輝夜達が後宮にやって来てから一ヶ月経過した。
白百合は毎日のようにめかし込んでは姿を消して、上機嫌で帰ってくるようになった。
帝の訪問の前触れを無視して自由に行動する彼女を窘めようにも、「私は妃なのよ! 指図する気!?」と言って脅すため、輝夜は忠告することを諦めるしかない。
「それで? 旭様に関する先読みは視えたの?」
白百合は帝に興味がないそぶりを見せながらも、毎日のように先読みだけは気にしているようだ。
「まだです……」
「肝心な時に役に立たないんだから! いつも言ってるけど、未来が視えたら旭様よりも先に私に言うのよ!」
「かしこまりました。あの……」
出かける準備を整え終えた白百合に向かって、輝夜は恐る恐る呼びかける。
「午後、旭様がおいでになりますが……」
「輝夜が対応しなさい。旭様はお亡くなりになるのでしょう? 私は巻き込まれて死にたくないわ」
白百合は旭と顔を合わせる気もないようで、帝の訪問を伝えても気にするそぶりすら見せない。
来る前までは帝に選ばれたと言って喜んでいたはずだが、白百合の心の変わりように輝夜は内心呆れるばかりだ。
「帝は白百合様を望んでおりますのに……」
「そうよね。ただでさえ美しくて清らかな先読み姫として気に入って頂けているもの。でも嫌なものは嫌! それに私には、旭様よりも相応しいお方がいるわ!」
「……え?」
信じがたい白百合の言葉に、輝夜は思わず彼女を凝視する。
「帝の旭様よりも……ですか?」
「そうよ」
白百合は意地悪く微笑と、懐から茶筒を取り出した。
「そうは言っても私をお慕いくださる旭様を、何度もお待たせしちゃいけないわね。だからこのお茶を差し上げて?」
「妃であられる白百合様がお渡しされた方が宜しいのではないでしょうか」
「私の言ったこと、聞いていなかった? 死者に関わりたくないのよ!」
「承りました……」
大和絵な絵が描かれた茶筒は、優美な衣装を身に纏う白百合が持つと非常に美しいが、見窄らしい和服を着る輝夜が持つと酷く不釣り合いだ。
「また処刑されないように、せいぜい旭様のご機嫌を伺うことね」
「……」
上機嫌で去って行く白百合を呆然と眺めながら、輝夜はため息をつく。
(緋雨の力になりたい。そのためには、次の暗殺の先読みしなくちゃいけないのに……)
茶筒を手に俯いていると、不意に背後から声をかけられた。
「白百合はいないのか」
「入れ違いだったようですね」
旭に成り代わった緋雨と、望月だ。
「つい先程までいたのですが……。申し訳ございません……」
他に付き人はいないようだが、緋雨を旭として扱うことにした輝夜は、彼に向かって深々と頭を下げた。
「構わない。私が本当に一緒に居たいのは輝夜だから、居ない方が都合が良いんだが……」
一緒に居たいと言われて、輝夜はドキリとした。
思わず緋雨の顔を凝視すると、彼は甘く微笑んだかと思うと、輝夜の耳元に顔を寄せて囁いた。
「本音は輝夜に会いに来たんだ」
「わっ、私に!?」
「輝夜が色んな表情を見せてくれて、私は嬉しいよ」
突然の出来事に、輝夜は思わず耳に手を当てて後ずさる。
顔を真っ赤にして恥ずかしがる輝夜に、緋雨は楽しそうに微笑んでいる。
二人の様子を暖かい眼差しで見守っていた望月だが、主の居ない部屋を見回すとため息をついた。
「それにしても、帝に会おうともせず、白百合姫は何をしに後宮に来たんでしょうね。輝夜姫は彼女の行方をご存知ですか?」
「詳しい場所までは……。ただ、どなたかにお会いになっているそうです。なんでも、白百合に相応しい方だとか……」
「帝を差し置いて、相応しい? なんともまあ、頭の高い姫君ですね」
妃となった白百合を未だ姫と呼ぶ望月を不思議に思う輝夜が首を傾げていると、緋雨が彼女に問いかけた。
「白百合の普段の様子はどうだ?」
「毎日旭様の先読みについて聞かれます」
「私に興味がないのに?」
「先読み姫としての手柄が欲しいのではないでしょうか?」
そう答えながらも、輝夜が思い返せば後宮に来てからいつも以上に念を押されていたように感じた。
緋雨と望月は何かに気付いたようで、顔を見合わせて頷き合っている。
「お二人は心当たりがお有りですか?」
