袖の露 ―泣かない陰陽師と、腹ペコ泣き女―

 立后を前に、梅の方を偲ぶ集まりが、後宮の一角でひっそりと開かれた。
 女官たちが集まり、思い出を語りあう。あちらこちらで、袖が目元に当てられた。私は部屋の隅で灯りの番をしながら、その涙を見ていた。
 泣き女というのは、泣くのが仕事だ。だから、他人の涙を見る目だけは肥えている。
 本物の涙は、まず喉が詰まる。息がうまく吸えなくなって、肩が揺れる。鼻が赤くなり、口元が崩れ、顔じゅうが、こらえきれずにぐしゃりとゆがむ。目より先に、顔のいちばん弱いところから決壊するのだ。
 嘘の涙は、目元だけで完結している。ほかのところは、すまして動かない。袖で拭う手つきが、妙にきれいでゆっくりだ。誰かに見せるための泣き方だからだ。
 小萩は、本物だった。干し柿の話をしながら、途中で言葉が続かなくなって、袖に顔を埋めてしまった。
 そして、右近さまは。
 白粉の頬に、ひとすじの涙が伝っていた。美しい泣き方だった。目元だけが濡れて、鼻も口元も少しもゆがんでいない。涙を押さえる手つきは、舞のようにゆっくりだった。
 誰かが、梅の方の名を口にした。
 その瞬間、右近さまの扇を握る指に、ぎゅっと力がこもった。
 ――夜の取り次ぎは、右近さまのお役目だから。
 小萩の言葉が、耳の奥でよみがえった。
 毒ではなかった。けれど、文は届かなかった。届かなかった文は、どこへ消えたのか。
 あの人は、泣いてなんかいない。泣くふりをしている。
 私と同じ、商売の泣き方だ。