――星宮の血を継ぐ姫は、先読みの能力を持つ。
先読み能力に優れた彼女達は代々星宮家の当主となり、その力を分け隔てなく振るって国の平穏を保つことを求められていた。
今代の星宮の先読み姫とされている白百合は十六歳と言えどもまだ当主としては認められていないが、当主代行の父の元で高貴な者を相手に先読みの力を発揮している。
白百合のそばには彼女の一つ年上のもう一人の星宮の姫・輝夜もいるが、誰も彼女に見向きもしない。
だからこそ、本当の先読み姫が誰なのか、助力を求めにやってくる誰もが気付いていなかった。いや、知ろうともしなかったのだ。
「白百合姫の先読みは、本当に的確ですね。おかげさまで、先の戦で当家が上手く立ち回れました」
「あなた方の帰還の力になれて、私も嬉しいわ」
清純な花が咲くように微笑む白百合に、先読みを請いにやってきた男が心を奪われる。
「白百合姫はとてもお美しく清らかであられる。いずれ帝の妃として嫁がれることになるでしょう」
白百合の心根は穏やかで、誰にも分け隔てなく優しいと評判だ。
その上、整った顔立ちと艶やかな黒髪は白百合の清純さを際立てており、彼女は男女問わずに多くの人間に好意を持たれている。
だからこそ、国が欲するであろう先読み能力を持つ星宮家の姫君がやがて帝に望まれるだろうと、誰もが予想していた。
「まあ。帝が望んでくださったら、何よりも嬉しいわ」
「……っ」
部屋の隅で縮こまって平伏していた輝夜は、白百合の発言によって僅かに息を飲んだ。
空気が揺れたことに気づいた白百合は僅かに表情を堅くしたものの、すぐ何事もなかったかのように穏やかに微笑む。
「けれども、先読み姫である私は次期当主で、皆様方への先読みという使命があるもの。星宮の家を離れる訳にはいかないの」
「ご立派です、白百合姫……! それに引き換え……」
先読みを請いにやってきた男が、汚物を見るような目つきで輝夜を睨み付ける。
伏した状態でも感じられる敵意に、輝夜は僅かに震えた。
「姫は、いつまであの嘘つきを側に置いているのですか? 清らかな白百合姫に嘘つきが伝染したら、たまったものではありません」
星宮のもう一人の姫である輝夜が誰の相手にもされない理由は、その蔑称にある。
先読み姫と呼ばれて崇められている白百合とは正反対に、輝夜は嘘つき姫と呼ばれて侮蔑されていた。
着る物も、貴族の姫君が纏うとは思えない程のぼろ。薄汚れた灰色の髪を見苦しく見えないように一つにまとめているにも関わらず、眼を覆い隠すように長い前髪が異様な雰囲気を醸し出している。
貴族の姫君でもあるにも関わらず、誰の目から見ても小間使いとして扱われているようにしか見えない輝夜だが、清純と名高い白百合ですら彼女の境遇を改めさせようとはしなかった。
「大丈夫よ。嘘つきは伝染するものじゃないわ。それに、義妹の私くらいは、輝夜を信じてあげなくてはいけないもの」
「流石は白百合姫! 慈悲深くいらっしゃる!」
「でも……」
白百合が俯くと、薄らと目元に涙が滲んだように光った。
彼女が口を手で覆い弱々しく呟く様子は、誰の目から見ても弱々しく可憐に映る。
保護欲をかき立てるか弱く可哀想な姿に、男はかけるべき言葉に惑う。
「でも時折、私の先読みの力が失われてしまったら……と思うと、不安になるの……」
「姫……」
「だって輝夜にはある先読み姫の証が、私にはないんだもの……。きっと、先読みの力がない輝夜を可哀想に思った神様が、先に生まれた輝夜に与えてあげたのだわ」
先読み姫の証である金色の瞳を、白百合は持たない。
輝夜がその瞳の所有者だが、義妹の白百合からその瞳を奪ったとして悪者扱いされている。
あまりにも悪目立ちするため、輝夜は眼を隠して生活せざるを得なかった。
「だから、いつか……」
