【短編】義妹にはめられた嘘つき姫は帝の陰を優しく照らす

『帝が先読み姫の輿入れを望んでいる』という先読みをした輝夜は、この先起こるであろう出来事を想像してため息をついて独(ひと)り言(ご)つ。

「白百合が帝に輿入れするなら、私はどうなるんだろう。お役御免だと良いけど……」

 帝が求めているのは、間違いなく先読み姫の能力だろう。
 何故ならば、白百合の来客中に輝夜が視たのは『帝は先読み姫の輿入れによって、暗殺を企てる者を引きずり出そうとする』という未来だからだ。

「そんな訳、ないよね。きっと私もついて行くことになる……」

 どれだけ白百合が自らを先読み姫と名乗り周囲を欺いていようが、彼女には力がない。
 白百合が先読みを必要とする限り輝夜の能力の搾取を続け、帝への輿入れにも輝夜を同行させるに違いないだろう。

「怖い……」

 虐げられて足蹴にされる現実も、先読みで垣間見える陰謀に満ちた世界も、嘘つき呼ばわりされて孤独になる悲しみも、本当は輝夜にとっては何もかもが恐ろしかった。
 けれども彼女は、現状から逃げて一人で生活をする能力もなければ、幼い頃友人と交わした希望を打ち捨てて死ぬことも出来ない。

「でも白百合と一緒に皇居に行けば、緋雨に会えるかな……」

 輝夜が十歳の頃に出会った緋雨は、彼女にとって唯一心を通わせることの出来る友人だった。

「緋雨に会ったら、あの時のお礼をしたいな」

 緋雨との想い出を振り返りながら、輝夜は館の裏手に回る。

「でも、緋雨がお仕えしている旭様は……」

 輝夜には、友人である緋雨が仕える高貴な身分の少年・旭が成人近くに亡くなるという未来が視えていた。
 先読み通りであれば、旭はそろそろ亡くなっていてもおかしくない年齢だろう。
 そこまで考えて、輝夜は頭を振った。

「私が本当に嘘つきなら、旭様はまだ生きていらっしゃる……」

 旭は、輝夜が視た先読みを唯一直接聞いた人物で、そして彼女が嘘つきと呼ばれるようになった原因だ。

「それならきっと、緋雨にも会えるはず……!」

 輝夜が前を向いた瞬間、彼女は突如横から飛び込んできた人物に体当たりされる。

「きゃあっ!?」

 突然のことに避けることも出来ず、輝夜は地面に倒れた。
 体当たりされた左腕には、ぶつかられただけにしては不自然なほどの激痛が走る。
 輝夜が痛みを堪えながら左腕を確認すると、ざっくりと切られた袖から血が流れていた。

「しぶとい奴め!」

 上体を起こした輝夜が振り返ると、目を血走らせた男が血に濡れた鉈を手に興奮していた。
 彼は先ほど白百合と会話をしていた客人だ。

「お前が生きていると、白百合姫は嘆かれるばかりだ!」

 白百合の言葉に心を揺さぶられた彼は、直接輝夜を痛めつけにやってきた。
 悪辣なことに白百合は、輝夜が先読みをして救われた者の手を使って虐げている。
 先読みによって救われた彼らは、本来の恩人に仇を返していることに気付いていない。

「嘘つきで白百合姫の功績を奪おうとするお前がのうのうと生きていられるのは、白百合姫が慈悲深いお方だからだ! 分かっているのか!」
「ひっ……」

 地面に手をつけたまま激痛で動けなくなった輝夜に向かって、男が鉈を再び振り上げた。
 輝夜は痛みに耐えて起き上がろうとするのに精一杯で、男の隙を伺う時間すらない。

「白百合姫を煩わす存在は、ここで叩き斬ってくれる!」
(私、ここで死ぬの……?)

 義妹である白百合や家族に道具として扱われて一生を終えるくらいなら、今ここで死んだ方が楽に違いない。

(でも、本当にそれでいいの? 緋雨に会って、あの時助けてくれてありがとう……って言うべきじゃないの?)

