それからというもの、輝夜は緋雨と良く会うようになった。
輝夜が辛いことがあった時、気持ちを落ち着かせようと館の裏目の茂みで俯いていると、時折緋雨がやってくる。
二人が旭の身の回りの世話や雑用に関してだけでなく、他愛もない話までする様子は、はたから見ると気の置けない友人のように見えただろう。
しかし二人は決して、人前では互いに繋がりがあるように見せなかった。
輝夜は白百合から、緋雨は旭から、それぞれ付け入られて相手を傷つけてしまう可能性があったからだ。
「輝夜、一緒におむすびを食べよう。昨日お腹の虫を鳴らしていたでしょう?」
緋雨は輝夜に対して随分と気さくに話すようになった。
今日は緋雨がおむすびを一つ隠し持ってやってきた。
つやつやの白米を握った美味しそうなおむすびを前に、輝夜はごくりと喉を鳴らす。
「き、聞いてたの? は、恥ずかしい……」
「僕達は体力を使う仕事もするんだから、ちゃんと食べないと」
そう言って、緋雨はおむすびを半分に割って輝夜に手渡そうとする。
「でも緋雨のぶんが減っちゃうよ……」
「僕が困っている時にさりげなく助けてくれるでしょう? お互い様だよ」
「……う、うん、ありがとう」
困った時はお互い様、という言葉が嬉しくて、輝夜ははにかんでおむすびを受け取る。
彼女のささやかな笑顔を目にした緋雨は、照れ隠しするようにおむすびを見つめた。
「僕、輝夜と出会えて良かった」
「私も。あのね、私、お友達は緋雨が初めてなの」
「僕も輝夜が初めての友人だよ」
「ずっとこうして一緒にいられたら良いのにね」
「……うん」
緋雨が頷いた時の声色はどこか寂しげで、輝夜は不思議そうに首を傾げる。
「緋雨はいつまで星宮にいられるの?」
「……分からない。今は旭様のお命を狙う者から身を隠すために星宮家にやってきたけど、落ち着いたら戻るかもしれないから……」
「旭様の、お命を……?」
おむすびを食べ終えた輝夜はふと、以前視た先読みを思い出す。
緋雨の眼を目の当たりにした騒動によって、輝夜は先読みをしていたことをすっかり忘れていた。
しかし改めて思い出した光景は、紛れもなく旭が横たわる光景。輝夜は何気なく呟いた。
「……旭様は成人されるまでは、生きていられると思うの」
「え?」
輝夜がぽつりと呟いた言葉に、緋雨はぎょっとした様子を見せた。
「だから、しばらくは大丈夫だけれども……」
「ど、どう言うこと!? 輝夜は旭様の未来が視えたの!?」
輝夜は、しまったと言いたげに手で口を塞ぐ。
しかし、緋雨にも関わる出来事であれば伝えた方が良いだろうと思った彼女は、恐る恐る緋雨に話しかける。
「こ、これは他の人には言わないでほしいんだけど……」
瞬時に訳ありだということを悟った緋雨は、輝夜の言葉に頷いて先を促した。
「私、先読みができるの」
「そういえば輝夜の眼は、先読み姫の金色だったね」
「うん。それで前に、旭様が亡くなられている未来が視えたんだけど……」
「そ、それは、いつ起きる出来事?」
「正確な年齢は分からないけど……。旭様も緋雨も、今より大人になられていたと思うの。旭様が倒れていて……」
「何よそれ!」
突然、二人の会話に割って入る人物が現れたことで、輝夜と緋雨は驚愕する。
「し、白百合? どうしてここに……?」
白百合だ。彼女の後ろでは、旭が俯いて震えている。
「最近怪しいと思ったら、こんなところで油を売って! それにあなた、私に黙って先読……!」
白百合が輝夜に向かって手を上げようとしたその時、白百合の背後にいた旭が彼女を押しのけて輝夜の前に立ちふさがる。
怒っているのか、旭の顔色は真っ赤で、固く握りしめた拳を震わせていた。
「私が死ぬだって……?」
「……っ」
旭の怒気を感じた輝夜が怯える隣で、白百合は彼にごまをすろうとする。
「そ、そうなんです! この子ったら、先読み姫の私に憧れているのか、たまに先読みを気取って嘘をつくんです!」
「そうか、嘘つきなのか……」
高貴な者相手に無礼な発言をしたことに気付いた輝夜も、顔を真っ青にして慌てて土下座した。
「も、申し訳……!」
しかし、輝夜は謝罪を最後まで言い切ることは出来なかった。
「無礼者!!」
「きゃああっ!!!」
激昂した旭が、地面に平伏す輝夜の頭を蹴り上げたからだ。
輝夜は痛みのあまりに叫び、地面に蹲る。
旭の突然の行動に、緋雨も白百合も動揺して動けないでいた。
「か、輝夜!」
「ひっ! あ、旭様……!?」
「即刻、この小娘の首をはねよ!」
旭の背後から現れた護衛達が、懐から小刀を抜き出して輝夜に近づく。
