私の全ては推しに捧げる

「私家に人を呼ぶの初めてなんです」

一瞬だけ目を見開いた架純先輩は、すぐに嬉しそうに大股で歩く足を振り上げた。

「初めてが私ってこと〜???それってなんか嬉しいね〜」
「え、変だって思わないんですか?高校生にもなって友達の一人も家に呼んだことないんですよ、?」
「変?どーして?正直、友達なんていなくても死なないじゃん!!ずーっと愛想振りまいてニコニコするのも疲れる!!!!」

「バイトだけでもほっぺ取れるんちゃうか!?って思うのに〜」そういいながら、頬をさする架純先輩は、疲れを表すみたいに猫背で歩き始めた。
いつもニコニコしてて、楽しそうな架純先輩でも、そう思ってるんだ。
スクールバッグを握る手が徐々に解れていく。
なんだか、一人の時とは違う息のしやすさがある。

「推しがいたら生きてけるんだよ〜オタクの宿命!!!」
「ッ、!そ、そうですよね!」
「うんっうんっ」

違う制服を着た、バイト先と推しという二つの共通点しかない架純先輩が、初めて私が求めていた距離感をくれる人なのかもしれないと思った。
ずっと一緒にいなきゃいけない訳じゃないけれど、自分の大切な宝物を見せても傷つかない人。
胸の奥、いや、体の芯から暖かくなっていく。
心の底から自然と溢れ出た笑顔を、遊星の他に初めて浮かべられた。


※


「どーぞ!お母さん、ただいま」
「お邪魔します!!」
「あら〜!いらっしゃい!バイト先のお友達なんですって?いつも娘がお世話になってます」
「いえいえ!美優ちゃんヘルプ沢山入ってくれて、こっちが助かってます!!」
「そうなのね〜、そうだわ!バイト終わりでお腹すいてなぁい??もし良かったら夕飯食べってって!」
「いいんですか!?母に連絡します!」

嬉しそうに目尻を下げるお母さんの姿に、形容できない感情が生まれた。
嬉しいのか、悲しいのか。
お母さんが喜んでるんだしいいじゃん。
それに、架純先輩は初めて素を見せられそうな優しい人なんだから。
お母さんに感謝を伝えて、架純先輩を自室に案内した。
遊星のグッズはまだデビューグッズしか出ていないから、部屋の中だけではオタクだと思われる要素はない。
架純先輩の自室はグッズで溢れているようで、「オシャレな部屋憧れる!!!」と目をキラキラさせてくれた。
きっと、架純先輩と同じ道を辿りますよ。私は。
翔馬のグッズを手間渡すと、赤子を抱いた母のように抱きしめ始めた。

「美優ちゃんありがとう。私この子を一生愛するよ」
「喜んで貰えて嬉しいです!!」
「ほんっとに!ありがとう!!私が好き!ってなった時点でデビューグッズの販売が三日前に終わってて、、、転売サイトから買うなんてことはオタク人生として許されないから下手したらこのまま亡霊になってたよ......」

泣き真似をした架純先輩が愛らしくて思わず笑ってしまった。
二人で駄べっていると、グッズ発売のアナウンスがSNSで推しから派手に通知が入った。
時間も忘れて話していたこともあり、私と架純先輩は思いっきり肩が飛び上がる。

「わっすれてた!!!!!!」
「これ、受注生産で良かった......。先着とかだとマジ洒落にならんて」

グッズ購入欄を眺めながらも、私の頭には架純先輩の顔が浮かんでいる。
私の人生を彩っている遊星の事を忘れて、目の前の"オタク仲間"との会話に没頭してたなんて。
今までの私じゃ考えられない。
翔馬のビジュアルに撃ち抜かれて倒れてしまった架純先輩の肩に触れて、大袈裟に悲痛な声をあげる。
しょうもない茶番を半分本気でやっているんだから、オタクとは面白い。
次から次にグッズをカートに入れていくと、一定の所で私の手が止まってしまった。
不思議そうな顔で架純先輩がこちらを見ているけれど、私には最難関の壁がある。
それは、グッズ購入の名義をお母さんに借りなければならないこと。
もう十八歳である架純先輩は既に自分のカードを持っていて、ネット通販を自らの判断で購入ができるけれど、私はまだ十七歳。
カードを作れる年齢ではなく、お母さんに代理で買ってもらわないといけない。
デビューグッズはそもそも量が少なかったから、丸め込んで買ってもらえたけど、今回は額が違う。
それに、投げ銭の額も当然見られているし。
でも!これは私が汗水垂らして働いたお金だし、誰になんと言われたって買う権利がある。
それでも不安な気持ちは晴れず、とうとうスマホを手放した。

「買わないの??」
「名義がお母さんなんです......推し活にあまり肯定的ではなくて、、」
「あー、んー、私のキャッシュ使う??」

本当に何から何まで女神に見えてしまう。
藁にもすがる思いで手を伸ばしかけてしまったけれど、金銭面は家族以外に迷惑をかけてはならない。
悔しい思いを抱えながらも、何とか手を止めた。

