【短編】義妹にはめられた嘘つき姫は帝の陰を優しく照らす

 輝夜が嘘つき姫と呼ばれるようになった所以は、彼女が十つの頃にまで遡る。

「お前達、よく聞きなさい。光栄なことにこのたび星宮家は、さる高貴な方のお世話を任されることになった」
「もしかして白百合が見初められるんじゃなくて!? 何しろこの子は先読み姫だもの!」
「母様、衣装は今ある物よりもっと可愛らしくした方が良い?」
「気が逸るのは分かるが、これはお忍びなんだ。しばらくは内密に頼むぞ」

 盛り上がる白百合と義母を脇目に、輝夜の父は彼女を見下して言った。

「当日は小間使いも共にするらしい。お前はそいつの案内をしろ」
「はい……。当主様」

 輝夜が父を当主と呼び平服する様子を、家族であるはずの三人が嘲笑っていた。

「小汚い小娘に相応しい役目ですこと」
「いつも通り、先読みが視えたら私に教えるのよ、輝夜」
「……かしこまりました」

 この時、すでに先読みの能力に目覚めていた輝夜は、先読み姫の呼び名と手柄を白百合に取られていた。
 輝夜が視た未来を元に白百合が先読み姫を演じているのは、何も白百合だけの意思ではない。
 父や義母まで絡んだ、一家総出での仕込みだ。

 彼らは、白百合が星宮の先読み姫としての血を継いでいないことを頑なに認めたくないのだろう。
 先読みをしたら真っ先に白百合へ知らせるようにと、輝夜は両親や白百合から厳重に言い付けられている。

「この巡り合せも、あなたが当主になったからね」
「そうだろう? これからも星宮を盛り立てて行くからな」

 星宮の純血統を母に持つ輝夜とは異なり、義母と義妹である白百合はその血を引いていない。
 輝夜の母は四つの頃に病で亡くなり、彼女にとって唯一血の繋がる肉親は父だけになってしまった。
 しかし父は、前妻の娘・輝夜を星宮の姫として正しく扱おうとはしなかった。
 代々星宮家は先読み能力を持つ女性が当主となるしきたりがあったが、今代の先読みである輝夜の母が亡くなったことを理由に、当主の座を父が継ぐことになる。
 父はそれと同時に、新しい妻と再婚すると、輝夜と一歳違いの「当主の血を引く娘」白百合を連れてきた。
 白百合が先読みの能力に目覚めることはあり得ないのだが、彼女らは白百合がやがて先読みの能力に目覚めると思い込んでいる。

 新たな家族を迎え入れた星宮家は、父と彼が本当に愛する女性とその娘を中心とした、彼らにとって理想的な家庭へと変わっていった。そこに輝夜の居場所は存在しない。
 その証拠に、義母は輝夜を小間使いとして扱う。
 決して義母とは呼ばせず、血の繋がった父に対しても、輝夜が父と呼ぶことを嫌う。
 何よりも、父自身も輝夜に父と呼ばれることを嫌悪している。
 白百合も輝夜を決して姉扱いしないのだ。
 だが輝夜の境遇が報われない理由は、家族扱いされていないだけではなかった。

 義母は、物事が自分の思うように旨く回らないと、決まって輝夜に暴力を振るう。
 母が輝夜を罵る姿を見て育った白百合も、母に倣って義姉を粗雑に扱う。
 もし白百合が高貴な方に見初められたら、嫁入りする義妹は星宮家からいなくなり、輝夜の境遇は今よりも僅かに報われるかもしれない。
 その頃そう思った輝夜は、しっかりと務めに励もうと誓った。

 数日後。
 父に呼び出された輝夜と白百合は、父からの指示に従い、襖の前で畳に手をついて頭を垂れている。
 襖の向こうには、父が連れてきた高貴な方が控えているらしい。

「面をあげよ」

 襖が開かれ、輝夜達は顔を上げる許可を得る。
 白百合は逸る気持ちが抑えきれなかったのか、勢いよく頭を上げたようだった。

「白百合。この尊いお方は、今日から我が家で静養なされる旭(あさひ)様だ」

 父が紹介したのは、長い黒髪を肩の高さで一つに束ねている、碧い瞳に尊大さを秘めた少年。
 歳は輝夜達とそう変わらないだろう。

「そなたが先読み姫の白百合か。世話になる」

 父に恭しく紹介された少年・旭の後方には、旭と同じ背格好で粗末な衣装を纏った少年が肩身狭そうに縮こまって俯いている。
 旭の従者なのだろうが、誰ももう一人の少年を紹介しない。
 彼は、まるで存在しないもののように扱われているようだ。
 同席しているにも関わらず、父から呼びかけられぬ輝夜のように。

(この子が、父様が言っていた小間使い?)