「そうだな……。私達には腹違いの弟がいるんだ。側室の皇子だが……」
「帝を差し置いて先読み姫に相応しい身分の高い者と言えば、彼くらいでしょうね」
「ああ。私さえ死ねば、帝の座は弟のものだ」
「じゃあ、旭様のお命を狙っているのは……」
「私の弟だろう。彼を殺したのもおそらく奴の手の者のはずだ」
「ただ、証拠がないのですよ」
「迂闊に手を出すと、こちらが追い詰められそうだからな。そこで、奴を炙り出すために輝夜に協力してもらおうと思ったんだ」
「もしかしたら白百合姫はすでに弟殿と手を組まれているのでしょうね。彼女が先読みを気にしているのは、そのせいでしょう」
「そんな……。白百合が良からぬことを企んで居なければ良いのですが……」
「それらなそれで都合が良い」
輝夜は手に持っていた茶筒を握りしめた。
今の話を聞く限り、白百合から手渡された物はろくでもない品物としか考えられない。
緋雨に飲ませるなど以ての外だが、果たしてこのまま持っていていいものだろうか。
「輝夜? 大丈夫か?」
茶筒を見下ろして困惑していると、緋雨が呼びかけていた。
「すみません……考え事に集中していました……」
緋雨と目が合った瞬間、輝夜は目眩を起こした。
突如輝夜の脳裏に映り込んだのは、集まった兵によって輝夜と望月が拘束されている姿。
輝夜の惨めな様子をあざ笑う白百合と……緋雨の瞳が露見する光景だった。
衝撃のあまりに、輝夜の手から茶筒が滑り落ちそうになる。
緋雨は輝夜の肩を抱き茶筒を掴むと、流れるようにそれを望月に渡した。
「輝夜、この茶筒は?」
「偉く豪華な茶筒ですね。白百合姫の物ですか?」
「は、はい。それは……」
茶筒の説明をしようとした輝夜の耳に、遠くの方から複数の乱雑な足跡が響いているのが届いた。
今視えたのは、間もなく始まる騒動の結末かもしれない。
「旭様、望月様……緊急で内密のお話がございます」
白百合の企みを止めなければ、今度こそ緋雨は殺されてしまうだろう。
輝夜は守りたい人のために、長らく自分を縛り付けていた存在との決別を決意して、緋雨と望月に向き直った。
白百合は毎日のようにめかし込んでは姿を消して、上機嫌で帰ってくるようになった。
帝の訪問の前触れを無視して自由に行動する彼女を窘めようにも、「私は妃なのよ! 指図する気!?」と言って脅すため、輝夜は忠告することを諦めるしかない。
「それで? 旭様に関する先読みは視えたの?」
白百合は帝に興味がないそぶりを見せながらも、毎日のように先読みだけは気にしているようだ。
「まだです……」
「肝心な時に役に立たないんだから! いつも言ってるけど、未来が視えたら旭様よりも先に私に言うのよ!」
「かしこまりました。あの……」
出かける準備を整え終えた白百合に向かって、輝夜は恐る恐る呼びかける。
「午後、旭様がおいでになりますが……」
「輝夜が対応しなさい。旭様はお亡くなりになるのでしょう? 私は巻き込まれて死にたくないわ」
白百合は旭と顔を合わせる気もないようで、帝の訪問を伝えても気にするそぶりすら見せない。
来る前までは帝に選ばれたと言って喜んでいたはずだが、白百合の心の変わりように輝夜は内心呆れるばかりだ。
「帝は白百合様を望んでおりますのに……」
「そうよね。ただでさえ美しくて清らかな先読み姫として気に入って頂けているもの。でも嫌なものは嫌! それに私には、旭様よりも相応しいお方がいるわ!」
「……え?」
信じがたい白百合の言葉に、輝夜は思わず彼女を凝視する。
「帝の旭様よりも……ですか?」
「そうよ」
白百合は意地悪く微笑と、懐から茶筒を取り出した。
「そうは言っても私をお慕いくださる旭様を、何度もお待たせしちゃいけないわね。だからこのお茶を差し上げて?」
「妃であられる白百合様がお渡しされた方が宜しいのではないでしょうか」
「私の言ったこと、聞いていなかった? 死者に関わりたくないのよ!」
「承りました……」
大和絵な絵が描かれた茶筒は、優美な衣装を身に纏う白百合が持つと非常に美しいが、見窄らしい和服を着る輝夜が持つと酷く不釣り合いだ。
「また処刑されないように、せいぜい旭様のご機嫌を伺うことね」
「……」