 輝夜は昔自分を救ってくれた少年の姿を思い出して、涙ぐむ。

(緋雨が生かしてくれた命を粗末にして、本当に良いの?)

 迫り来る鉈に恐怖を感じた輝夜は、どうしようもなく無力さを実感して目を閉じる。

「そんな訳、ない! ない……のに……!」

 本心では死にたくはないと願うのに、輝夜の身体は思うように動かない。
 このままでは危ない――彼女がそう思った瞬間、不意に彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。

「輝夜ッ!!」

 どこか懐かしく感じられる呼び声は、記憶にある声よりもずっと大人びており、そして怒りと焦りを孕んでいるように聞こえる。

「緋雨……?」

 その直後、輝夜を殺そうとした男の絶叫が辺りに響き渡った。

「ぎゃああああああ!?!?!?」

 恐る恐る目を開けた輝夜は、目の前の光景に息をのむ。
 振り下ろされようとしていた鉈を持つ男の腕が、なくなっていたのだ。

「ひっ、お、俺の腕があああっ!?」

 男は地面に転がり悶えている。
 無抵抗の娘の命を奪おうとした者とは思えないほどの反応に、襲われた輝夜ですら痛ましさを感じて心配になるくらいだ。
 けれどもそれ以上に、輝夜は声の主が気になった。

(もしかして、緋雨? 緋雨がまた助けに来てくれたの?)

 輝夜は痛みで次第に朦朧とする意識を必死に保ちながら、辺りを見回す。
 すると、艶やかな黒色の髪に碧色の瞳の青年が、怒気の籠もった眼差しで男を睨み付けているのが見えた。
 凄まじい威圧感に、睨まれていない輝夜までもが震える。

「私に下賤な血を見せるとは、無礼が過ぎる。弁えろ」
「あっ、旭様!?」

 昔小先読みで死を予言した時と同じ顔立ちの青年を前にして、輝夜は痛みを堪えて平伏する。

「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません……」
「良い。望月、早急に傷を見てやってくれ」

 望月と呼ばれた青年が、輝夜に手を貸した。

「この傷なら術で治療可能なので、癒やしましょう。危ないところでしたね」
「ありがとうございます……」

 望月から処置を受けながら、輝夜は自分を殺そうとした男のいる場所を振り返った。

「あの……あの人は?」

 白百合が唆しただけで彼は悪くないと思った輝夜は男に同情したが、旭と望月は男を助けようと言う素振りを一切見せない。

「……これはお前にとっての何だ?」
「……白百合姫のお客人です」
「ならばお前が気にかけてやる義理もない。そもそも他人の命を刈り取ろうとしたのだ。立場が逆になっても文句は言えないだろう」

 昔会った時よりも話を他人の言い分を聞いてくれる旭に輝夜は内心驚きつつも、憎しみを向ける男を痛ましそうに見つめた。

「でも、苦しんでいるなら放っておけなくて……」
「……」

 旭はため息をつくと、治療を終えた輝夜を無言で抱き上げる。

「え、あ、あの……?」

 突然横抱きにされて輝夜が戸惑うのも気にせず、旭は傷ついたままの男に背を向けた。

「望月、その男は任せる」
「承知しました」

 輝夜を抱いたまま歩き始めた旭に、彼女は躊躇いがちに問い掛けた。

「あの……ひさ……旭様にお仕えしていた男の子は、一緒ではないのですか?」
「……あいつなら死んだ」

 声が聞こえたから、一緒にいるばす。そう思った輝夜に告げられたのは思わぬ言葉で、彼女は思わず呆然とする。

「……え」

 恐る恐る顔を見上げると、意地悪く笑む旭の表情はどこか悲しげに歪んで見える。

「死んだのは私ではなく、あいつだと言うことだ。嘘つき姫」

 輝夜が無意識に旭の襟を掴んだその時、男の断末魔が聞こえた気がした。