健気な様子で顔を上げた白百合の表情には、優しくも悲しさが秘められているように見える。
「私の力が失われてしまっても、輝夜を悪く思わないであげて?」
先読みを請いにやってきた男は立ち上がると、再び輝夜を睨み付ける。
今度は先ほどよりも強烈な殺意を感じて、輝夜はぞくりと震えた。
「しかし、嘘つきの小娘がそばにいる限り、白百合姫は報われません。早々に始末すべきです」
「だめよ。私の大事な姉だもの。ね?」
「白百合姫がそう仰るなら……」
白百合に諭されて、男は輝夜を忌々しそうに睨み付けながらも、渋々と去って行く。
その様子を見送り終えると、白百合はふぅっとため息をついて悪辣な笑みを浮かべた。
「残念。手は出なくても足くらいは出してくれると思ったのに。そう思わない、輝夜?」
「……」
「でも流石に殺されでもしたら、私も困ってしまうの。少し自重した方が良いかしら。ねえ?」
自重する気など一切感じられぬ声色で問いかける白百合に対して、輝夜は返事が出来なかった。
今回折檻されなかっただけまだ良いが、時折輝夜に手を上げる者が現れる。
白百合の先読みを求めて訪れる客に対して、彼女はいつも輝夜を気遣うふりを見せた後、同情心を誘うように輝夜の危険性を囁く。
輝夜が心身共に憔悴していく場面を目の当たりにすることで、白百合は常に自尊心を満たしている。
白百合のその様子からは、清純さも可憐さは一欠片もないのだが、彼女の本当の姿を知るのは家族だけであった。
白百合が化けの皮を上手く被れているからこそ、嘘つき呼ばわりされている輝夜が何を言っても、周囲はまともに取り合おうとはしない。
それどころか、「嘘つきのお前にも優しい白百合姫を謀るとはどういうことか!」「白百合姫にその眼を返せ!」と、誰もが激怒する。
「それで、何が視えたの、輝夜?」
白百合はつまらなさそうに輝夜を見下ろすと、美しく手入れされたつま先で輝夜の顎に触れた。
「え……」
つま先で強引に上を向かされた輝夜の前髪が揺れ、金色の瞳が露わになる。
「さっき私がお客様の対応をしている時に、未来が視えたのでしょう? 聞いてあげるから、言ってごらんなさいよ」
先読みの証である瞳を忌々しそうに睨みつけながら、白百合が輝夜を脅迫する。
「あの……」
「その先読み、私が役立ててあげるって言ってるんじゃない! さっさと言いなさいよ!」
癇癪を起こして鬼のような形相を見せる白百合が、輝夜の頭を何度も蹴飛ばす。
「あぐっ!」
「鞠代わりにされたくなければ、早くしなさい! まあ、汚らしくて蹴りがいのない鞠なんて、誰も遊ばないでしょうけれども」
「や、やめ……て、くだ……さ……」
「やめてほしかったらさっさと言いなさい! ほら!」
ぐらぐらと揺れる視界に耐えながら、輝夜は先ほど視えた未来を口にした。
「し、白百合姫が、帝に輿入れする姿が視えて……でも……」
「まあ、大変! どうして早く言わないの!? 輝夜は本当に気が利かないんだから!」
白百合は途端に清らかな作り笑いを見せて、輝夜の頭から足を退かす。
「母様と父様に報告しなくちゃ!」
「おっ、お待ちください! 帝の本当の目的は、暗殺……」
「帝は先読みの力で暗殺者を炙り出そうとしている」と告げようとしたが、白百合は金切り声を上げて輝夜の忠告を阻んだ。
「何よ! まさか私が帝に嫁ぐことが許せないって言うの!? 信じられない!」
「そうじゃなくて……」
「そもそも輝夜が昔に嘘をついた相手は、皇子だったでしょう? 図々しいのよ!」
「それ、は……!」
昔の出来事を引き合いに出されて、輝夜は怯んだ。
怯える輝夜の様子を見て満足した白百合は、上機嫌に去っていく。
「あの時は、本当は……緋雨にだけ伝えるつもりだったのに……」
当代の本当の先読みの名は、輝夜。
星宮の正当な血を引く輝夜は、彼女を疎ましく思う義家族によって謀られ、嘘つき姫と呼ばれていた。