上機嫌で去って行く白百合を呆然と眺めながら、輝夜はため息をつく。
(緋雨の力になりたい。そのためには、次の暗殺の先読みしなくちゃいけないのに……)
茶筒を手に俯いていると、不意に背後から声をかけられた。
「白百合はいないのか」
「入れ違いだったようですね」
旭に成り代わった緋雨と、望月だ。
「つい先程までいたのですが……。申し訳ございません……」
他に付き人はいないようだが、緋雨を旭として扱うことにした輝夜は、彼に向かって深々と頭を下げた。
「構わない。私が本当に一緒に居たいのは輝夜だから、居ない方が都合が良いんだが……」
一緒に居たいと言われて、輝夜はドキリとした。
思わず緋雨の顔を凝視すると、彼は甘く微笑んだかと思うと、輝夜の耳元に顔を寄せて囁いた。
「本音は輝夜に会いに来たんだ」
「わっ、私に!?」
「輝夜が色んな表情を見せてくれて、私は嬉しいよ」
突然の出来事に、輝夜は思わず耳に手を当てて後ずさる。
顔を真っ赤にして恥ずかしがる輝夜に、緋雨は楽しそうに微笑んでいる。
二人の様子を暖かい眼差しで見守っていた望月だが、主の居ない部屋を見回すとため息をついた。
「それにしても、帝に会おうともせず、白百合姫は何をしに後宮に来たんでしょうね。輝夜姫は彼女の行方をご存知ですか?」
「詳しい場所までは……。ただ、どなたかにお会いになっているそうです。なんでも、白百合に相応しい方だとか……」
「帝を差し置いて、相応しい? なんともまあ、頭の高い姫君ですね」
妃となった白百合を未だ姫と呼ぶ望月を不思議に思う輝夜が首を傾げていると、緋雨が彼女に問いかけた。
「白百合の普段の様子はどうだ?」
「毎日旭様の先読みについて聞かれます」
「私に興味がないのに?」
「先読み姫としての手柄が欲しいのではないでしょうか?」
そう答えながらも、輝夜が思い返せば後宮に来てからいつも以上に念を押されていたように感じた。
緋雨と望月は何かに気付いたようで、顔を見合わせて頷き合っている。
「お二人は心当たりがお有りですか?」
「そうだな……。私達には腹違いの弟がいるんだ。側室の皇子だが……」
「帝を差し置いて先読み姫に相応しい身分の高い者と言えば、彼くらいでしょうね」
「ああ。私さえ死ねば、帝の座は弟のものだ」
「じゃあ、旭様のお命を狙っているのは……」
「私の弟だろう。彼を殺したのもおそらく奴の手の者のはずだ」
「ただ、証拠がないのですよ」
「迂闊に手を出すと、こちらが追い詰められそうだからな。そこで、奴を炙り出すために輝夜に協力してもらおうと思ったんだ」
「もしかしたら白百合姫はすでに弟殿と手を組まれているのでしょうね。彼女が先読みを気にしているのは、そのせいでしょう」
「そんな……。白百合が良からぬことを企んで居なければ良いのですが……」
「それらなそれで都合が良い」
輝夜は手に持っていた茶筒を握りしめた。
今の話を聞く限り、白百合から手渡された物はろくでもない品物としか考えられない。
緋雨に飲ませるなど以ての外だが、果たしてこのまま持っていていいものだろうか。
「輝夜? 大丈夫か?」
茶筒を見下ろして困惑していると、緋雨が呼びかけていた。
「すみません……考え事に集中していました……」
緋雨と目が合った瞬間、輝夜は目眩を起こした。
突如輝夜の脳裏に映り込んだのは、集まった兵によって輝夜と望月が拘束されている姿。
輝夜の惨めな様子をあざ笑う白百合と……緋雨の瞳が露見する光景だった。
衝撃のあまりに、輝夜の手から茶筒が滑り落ちそうになる。
緋雨は輝夜の肩を抱き茶筒を掴むと、流れるようにそれを望月に渡した。
「輝夜、この茶筒は?」
「偉く豪華な茶筒ですね。白百合姫の物ですか?」
「は、はい。それは……」
茶筒の説明をしようとした輝夜の耳に、遠くの方から複数の乱雑な足跡が響いているのが届いた。
今視えたのは、間もなく始まる騒動の結末かもしれない。
「旭様、望月様……緊急で内密のお話がございます」
白百合の企みを止めなければ、今度こそ緋雨は殺されてしまうだろう。
輝夜は守りたい人のために、長らく自分を縛り付けていた存在との決別を決意して、緋雨と望月に向き直った。



