時は輝夜が男に命を狙われた後に戻る。
輝夜を横抱きにして星宮の家族の前に姿を見せた旭は、先読み姫を妃に求めた。
輝夜が抱えられていることに一瞬反発しかける白百合だったが、途端に上機嫌になる。
先帝亡きあとに帝となった旭が自らの足で星宮家にやってきたことは、先読み姫を相当に必要としている現れでもあるようで、輝夜以外の家族は浮かれていた。
一方、緋雨が死んだと知らされた輝夜は、家族の様子を他人事のように眺めることしか出来なかった。
もっとも、輝夜だけを除け者にしていた家族だ。他人と言っても過言ではない。
こうして、上機嫌な様子で支度をして皇居の一角にある後宮へ入内した白百合だが……。
「旭様が……帝が狙われているなんて、聞いていないわよ!」
彼女は帝から改めて「後宮に滞在し、暗殺を企てている者を暴き出すのに協力してほしい」と言われて、隠れて癇癪を起こしていた。
(聞こうとしなかったのは白百合なのに……)
緋雨のことで頭がいっぱいだった輝夜も旭の説明をほとんど聞いていなかったが、それでも輝夜の耳には「毒」と言う言葉が届いた記憶がある。
白百合は都合の良いところしか聞いていなかったのだろう。
「それじゃあ私はいつまでここに居られるか分からないじゃない!」
不満を漏らし続ける白百合だったが、ふと何かを思い出したように微笑む。
それは何かを企んでいるような酷く歪んだ笑みで、あまりの不気味さに輝夜は思わずぞっとして身体を震わせる。
「……そう言えば、輝夜。あなた、旭様がお亡くなりになるのを視たことがあるのよね?」
「は、はい……」
「でもあれは旭様じゃなくて……」と輝夜が口に出来なかったのは、緋雨の死を認めてしまうように思えたからだ。
緋雨が死んだことを知らされていないのか、それとも側仕えに興味がないのか、白百合は気にせず話を続ける。
「犯人は視えなかったの?」
「それが、視えたのはお亡くなりになった後の光景でした。ただ原因は毒だったようで……」
「肝心なところで役に立たないわね!」
「……申し訳ございません」
「そう、でも毒ね……」
白百合は何かを考えているような素振りを見せている。
先読みを利用して自分の有利となるように動こうとしたのだろうが、毒殺だけでは犯人に至るための決定的な証拠は出て来づらいだろう。
義妹が何を考えているか検討もつかず困惑する輝夜をよそに、白百合は与えられた部屋から抜け出そうとしていた。
「ど、どこへ行かれるのですか?」
「少しこの辺りの様子を見に行くのよ。気分転換がしたいから、放っておいてちょうだい」
「けれどもこの後、帝とのお約束が……」
「旭様はいつか殺されてしまうのでしょう? 死者を相手にするくらいより、もっと有益な時間を過ごした方が良いわ」
「し、白百合姫!」
「旭様のお相手、任せたわよ。もっとも輝夜なんかじゃ、帝のお相手なんて務まらないだろうけど」
帝に対して無礼な発言を口にした白百合は、他の女中を連れてどこかへ去ってしまった。
白百合は、危険を冒してまで帝の妃になりたいとは思わないようで、むしろ巻き込まれる危険性から旭とは距離を起きたがっているようだ。
「……」
訪問予定の帝に白百合の不在を伝えねばならなくなった輝夜は、ため息をついて待つしかない。
「私も、白百合も……後宮に何をしに来たんだろう」
息をつくことも許されなかった輝夜は、白百合が出かけたことでようやくほんの少しだけ気を抜くことが出来た。
誰もおらず落ち着いているにも関わらず、彼女の胸が締め付けられるように苦しく感じるのは、緋雨との再会が潰えてしまったからだろう。
「なんのために……」
緋雨が死んでしまった。改めて旭の言葉を振り返ると虚しさが込み上げてきて、彼女は悲しみのあまりに涙を流す。
「……ふ……うぅっ……。緋雨……ごめんなさい……」
かつて輝夜を守ったことで、緋雨は自由を無くしてしまった。自分さえ守らなければ緋雨はいつか自由になれたかもしれない……そう思った輝夜は一人さめざめと泣いた。