輝夜は痛みと恐怖に涙を流しながらも、刃が自分に向けられる光景を待ち受けることしか出来なかった。
「ど、どうかお気持ちをお鎮めください、旭様!」
しかし、輝夜に向かって刀が振り下ろされそうになったその時、輝夜と護衛の間に立ち塞がったのは緋雨だった。
蹲る輝夜を守るように立つ緋雨の足は、子鹿のように震えている。
彼の行動は、使えるべき主人に刃向かったも当然。
恐怖を覚えぬはずがないというのに、緋雨は旭の前に跪き、輝夜の無事を請うた。
「身代わり風情が指図するな! 私は死ぬ訳がない! だというのに、先読みでもない小汚いだけの娘が、私が死ぬなどと嘘をついたのだぞ! 不愉快だ!」
「この娘の発言の責任は、私が取ります! ですから、彼女のお命は……!」
覚悟を決めた緋雨は、自分の人生を壊し兼ねない一言を口にした。
旭は緋雨を見下してにやりと傲慢に笑う。
「言ったな? お前。これまで私の言うことにたびたび反論していたが、もう刃向かうことは許さぬ」
「……承知しました」
「ついて来い。お前は私の身代わりに過ぎぬ。嘘つきとは金輪際関わるな」
「……っ。は、はい……」
緋雨を好きに扱えることに満足したのか、輝夜に興味をなくした旭は踵を返して館に戻っていく。
緋雨は輝夜を助け起こす。彼女の無事を確認した緋雨の声は、小声ながらも悲しさと安堵の声色が入り交じっていた。
「輝夜……。無事で良かった……」
まだ蹴られた際の痛みが引かない輝夜は、朦朧としながらもか細い声で緋雨を引き留めようとする。
「ひさ……め……? だめ……。だめだよ……私のせいで、そんな……好き勝手にされるなんて……」
「大丈夫。いつかはこうなる運命だったんだ」
「いかないで……」
「ごめんね、輝夜……。元気でいてね。君が生きることに希望を持ってくれるなら、僕も……」
そう言って、緋雨は立ち上がり、振り返らず真っ直ぐに旭の後ろについて行く。
そこが緋雨の定められた場所だと言わんばかりの悲しい後ろ姿に、輝夜は泣きながら彼の名前を呟いた。
「ひさめ、ごめんなさい……!」
翌日、旭は緋雨を連れて宮殿に帰った。
旭の正体が皇子であることを輝夜が知ったのは、彼らが星宮家から居なくなり、摂待が失敗した憤りを父達が輝夜にぶつける最中だった。
そして、白百合はこの出来事を理由に、率先して輝夜を「嘘つき姫」と呼ぶようになる。
輝夜が辛いことがあった時、気持ちを落ち着かせようと館の裏目の茂みで俯いていると、時折緋雨がやってくる。
二人が旭の身の回りの世話や雑用に関してだけでなく、他愛もない話までする様子は、はたから見ると気の置けない友人のように見えただろう。
しかし二人は決して、人前では互いに繋がりがあるように見せなかった。
輝夜は白百合から、緋雨は旭から、それぞれ付け入られて相手を傷つけてしまう可能性があったからだ。
「輝夜、一緒におむすびを食べよう。昨日お腹の虫を鳴らしていたでしょう?」
緋雨は輝夜に対して随分と気さくに話すようになった。
今日は緋雨がおむすびを一つ隠し持ってやってきた。
つやつやの白米を握った美味しそうなおむすびを前に、輝夜はごくりと喉を鳴らす。
「き、聞いてたの? は、恥ずかしい……」
「僕達は体力を使う仕事もするんだから、ちゃんと食べないと」
そう言って、緋雨はおむすびを半分に割って輝夜に手渡そうとする。
「でも緋雨のぶんが減っちゃうよ……」
「僕が困っている時にさりげなく助けてくれるでしょう? お互い様だよ」
「……う、うん、ありがとう」
困った時はお互い様、という言葉が嬉しくて、輝夜ははにかんでおむすびを受け取る。
彼女のささやかな笑顔を目にした緋雨は、照れ隠しするようにおむすびを見つめた。
「僕、輝夜と出会えて良かった」
「私も。あのね、私、お友達は緋雨が初めてなの」
「僕も輝夜が初めての友人だよ」
「ずっとこうして一緒にいられたら良いのにね」
「……うん」
緋雨が頷いた時の声色はどこか寂しげで、輝夜は不思議そうに首を傾げる。
「緋雨はいつまで星宮にいられるの?」
「……分からない。今は旭様のお命を狙う者から身を隠すために星宮家にやってきたけど、落ち着いたら戻るかもしれないから……」
「旭様の、お命を……?」
おむすびを食べ終えた輝夜はふと、以前視た先読みを思い出す。
緋雨の眼を目の当たりにした騒動によって、輝夜は先読みをしていたことをすっかり忘れていた。
しかし改めて思い出した光景は、紛れもなく旭が横たわる光景。輝夜は何気なく呟いた。
「……旭様は成人されるまでは、生きていられると思うの」
「え?」
輝夜がぽつりと呟いた言葉に、緋雨はぎょっとした様子を見せた。
