玉の名前は、後宮では、どんなお札よりもよく効くらしい。
私は、椿餅をひとつずつ配って回った。
ひとつ配るたびに、胃の腑がきしりと鳴いた。私の椿餅。毎晩、寝床で楽しみに眺めていた椿餅。それが、ほかの人の口に消えていく。泣き女をやっていて、こんなに泣きたくなったのは、はじめてかもしれない。
「それでね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
椿餅で口が軽くなったところで、私は切り出した。梅の方が亡くなった夜、誰か、夜ふけに何か見ていないか。
女官たちは顔を見合わせた。やがて、小萩が、おずおずと口を開いた。
「……私、見たんです。あの夜、右近さまが、清涼殿からのお使いから何かを受け取って、すぐに袖の中に隠されるのを。梅の枝に結んだ、お文のようでした。主上からのお文なら、すぐに梅壺へお届けするはずなのに、変だなって。でも、右近さまに、そんなこと聞けなくて」
小萩は、椿餅を握りしめたまま、うつむいた。
「……ずっと、言えなかったんです。あのとき、私が何か言っていれば」
私は、小萩の肩に手を置いた。袖ごしではなく、そのままの手で。生きている人の肩は、あたたかかった。
ふと気配を感じて振り返ると、溜まり場の外の渡り廊下に、昴が立っていた。
昴は、女官たちの手の中の椿餅を見て、それから、空っぽになった私の布包みを見た。何も言わなかった。ただ、自分の袖を、そっと押さえた。
私は、なんだか悪いことをした気になった。もらったものを、勝手に配ってしまったのだから。
けれど昴は、怒ってはいなかった。私の顔をしばらく見て、それから、ふいと視線をそらして歩いていった。
◆
あの子が、椿餅を手放した。
渡り廊下を歩きながら、昴は空の袖を握りしめた。
腹の虫のためなら、弔いの場でも菓子を頬張る子だ。その子が、毎日楽しみにためていた椿餅を、ひとつ残らず配ってしまった。死んだ人のために。
十年前と、何も変わっていない。
あの子は今も、誰かのぶんを泣いている。
明日からは、椿餅を倍にしよう。昴は、誰にも聞こえない声で、そう決めた。
