【短編】義妹にはめられた嘘つき姫は帝の陰を優しく照らす

 動揺を隠せないでいる旭の反応は、輝夜の問いかけを肯定するも同然だった。

「緋雨……本当は、生きていたんだよね……?」

 旭の正体が緋雨だと気付いた瞬間、輝夜の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「か、輝夜……」

 最初は戸惑っていた彼は、輝夜の涙を見て慌てて彼女の唇に人差し指を当てた。

「静かに……。誰かに聞かれると危険だ。私のことは旭と呼ぶように」
「……! ご、ごめんなさい……」

 我に返った輝夜は、緋雨の後ろに控えていた呪術師・望月に視線を向ける。
 真っ青な顔をして望月を見る輝夜を安心させるように、緋雨は輝夜の肩に優しく触れて囁いた。

「大丈夫。望月は私の協力者だ。ほら、私の眼を見てごらん」

 輝夜が恐る恐る緋雨の顔をのぞき込むと、それまで碧かった瞳に、うっすらと赤みがかかる。

「私と彼(・)はよく似ていたが、眼の色だけはどうしようもなかった。それを呪術で誤魔化してくれているのが、望月だ」
「元々は、このお方が影となる時に使っていた幻影の術なのですが、まさかそれを常用することになるとは思いもしませんでしたよ」

 ほっと胸をなで下ろす輝夜に、望月は首を傾げて問いかけた。

「輝夜姫はどうして気付かれたのですか? 俺の術も、このお方の演技も、あのお方(旭様)と遜色なかったはずですが……」
「本当の旭様なら、私を気遣ったりしないから……」

 辛そうに口にする輝夜に、緋雨は気まずそうに答える。

「……そうだったな。だいぶ成りきれていたと思ったんだが……まだまだか」
「いやあなた、輝夜姫の前以外ではだいぶ傲慢っぷりが板に付いてますよ」

 おそらく長い間、旭の身代わりを演じていたのだろう。迷いなく語る緋雨の口調は、以前会った頃とはだいぶ異なる。
 かつては控えめで大人しそうに見えた緋雨が、今では自信を持って話す姿を前にして、輝夜は彼が遠い存在になってしまったように感じた。
 実際、妃の小間使いとして共にやってきただけの娘と、帝を演じている緋雨は、互いが遠い存在であることには変わりないだろう。
 再会出来ただけでも喜ぶべきなのかもしれない。

「成りきらなければ生きていけなかったんだ、仕方ないだろう。……それでも私は、輝夜だけは傷つけたくなかったから、無意識に演じることに手を抜いてしまっていたようだな」
「もしかして、旭様は……」
「ああ」

 誰かに聞かれぬように、緋雨は輝夜の耳元で小さな声で呟く。

「昔、輝夜が昔視た通り……彼(本物の旭)は毒殺された」
「そんな……」
「輝夜が落ち込む必要はない。彼は輝夜の先読みが嘘だと思っていたんだから」
「そうですよ。信じて対策を取っていれば、あんな簡単に命を落とすことはなかったでしょう」
「彼は白百合姫こそが先読み姫だと思っていたから、仕方がないさ」
「でも私が伝え方を間違えなければ……」
「彼から酷い仕打ちを受けたのに、気遣える輝夜は優しいな。だけど、決して輝夜のせいではないさ。私達の逢瀬に聞き耳を立てていた悪趣味な連中の自業自得だ」
「お、逢瀬……!? あれはそんなんじゃ……」

 緋雨の思わぬ発言に輝夜は驚いてしまうが、衝撃発言をした本人は意味ありげに優しく微笑んだ。

「私は少しでも輝夜に振り向いて欲しかったんだけどな」
「えっ」

 輝夜は微笑む緋雨の様子に胸がドキッとして、思わず顔を背けてしまった。

「まあそれは追々にして、話を戻そうか。理由があって、私達は旭が亡くなったと公表は出来なかった。彼は名もなき小間使い(緋雨)として弔うしかなかったんだ」

 緋雨は、旭として生きていくことを決意していたようだ。

「……輝夜が泣いていたのは、あの女のせいかと思ったんだが、本当は私のせいだろう? 私が緋雨が死んだと告げたから……。悲しませてすまない……」
「緋雨が生きていて良かった……でも……」
「悪いな。これからは旭と呼んでくれ。私は元々身代わり。彼の代わりに生きていかなければいけないんだ」
「うん……」
「ただせっかく再会したのに、今後は輝夜がくれた名前を呼んでもらえないのは……寂しいな」

 輝夜が名残惜しいと思いながら俯くと、緋雨も同じことを考えていたようだった。
 苦笑した緋雨の瞳が揺れている。
 彼が旭として生きていく覚悟を決めた以上、輝夜には彼を止めることなど出来ない。
 ただ、もう二度と呼べなくなる名前を最後に呼びかけたいと思った輝夜は、緋雨の袖を握って問いかけた。

「あのね、緋雨に最後に一つだけ言わせて……?」
「輝夜が望むなら、どうぞ?」
「昔、私が罰を受けそうになった時、助けてくれてありがとう……緋雨」

 一人の少女から与えられた緋雨という名を捨てた青年は、あの頃のようなあどけない笑みを浮かべる。

「僕(・)は礼を言われるようなことはしていないよ。あの時は、輝夜に生きて欲しくて必死だったんだから」

 もう二度と見ることが出来ないであろう緋雨としての笑顔を見つめた輝夜は、陰ながら旭(緋雨)を支えようと決意した。