「いえ、ありがとうございます。お母さんに真っ向勝負します」
「おー!かっこいい!だって美優ちゃんが稼いだお金じゃん!!!行ったれ行ったれ!!!」

空気を凍らせることなく笑顔で接してくれる架純先輩に、感謝を気持ちを抱きながら、心の中では心臓が暴れ回っていた。


※


「美味しかったです!!!ありがとうございました!!!」
「嬉しいわ〜、またいらっしゃいね!」
「じゃあ、近くまで送ってくるね」

街灯が照らすもうすっかり暗くなってしまった外の世界で、私たちはまた話し足りなかった事を沢山話した。
駅前で架純先輩が手を振ったことをきっかけに別れ、寒さに体を震わせながら帰路に着いた。

「うー、寒っ」
「おかえりなさい」
「ただいまぁー」
「架純ちゃんいい子ね〜」
「でしょ。いっつもにこにこしてる」
「美優がお友達連れてきてくれてお母さん嬉しいわ」

お母さんに合わせて口角を上げる。
いつしか呪いのようになってしまったその愛が、また私の胸を締め上げる。
架純先輩と意気投合したきっかけが遊星って知ったら、また悲しい顔をさせてしまうのかな。
服の裾を固く握りしめながら、小さく息を吸った。

「ねぇ、お母さん。カード貸してほしい」
「いいわよ〜何買うの?」
「............遊星のグッズ」

お母さんの顔から表情が一気に抜け落ちた。
こうなることはわかってた。
けど、いざ予想が当たってしまうと、積み上がった傷口に隙間風が染みるみたいななんとも言えない苦しさが私を襲う。
何とか声を震わせないように力みながら、変に言い訳じみたことが口から飛び出した。

「架純先輩とランダムグッズ交換しようって約束してて、欲しいグッズもあるし、必要なお金も手元にあるから買いたいんだけど......」
「..........いくら使う予定なの」
「.........................................八万円くらい」

正確な金額を言うのが怖くなって、少しだけサバを読む。
それでも想像の範囲外すぎる金額に、お母さんは口調を強めた。

「そ、そんな無駄使いやめなさい!!」
「っ、む、無駄使いじゃないよ。この日の為に貯めておいたの」
「貯められる計画性があるなら、使い方にも計画性を持ちなさい」

リビングが静寂に包まれる。
この空間から逃げ出したくて、一歩足を投げ出すけれど、踏み込むほどの力を込める度胸が湧かない。
当たり前のことを言われたと理解出来る。
だけど、それが私の遊星に対する愛を軽んじられてるみたいで、想像もしていなかったところから怒りが湧き上がった。
床を見つめながら、私の口からは驚くほど低い声がこぼれ落ちた。

「計画性のある使い方だよ............沢山計算した。これだけ使えるな、てことはこれ買えるなって。そういうの何も知らないのに否定だけしないでよ」
「だけど、一度にそんな大金使うなんて必ず後で後悔するわよ。グッズなんて衝動性で買わせようとしてるだけなんだから」

それは、衝動的にしか遊星のグッズが売れないって言ってるの?
どーでもいい粗を探してしまう自分の頭に冷静になれと警告を鳴らすけれど、聞き入れてくれない。
ここでお母さんを説得しないと、グッズが手に入らないんだよ?
もう痛みなんて感じない手のひらを固く握りしめる。

「なら、いくらならいいの?」
「それは......常識的な範囲内よ」
「自分で働いたお金なのに?自分の好きなことに使うことは、常識の範囲内じゃないの?」
「あのね。お母さんは、美優の好きなことに使うのはなんとも思ってないのよ?ただ、一時的にハマっているだけかもしれないものに大金注ぎ込むのはやめなさいって言ってるの」

『なら!!!何年好きでいたら一時的じゃなくて、愛してるんだって伝わるの!!!!証明できるの!!!!!!!』

もう我慢できなかった。
こんな形でぶち撒けたかったわけじゃないのに。
体の中に渦巻くどす黒い何かをどう消化していいのか分からず、惨めなまでに涙として外側に流れ出る。
この日の為に頑張ったのに。
私の人生を彩ってくれた大切な大切な人のグッズ発売日だったのに。
楽しみにしてたのに。
やりきれない気持ちをただただ涙が代わりとなって洗い流しているみたいだ。
長年私の涙なんて見ていなかったお母さんは、狼狽えながら焦ったような声を出した。

「美優......好きなことは好きでいいと言っているでしょう?......一時的っていうのは、その......」
「もういいよ......」

キャパオーバーだった私は、お母さんの言葉を遮って自室へ駆け出した。
扉を閉めてすぐにスマホを手にして、遊星のチャンネルを開く。

【《雑談》クリームパンうますぎる!!!!!!】

配信中だったサムネイルをタップし、ワイヤレスイヤホンを両耳に詰め込んだ。

「タイトルなんだって?あははは!今日の配信に全く関係ない!!!!!」

太陽みたいな暖かくて優しい声。
楽しそうに笑う表情は、相変わらず見ていて胸が踊った。

「遊星ごめん......グッズ買えないかもしれない......」

ハピチャに返してくれた遊星の言葉が頭で反復して、段々と喉が締まって苦しくなっていく。
約束を果たせなかった。