先読み能力に優れた彼女達は代々星宮家の当主となり、その力を分け隔てなく振るって国の平穏を保つことを求められていた。
今代の星宮の先読み姫とされている白百合は十六歳と言えどもまだ当主としては認められていないが、当主代行の父の元で高貴な者を相手に先読みの力を発揮している。
白百合のそばには彼女の一つ年上のもう一人の星宮の姫・輝夜もいるが、誰も彼女に見向きもしない。
だからこそ、本当の先読み姫が誰なのか、助力を求めにやってくる誰もが気付いていなかった。いや、知ろうともしなかったのだ。
「白百合姫の先読みは、本当に的確ですね。おかげさまで、先の戦で当家が上手く立ち回れました」
「あなた方の帰還の力になれて、私も嬉しいわ」
清純な花が咲くように微笑む白百合に、先読みを請いにやってきた男が心を奪われる。
「白百合姫はとてもお美しく清らかであられる。いずれ帝の妃として嫁がれることになるでしょう」
白百合の心根は穏やかで、誰にも分け隔てなく優しいと評判だ。
その上、整った顔立ちと艶やかな黒髪は白百合の清純さを際立てており、彼女は男女問わずに多くの人間に好意を持たれている。
だからこそ、国が欲するであろう先読み能力を持つ星宮家の姫君がやがて帝に望まれるだろうと、誰もが予想していた。
「まあ。帝が望んでくださったら、何よりも嬉しいわ」
「……っ」
部屋の隅で縮こまって平伏していた輝夜は、白百合の発言によって僅かに息を飲んだ。
空気が揺れたことに気づいた白百合は僅かに表情を堅くしたものの、すぐ何事もなかったかのように穏やかに微笑む。
「けれども、先読み姫である私は次期当主で、皆様方への先読みという使命があるもの。星宮の家を離れる訳にはいかないの」
「ご立派です、白百合姫……! それに引き換え……」
先読みを請いにやってきた男が、汚物を見るような目つきで輝夜を睨み付ける。
伏した状態でも感じられる敵意に、輝夜は僅かに震えた。
「姫は、いつまであの嘘つきを側に置いているのですか? 清らかな白百合姫に嘘つきが伝染したら、たまったものではありません」
星宮のもう一人の姫である輝夜が誰の相手にもされない理由は、その蔑称にある。
先読み姫と呼ばれて崇められている白百合とは正反対に、輝夜は嘘つき姫と呼ばれて侮蔑されていた。
着る物も、貴族の姫君が纏うとは思えない程のぼろ。薄汚れた灰色の髪を見苦しく見えないように一つにまとめているにも関わらず、眼を覆い隠すように長い前髪が異様な雰囲気を醸し出している。
貴族の姫君でもあるにも関わらず、誰の目から見ても小間使いとして扱われているようにしか見えない輝夜だが、清純と名高い白百合ですら彼女の境遇を改めさせようとはしなかった。
「大丈夫よ。嘘つきは伝染するものじゃないわ。それに、義妹の私くらいは、輝夜を信じてあげなくてはいけないもの」
「流石は白百合姫! 慈悲深くいらっしゃる!」
「でも……」
白百合が俯くと、薄らと目元に涙が滲んだように光った。
彼女が口を手で覆い弱々しく呟く様子は、誰の目から見ても弱々しく可憐に映る。
保護欲をかき立てるか弱く可哀想な姿に、男はかけるべき言葉に惑う。
「でも時折、私の先読みの力が失われてしまったら……と思うと、不安になるの……」
「姫……」
「だって輝夜にはある先読み姫の証が、私にはないんだもの……。きっと、先読みの力がない輝夜を可哀想に思った神様が、先に生まれた輝夜に与えてあげたのだわ」
先読み姫の証である金色の瞳を、白百合は持たない。
輝夜がその瞳の所有者だが、義妹の白百合からその瞳を奪ったとして悪者扱いされている。
あまりにも悪目立ちするため、輝夜は眼を隠して生活せざるを得なかった。
「だから、いつか……」
健気な様子で顔を上げた白百合の表情には、優しくも悲しさが秘められているように見える。