「だから、しばらくは大丈夫だけれども……」
「ど、どう言うこと!? 輝夜は旭様の未来が視えたの!?」
輝夜は、しまったと言いたげに手で口を塞ぐ。
しかし、緋雨にも関わる出来事であれば伝えた方が良いだろうと思った彼女は、恐る恐る緋雨に話しかける。
「こ、これは他の人には言わないでほしいんだけど……」
瞬時に訳ありだということを悟った緋雨は、輝夜の言葉に頷いて先を促した。
「私、先読みができるの」
「そういえば輝夜の眼は、先読み姫の金色だったね」
「うん。それで前に、旭様が亡くなられている未来が視えたんだけど……」
「そ、それは、いつ起きる出来事?」
「正確な年齢は分からないけど……。旭様も緋雨も、今より大人になられていたと思うの。旭様が倒れていて……」
「何よそれ!」
突然、二人の会話に割って入る人物が現れたことで、輝夜と緋雨は驚愕する。
「し、白百合? どうしてここに……?」
白百合だ。彼女の後ろでは、旭が俯いて震えている。
「最近怪しいと思ったら、こんなところで油を売って! それにあなた、私に黙って先読……!」
白百合が輝夜に向かって手を上げようとしたその時、白百合の背後にいた旭が彼女を押しのけて輝夜の前に立ちふさがる。
怒っているのか、旭の顔色は真っ赤で、固く握りしめた拳を震わせていた。
「私が死ぬだって……?」
「……っ」
旭の怒気を感じた輝夜が怯える隣で、白百合は彼にごまをすろうとする。
「そ、そうなんです! この子ったら、先読み姫の私に憧れているのか、たまに先読みを気取って嘘をつくんです!」
「そうか、嘘つきなのか……」
高貴な者相手に無礼な発言をしたことに気付いた輝夜も、顔を真っ青にして慌てて土下座した。
「も、申し訳……!」
しかし、輝夜は謝罪を最後まで言い切ることは出来なかった。
「無礼者!!」
「きゃああっ!!!」
激昂した旭が、地面に平伏す輝夜の頭を蹴り上げたからだ。
輝夜は痛みのあまりに叫び、地面に蹲る。
旭の突然の行動に、緋雨も白百合も動揺して動けないでいた。
「か、輝夜!」
「ひっ! あ、旭様……!?」
「即刻、この小娘の首をはねよ!」
旭の背後から現れた護衛達が、懐から小刀を抜き出して輝夜に近づく。
輝夜は痛みと恐怖に涙を流しながらも、刃が自分に向けられる光景を待ち受けることしか出来なかった。
「ど、どうかお気持ちをお鎮めください、旭様!」
しかし、輝夜に向かって刀が振り下ろされそうになったその時、輝夜と護衛の間に立ち塞がったのは緋雨だった。
蹲る輝夜を守るように立つ緋雨の足は、子鹿のように震えている。
彼の行動は、使えるべき主人に刃向かったも当然。
恐怖を覚えぬはずがないというのに、緋雨は旭の前に跪き、輝夜の無事を請うた。
「身代わり風情が指図するな! 私は死ぬ訳がない! だというのに、先読みでもない小汚いだけの娘が、私が死ぬなどと嘘をついたのだぞ! 不愉快だ!」
「この娘の発言の責任は、私が取ります! ですから、彼女のお命は……!」
覚悟を決めた緋雨は、自分の人生を壊し兼ねない一言を口にした。
旭は緋雨を見下してにやりと傲慢に笑う。
「言ったな? お前。これまで私の言うことにたびたび反論していたが、もう刃向かうことは許さぬ」
「……承知しました」
「ついて来い。お前は私の身代わりに過ぎぬ。嘘つきとは金輪際関わるな」
「……っ。は、はい……」
緋雨を好きに扱えることに満足したのか、輝夜に興味をなくした旭は踵を返して館に戻っていく。
緋雨は輝夜を助け起こす。彼女の無事を確認した緋雨の声は、小声ながらも悲しさと安堵の声色が入り交じっていた。
「輝夜……。無事で良かった……」
まだ蹴られた際の痛みが引かない輝夜は、朦朧としながらもか細い声で緋雨を引き留めようとする。
「ひさ……め……? だめ……。だめだよ……私のせいで、そんな……好き勝手にされるなんて……」
「大丈夫。いつかはこうなる運命だったんだ」
「いかないで……」
「ごめんね、輝夜……。元気でいてね。君が生きることに希望を持ってくれるなら、僕も……」
そう言って、緋雨は立ち上がり、振り返らず真っ直ぐに旭の後ろについて行く。
そこが緋雨の定められた場所だと言わんばかりの悲しい後ろ姿に、輝夜は泣きながら彼の名前を呟いた。
「ひさめ、ごめんなさい……!」
翌日、旭は緋雨を連れて宮殿に帰った。
旭の正体が皇子であることを輝夜が知ったのは、彼らが星宮家から居なくなり、摂待が失敗した憤りを父達が輝夜にぶつける最中だった。
そして、白百合はこの出来事を理由に、率先して輝夜を「嘘つき姫」と呼ぶようになる。