ひとしきり泣き終わると、輝夜は涙を拭う。
そろそろ白百合が帰って来るか、旭が白百合を訪ねるかもしれない。
そう思って立ち上がろうとした輝夜に向かって、気遣うような声がかけられた。
「……輝夜?」
「……!?」
どこか懐かしさを感じる優しい声に、輝夜ははっと息をのんで振り返る。
視線の先にいたのは、望月を伴った旭だった。
泣いて赤くなった目を見られてしまったのだろう、振り返った輝夜を見て彼は息をのんでいる。
輝夜が慌てて跪こうとすると、彼は手で制す。
「だいじょ……。いや、どうした?」
輝夜を嘘つきと呼んで見下すはずの旭が心配するそぶりを見せるのは、なぜだろうか。
それに先ほどかけられた声は優しげで、輝夜は思わず声の主が緋雨だと思ったくらいだ。
まるで目の前にいる旭が、死んだはずの緋雨のように感じてしまい、輝夜は俯く。
「それは……」
「……顔をあげろ」
輝夜が顔を上げると、旭は彼女の目尻に貯まった涙を指で拭う。
「泣いていたのだろう」
「え……? あっ、は、はい?」
旭の行動に、輝夜は困惑した。
「何があった」
「…………旭様にお気遣い頂くようなことは何もございません」
まさか緋雨を偲んで泣いていたとは言える訳がない。
けれども旭は顔をしかめて輝夜を促す。
「言え。罰しはしない」
「……旭様にお仕えしていた男の子が……亡くなってしまったからです……」
「……すまない」
悲しげな表情で謝罪を口にする旭に、輝夜は「どうして旭様が謝るのですか?」と問いかけられずにいた。
「……白百合姫はいないのか?」
「申し訳ございません。白百合様はご不在でいらっしゃいます」
旭はため息をつくと、今度は輝夜に向き直る。
「頼んでいた件だが、何か視えたか?」
「えっ」
まるで輝夜に直接問いかけるような口調に輝夜は一瞬戸惑う。
しかし、白百合の所在を聞かれた後であることを思い出した輝夜は、彼女から伝え聞いたことがないか問われていると思い、首を振った。
「その、白百合様からは、何も……」
「……そうか」
物思いにふける旭を眺めながら、輝夜は彼の様子を不思議に思った。
昔の旭は、権力者に特有の傲慢さで他者を見下していた。それこそ、輝夜を罰で殺そうとしたぐらいだ。
しかし目の前の旭は、口数は少なく若干乱暴なだけで、今のところ暴挙に出てはいない。
あるとするならば……。
(そういえば、あの男の人どうなったんだろう……)
輝夜が旭に抱き上げられて移動した後、男の絶叫が聞こえてきた。
あれは望月という呪術師が、男に止めを刺したからに違いない。
以前無礼を働いた輝夜が乱暴にされていない理由は、再会してからまだ旭に刃向かっていないからかもしれない。
旭に再び失礼な行いを働けば、今度こそ首を切られることは間違いないだろう。
けれども……。
(旭様を緋雨のように感じてしまうのは、どうしてなんだろう……)
男から守ってくれて抱きしめられた時のぬくもりを思いだしながら、輝夜は旭の態度に違和感を覚え始めていた。
輝夜は旭の顔を失礼にならない程度に見つめる。
碧い瞳や整った顔に威厳のある表情は、十歳の輝夜が見た時と変わらないが、昔よりも傲慢さが薄れて見えるのは気のせいだろうか。
輝夜を呼びかける声も、気遣うような声色も、どこか緋雨を思い起こすのは……彼に会いたいと願う輝夜の思いから生まれた勘違いだろうか。
(もしかして……)
輝夜が抱く違和感が勘違いでないのならば……。ある可能性を考えた彼女の胸がざわめく。
先読みで視た未来は、何も対処しない限り必ず訪れる。
だが避けるための行動を起こしていれば、先読みで視た未来を退けることは可能だ。
先読み通りであれば、旭が輝夜の言葉を「嘘」だと断じ続けて何も対処しなかった場合、旭は亡くなっているはずだ。
旭が生きている可能性があるのは、「先読みで視た未来はこれから起きる」か、または……。
(彼の正体は……)
「旭に似た誰かが、彼を演じている」と言う可能性だ。
「緋雨……なの?」
輝夜が呟いた瞬間、旭の顔がこわばった。