 白百合も彼の服装を見て小間使いだと判断したのか、彼のことを気にかけようとはしない。むしろ存在に気づいていない様子で、彼女は高貴な少年に夢中だった。
 一方輝夜は、自分とどこか似た扱いを受けている少年を前にして、親近感を持った。
 俯いているため輝夜の位置からは見えづらいが、彼もまた、前髪で眼を隠しているようにも見えたからだ。

「白百合。旭様はお前の二つ年上だ。仲良くしてもらいなさい」
「はい、父様。旭様、星宮の庭園が見えるお部屋へご案内いたしますね」
「ああ、頼む」

 白百合は輝夜を睨みつける。ついて来るなと言いたいのだろう。
 輝夜は俯き、白百合が旭を案内するのを待っていると、その場には父ですら居なくなってしまった。
 取り残された二人の小間使いは、途方に暮れて黙り込む。
 二人の性格が物静かで似通っていたこともあるだろう。
 ちらりと顔を上げると、輝夜は少年と前髪越しに眼が合ったように思えた。

「わた……僕はここで、何をすれば良いですか?」
「旭様の側仕えの方ですよね? えっと……まず館を案内します」

 小間使いの少年に屋敷内を一通り案内した輝夜は、中庭の向こう側の部屋で白百合と旭が会話に花を咲かせている様子を見つける。

「旭様の元に戻られますか?」
「今はご機嫌が宜しいようで、もう少ししてからにします。僕の顔なんか見たくないでしょうから……」

 遠くから眺めていると、旭は彼の小間使いと背格好が似ていることがよく分かる。
 高貴な方と背格好の似た年の近い付き人であれば、影武者の可能性もある。
 もしかしたら顔立ちも似ている可能性もあるだろう。
 にも関わらず、付き人の顔が見たくないというのは、なぜだろうか。

 無礼にならないように遠目から何気なく旭と白百合の様子を伺っていた時、不意に輝夜の瞳に全く異なる光景が映り込む。

 それは、地面に倒れた一人の青年に、二人の青年が必死に呼びかけている様子だった。

(これは……先読み? 誰の未来なの?)

 よくよく観察すると、地面に倒れている青年は、豪奢な衣装を身に纏っていた。
 碧い瞳を恐怖で見開く彼の顔立ちは、輝夜がつい先ほど遠目で観察した少年……旭とよく似ている。
 おそらく成長した旭なのだろうが、彼は事切れてしまったのか、呪術師の衣装を纏った青年が静かに首を振る様子が見えた。

(も、もしかして、旭様が……亡くなられている?)

 もう一人は誰だろう。そう思い先読みに意識を集中させていると、旭と良く似た衣装を着たもう一人の青年が振り返る。

(わあ……夕焼けみたいに、きれいな緋色の眼……)

 輝夜はなぜか、先読みの彼と眼が合った気がした。
 先読みは未来に起きる出来事を客観的に見るに過ぎない。
 ふつうは先読みで視る人物達と眼が合うことはないのだが、この時の輝夜は先読みの中に映る優しい緋色の瞳をした青年の瞳に魅入られた。

「あ、あの……?」

 不意に正面から声がかかった気がした輝夜が我に返ると、目の前に小間使いの少年が肩身狭そうに佇んでいた。
 先読みに夢中になるあまりに、現実の周囲が目に入らず、気づけば輝夜は自ら少年の鼻先に顔を近づけていたのだった。

「わっ、ご、ごめんなさい……!」

 慌てて後ずさる輝夜に少年がたじろいだ直後、奇跡のように突風が吹き付ける。

「きゃっ!」
「わわっ!」

 その瞬間、輝夜の金色の瞳と、少年の緋色の瞳が露わになった。
 彼の瞳の色合いは、輝夜が先ほど視た緋色の瞳とよく似た優しい眼差しをしている。
 輝夜が思わず見入りそうになっていると、少年は慌てて前髪を手で戻して顔を隠した。

「ぼっ、僕の顔を見ましたか!?」

 少年の顔立ちは、遠目からでもよく見える旭の整った顔の作りと瓜二つだったのだ。
 二人は似ているという領域を超えており、唯一異なるのは緋色の瞳と、彼が浮かべる気弱で怯えた表情のみ。

「え、えっと……」

 輝夜は旭と良く似た少年の顔を間違いなく見たが、瞳に魅入られていたといった方が正しい。
 しかし、追い詰められた表情をする少年の様子に、言葉を詰まらせた。
 一方、肯定としか判断出来ない輝夜の反応に、少年は床に膝をついて震えた。
 