「私の力が失われてしまっても、輝夜を悪く思わないであげて?」
先読みを請いにやってきた男は立ち上がると、再び輝夜を睨み付ける。
今度は先ほどよりも強烈な殺意を感じて、輝夜はぞくりと震えた。
「しかし、嘘つきの小娘がそばにいる限り、白百合姫は報われません。早々に始末すべきです」
「だめよ。私の大事な姉だもの。ね?」
「白百合姫がそう仰るなら……」
白百合に諭されて、男は輝夜を忌々しそうに睨み付けながらも、渋々と去って行く。
その様子を見送り終えると、白百合はふぅっとため息をついて悪辣な笑みを浮かべた。
「残念。手は出なくても足くらいは出してくれると思ったのに。そう思わない、輝夜?」
「……」
「でも流石に殺されでもしたら、私も困ってしまうの。少し自重した方が良いかしら。ねえ?」
自重する気など一切感じられぬ声色で問いかける白百合に対して、輝夜は返事が出来なかった。
今回折檻されなかっただけまだ良いが、時折輝夜に手を上げる者が現れる。
白百合の先読みを求めて訪れる客に対して、彼女はいつも輝夜を気遣うふりを見せた後、同情心を誘うように輝夜の危険性を囁く。
輝夜が心身共に憔悴していく場面を目の当たりにすることで、白百合は常に自尊心を満たしている。
白百合のその様子からは、清純さも可憐さは一欠片もないのだが、彼女の本当の姿を知るのは家族だけであった。
白百合が化けの皮を上手く被れているからこそ、嘘つき呼ばわりされている輝夜が何を言っても、周囲はまともに取り合おうとはしない。
それどころか、「嘘つきのお前にも優しい白百合姫を謀るとはどういうことか!」「白百合姫にその眼を返せ!」と、誰もが激怒する。
「それで、何が視えたの、輝夜?」
白百合はつまらなさそうに輝夜を見下ろすと、美しく手入れされたつま先で輝夜の顎に触れた。
「え……」
つま先で強引に上を向かされた輝夜の前髪が揺れ、金色の瞳が露わになる。
「さっき私がお客様の対応をしている時に、未来が視えたのでしょう? 聞いてあげるから、言ってごらんなさいよ」
先読みの証である瞳を忌々しそうに睨みつけながら、白百合が輝夜を脅迫する。
「あの……」
「その先読み、私が役立ててあげるって言ってるんじゃない! さっさと言いなさいよ!」
癇癪を起こして鬼のような形相を見せる白百合が、輝夜の頭を何度も蹴飛ばす。
「あぐっ!」
「鞠代わりにされたくなければ、早くしなさい! まあ、汚らしくて蹴りがいのない鞠なんて、誰も遊ばないでしょうけれども」
「や、やめ……て、くだ……さ……」
「やめてほしかったらさっさと言いなさい! ほら!」
ぐらぐらと揺れる視界に耐えながら、輝夜は先ほど視えた未来を口にした。
「し、白百合姫が、帝に輿入れする姿が視えて……でも……」
「まあ、大変! どうして早く言わないの!? 輝夜は本当に気が利かないんだから!」
白百合は途端に清らかな作り笑いを見せて、輝夜の頭から足を退かす。
「母様と父様に報告しなくちゃ!」
「おっ、お待ちください! 帝の本当の目的は、暗殺……」
「帝は先読みの力で暗殺者を炙り出そうとしている」と告げようとしたが、白百合は金切り声を上げて輝夜の忠告を阻んだ。
「何よ! まさか私が帝に嫁ぐことが許せないって言うの!? 信じられない!」
「そうじゃなくて……」
「そもそも輝夜が昔に嘘をついた相手は、皇子だったでしょう? 図々しいのよ!」
「それ、は……!」
昔の出来事を引き合いに出されて、輝夜は怯んだ。
怯える輝夜の様子を見て満足した白百合は、上機嫌に去っていく。
「あの時は、本当は……緋雨にだけ伝えるつもりだったのに……」
当代の本当の先読みの名は、輝夜。
星宮の正当な血を引く輝夜は、彼女を疎ましく思う義家族によって謀られ、嘘つき姫と呼ばれていた。