輝夜を横抱きにして星宮の家族の前に姿を見せた旭は、先読み姫を妃に求めた。
輝夜が抱えられていることに一瞬反発しかける白百合だったが、途端に上機嫌になる。
先帝亡きあとに帝となった旭が自らの足で星宮家にやってきたことは、先読み姫を相当に必要としている現れでもあるようで、輝夜以外の家族は浮かれていた。
一方、緋雨が死んだと知らされた輝夜は、家族の様子を他人事のように眺めることしか出来なかった。
もっとも、輝夜だけを除け者にしていた家族だ。他人と言っても過言ではない。
こうして、上機嫌な様子で支度をして皇居の一角にある後宮へ入内した白百合だが……。
「旭様が……帝が狙われているなんて、聞いていないわよ!」
彼女は帝から改めて「後宮に滞在し、暗殺を企てている者を暴き出すのに協力してほしい」と言われて、隠れて癇癪を起こしていた。
(聞こうとしなかったのは白百合なのに……)
緋雨のことで頭がいっぱいだった輝夜も旭の説明をほとんど聞いていなかったが、それでも輝夜の耳には「毒」と言う言葉が届いた記憶がある。
白百合は都合の良いところしか聞いていなかったのだろう。
「それじゃあ私はいつまでここに居られるか分からないじゃない!」
不満を漏らし続ける白百合だったが、ふと何かを思い出したように微笑む。
それは何かを企んでいるような酷く歪んだ笑みで、あまりの不気味さに輝夜は思わずぞっとして身体を震わせる。
「……そう言えば、輝夜。あなた、旭様がお亡くなりになるのを視たことがあるのよね?」
「は、はい……」
「でもあれは旭様じゃなくて……」と輝夜が口に出来なかったのは、緋雨の死を認めてしまうように思えたからだ。
緋雨が死んだことを知らされていないのか、それとも側仕えに興味がないのか、白百合は気にせず話を続ける。
「犯人は視えなかったの?」
「それが、視えたのはお亡くなりになった後の光景でした。ただ原因は毒だったようで……」
「肝心なところで役に立たないわね!」
「……申し訳ございません」
「そう、でも毒ね……」
白百合は何かを考えているような素振りを見せている。
先読みを利用して自分の有利となるように動こうとしたのだろうが、毒殺だけでは犯人に至るための決定的な証拠は出て来づらいだろう。
義妹が何を考えているか検討もつかず困惑する輝夜をよそに、白百合は与えられた部屋から抜け出そうとしていた。
「ど、どこへ行かれるのですか?」
「少しこの辺りの様子を見に行くのよ。気分転換がしたいから、放っておいてちょうだい」
「けれどもこの後、帝とのお約束が……」
「旭様はいつか殺されてしまうのでしょう? 死者を相手にするくらいより、もっと有益な時間を過ごした方が良いわ」
「し、白百合姫!」
「旭様のお相手、任せたわよ。もっとも輝夜なんかじゃ、帝のお相手なんて務まらないだろうけど」
帝に対して無礼な発言を口にした白百合は、他の女中を連れてどこかへ去ってしまった。
白百合は、危険を冒してまで帝の妃になりたいとは思わないようで、むしろ巻き込まれる危険性から旭とは距離を起きたがっているようだ。
「……」
訪問予定の帝に白百合の不在を伝えねばならなくなった輝夜は、ため息をついて待つしかない。
「私も、白百合も……後宮に何をしに来たんだろう」
息をつくことも許されなかった輝夜は、白百合が出かけたことでようやくほんの少しだけ気を抜くことが出来た。
誰もおらず落ち着いているにも関わらず、彼女の胸が締め付けられるように苦しく感じるのは、緋雨との再会が潰えてしまったからだろう。
「なんのために……」
緋雨が死んでしまった。改めて旭の言葉を振り返ると虚しさが込み上げてきて、彼女は悲しみのあまりに涙を流す。
「……ふ……うぅっ……。緋雨……ごめんなさい……」
かつて輝夜を守ったことで、緋雨は自由を無くしてしまった。自分さえ守らなければ緋雨はいつか自由になれたかもしれない……そう思った輝夜は一人さめざめと泣いた。
ひとしきり泣き終わると、輝夜は涙を拭う。