「お、おしまいです……。知られたからには、僕は死ぬしか……」
「ど、どうして……?」
「僕は……」

 輝夜は周囲を見回す。
 中庭の向こうとはだいぶ距離があり、いまだに楽しそうに会話をしている白百合と旭は、輝夜の周辺で起きた出来事に気づいていないだろう。
 他の誰にも見られていないことを確認すると、輝夜は少年の手を取り、館の裏手にある茂みのところまで連れて行った。
 ここは、輝夜がいつも孤独に耐えきれなくなった時に、泣いている場所で、人通りも殆どない。
 輝夜は少年を安心させるように、歳下の子に話しかけるように優しく語りかけた。

「さっき見たのは、私だけだよ。私も誰にも言わないから……安心して」
「それでも、他人に知られてはいけません。僕は、禁忌の子だから……」

 輝夜も聞いたことがある。双子のうち、後に生まれた方は忌み子であると。
 つまり、旭が先に生まれ、輝夜の目の前で怯えている少年が後に生まれた忌み子なのだろう。

「誰にも望まれない僕は、恩情で生きていられるのです」
「誰にも……望まれない……?」

 少年の一言に、輝夜の心がチクリとする。
 彼は自分自身に言い聞かせたに過ぎないのだろうが、輝夜もまた、家族に望まれない生活を送っていたからだった。

「旭様のお役に立てず、足を引っ張ってしまったら……僕は……」

 少年は泣きじゃくり始めた。
 きっと、少年は誰も信じられないのだろう。
 ましてや、出会って間もない少女など、信用に足る人物かどうか分からないのだから。
 それは、味方のいない輝夜も同じだった。

「じゃあ、私が望んでも良い……?」
「え……?」

 輝夜の問いかけに、泣いていた少年がふと顔を上げる。

「あなたが生きることを誰も望まないなら、私だけでもあなたの生を望んでも良い?」

 その言葉は、大人が聞けば告白として捉えてもおかしくないものだった。

「それでね……」

 しかし当の本人達は、生きる希望を得ようと必死だった。

「私が生きることも、望んで欲しいな……」

 ささやかな望みを口にして切なげに微笑む輝夜に、少年が息を飲んだ。
 少年の眼があらわになっていたら、その夕焼けのような美しい緋色の瞳を見開いていただろう。

「そうしたら、お互い望まれた人になれるよ」
「君も忌み子なの?」
「ううん。私は家族に嫌われているだけ」
「家族に嫌われている?」

 輝夜の言葉に惹かれた少年は、泣くのをやめて、再び前髪で覆われてしまった彼女の顔を凝視する。

「そういえば、君の眼の色は金色だった。あれは、星宮の姫君の証じゃあ……?」
「うん。私も一応、星宮の子。輝夜だよ」
「……星宮のご当主が旭様に紹介したのは、白百合姫だけだった。それに君は服だってあの子と違ってぼろで……。でも、もしかして本当の先読み姫は……」

 少年は輝夜も小間使いだと思っていたのだろう。
 しかし瞳があらわになったことで、それが思い違いだと言うことに気づいた彼から、息をのむ声が漏れる。

「僕達、似た者同士なんだね」
「……そうだね」

 少年は頷くと、輝夜に向き直る。
 お互い前髪で隠されているものの、輝夜は少年と眼が合ったように感じた。

「……君を信用するよ。だから、このことは秘密にしてくれる?」
「もちろん」

「よろしく」と伸ばされた手を、輝夜は優しく握る。
 輝夜の手もそうだが、少年の荒れた手は働き者だという証拠だ。
 自分と似た境遇の人物を前に、輝夜はこの縁を大切にしようと誓った。

「ねえ。あなたの名前を教えて? しばらく旭様と一緒にこの館で過ごすんでしょう?」
「僕は忌み子だから、名前はないんだ」
「名前が分からないと、呼びにくいよ? きっと旭様のお世話で、あなたをたくさん呼ぶことになると思うの」
「でも僕は、旭様の代わりに死んで良い存在だから……」

 輝夜は先ほど見えた少年の瞳を思い返すように、彼の顔をじっと見つめた。
 輝夜の目は前髪で隠れているものの視線自体は感じられるようで、あまり見つめられていないのか少年はたじろいでいる。

「じゃあ……『緋雨』はどうかな?」
「緋雨?」
「さっき見えた緋色の瞳が、とても綺麗だと思ったの」

 見えてはいないと言うのに、少年は輝夜から視線をそらす。

「き、きれい……?」
「うん。夕焼け空みたいで、優しい色で綺麗だよ」
「そんなこと言われたのは初めてだ……」

 彼は目元に手を当てて、俯いている。
 下を向いている理由は決して悲しい感情からではなく、気持ちをどう表現していいか戸惑っている風でもあった。

「……き、君もその……金色の瞳が、お星様みたいで綺麗だよ」
「あ、ありがとう……」

 褒められ慣れていない二人は、終始照れながら時間を過ごした。