そろそろ白百合が帰って来るか、旭が白百合を訪ねるかもしれない。
そう思って立ち上がろうとした輝夜に向かって、気遣うような声がかけられた。
「……輝夜?」
「……!?」
どこか懐かしさを感じる優しい声に、輝夜ははっと息をのんで振り返る。
視線の先にいたのは、望月を伴った旭だった。
泣いて赤くなった目を見られてしまったのだろう、振り返った輝夜を見て彼は息をのんでいる。
輝夜が慌てて跪こうとすると、彼は手で制す。
「だいじょ……。いや、どうした?」
輝夜を嘘つきと呼んで見下すはずの旭が心配するそぶりを見せるのは、なぜだろうか。
それに先ほどかけられた声は優しげで、輝夜は思わず声の主が緋雨だと思ったくらいだ。
まるで目の前にいる旭が、死んだはずの緋雨のように感じてしまい、輝夜は俯く。
「それは……」
「……顔をあげろ」
輝夜が顔を上げると、旭は彼女の目尻に貯まった涙を指で拭う。
「泣いていたのだろう」
「え……? あっ、は、はい?」
旭の行動に、輝夜は困惑した。
「何があった」
「…………旭様にお気遣い頂くようなことは何もございません」
まさか緋雨を偲んで泣いていたとは言える訳がない。
けれども旭は顔をしかめて輝夜を促す。
「言え。罰しはしない」
「……旭様にお仕えしていた男の子が……亡くなってしまったからです……」
「……すまない」
悲しげな表情で謝罪を口にする旭に、輝夜は「どうして旭様が謝るのですか?」と問いかけられずにいた。
「……白百合姫はいないのか?」
「申し訳ございません。白百合様はご不在でいらっしゃいます」
旭はため息をつくと、今度は輝夜に向き直る。
「頼んでいた件だが、何か視えたか?」
「えっ」
まるで輝夜に直接問いかけるような口調に輝夜は一瞬戸惑う。
しかし、白百合の所在を聞かれた後であることを思い出した輝夜は、彼女から伝え聞いたことがないか問われていると思い、首を振った。
「その、白百合様からは、何も……」
「……そうか」
物思いにふける旭を眺めながら、輝夜は彼の様子を不思議に思った。
昔の旭は、権力者に特有の傲慢さで他者を見下していた。それこそ、輝夜を罰で殺そうとしたぐらいだ。
しかし目の前の旭は、口数は少なく若干乱暴なだけで、今のところ暴挙に出てはいない。
あるとするならば……。
(そういえば、あの男の人どうなったんだろう……)
輝夜が旭に抱き上げられて移動した後、男の絶叫が聞こえてきた。
あれは望月という呪術師が、男に止めを刺したからに違いない。
以前無礼を働いた輝夜が乱暴にされていない理由は、再会してからまだ旭に刃向かっていないからかもしれない。
旭に再び失礼な行いを働けば、今度こそ首を切られることは間違いないだろう。
けれども……。
(旭様を緋雨のように感じてしまうのは、どうしてなんだろう……)
男から守ってくれて抱きしめられた時のぬくもりを思いだしながら、輝夜は旭の態度に違和感を覚え始めていた。
輝夜は旭の顔を失礼にならない程度に見つめる。
碧い瞳や整った顔に威厳のある表情は、十歳の輝夜が見た時と変わらないが、昔よりも傲慢さが薄れて見えるのは気のせいだろうか。
輝夜を呼びかける声も、気遣うような声色も、どこか緋雨を思い起こすのは……彼に会いたいと願う輝夜の思いから生まれた勘違いだろうか。
(もしかして……)
輝夜が抱く違和感が勘違いでないのならば……。ある可能性を考えた彼女の胸がざわめく。
先読みで視た未来は、何も対処しない限り必ず訪れる。
だが避けるための行動を起こしていれば、先読みで視た未来を退けることは可能だ。
先読み通りであれば、旭が輝夜の言葉を「嘘」だと断じ続けて何も対処しなかった場合、旭は亡くなっているはずだ。
旭が生きている可能性があるのは、「先読みで視た未来はこれから起きる」か、または……。
(彼の正体は……)
「旭に似た誰かが、彼を演じている」と言う可能性だ。
「緋雨……なの?」
輝夜が呟いた瞬間、旭の顔がこわばった。



