『フツー、こんな見た目が怖い不良生徒が誰かを殴ってるのを見ても止めに入ることなんてしないぜ。あんたは元々ヒーロー気質だったのか、よっぽどのお人好しなのか』
『……俺はそんな……大それたことなんか……ただ、妹やコイツが死にそうになっていたから、飛び出しただけで……』
幼馴染2人に両脇を支えられながら、青沼兄とアキトの会話を回想する。
もしも。車道に飛び出したのがユイじゃなかったら。不良生徒に殴られているのが僕じゃなかったら。アキトは助けに入っていなかったのだろうか。
「……どうして、自分をアキトだと偽って殴られるように仕向けたの」
右隣にいるアキトが暗い表情で僕に尋ねてくる。
「そんなことしなくても……青沼のお兄さんなら状況がわかれば殴るなんてことはしなかったはず」
「それは結果論でしかないし、僕はこれ以上アキトが不必要に傷つく必要が無いと思ったから……」
青沼兄は言葉が通じる人だった。でもそうでなかったら、もれなくアキトも殴られていただろう。
「俺は……お前が殴られていて嫌だった。……関係ないはずのお前が、代わりにボコボコにされているところなんて、見たくなかった。俺が殴られたらよかったのに」
そんなことをアキト本人に言われてしまえば、僕の行動は軽率でしかなかったということになってしまい「ごめん」と謝ることしか出来なかった。
「……それを言うなら。今のお兄ちゃんの言葉、そっくりそのまま返すけど」
僕の左隣にいるユイが、会話に混ざり込む。
「ユイ?」
「わたしだって……わたしを助けたお兄ちゃんの右腕が失くなるのは……心底嫌だった!」
ユイは僕を通して、アキトに今まで言えなかった本音を打ち明けていく。アキトは目を大きく見開いて「そんなこと、」と呟く。
「そんなこと……確かに右腕は失くなったけど、ユイの命が助かったなら俺には些細なことで――」
「些細なことじゃ済まされない! お兄ちゃんもうスポーツ出来ないんだよ。利き腕失ったから、文字を書くことも出来ないんだよ。誰かを頼るしかない人生になったのに、死ねばよかったのはわたしだったのに……わたしを助けたばかりに不自由になって……嫌じゃないの!? だから最近不登校になって死にたがっていたんじゃないの!?」
ユイはキツい目でアキトを睨む。アキトは数秒ユイを見つめ……「なんだそれ」とムッと睨み返した。
「車道に飛び出したらどうなるかなんて想像つくに決まっている。でも俺は! ……ユイに生きていて欲しかった。それだけのことなんだよ」
「……大事な右腕、失ったのに?」
「まあ生活する分には不自由になったけど……ユイが今生きていることが現実になっているなら。俺にとっては些細なことでしかないんだよ。だから……ユイに『助けないで欲しかった』とか『わたしが死んだらよかったのに』って言われ続ける方が……俺には堪えたかな」
そうか。アキトがよく僕に「死にたい」と愚痴を言うようになったのは。アキトは右腕を失ったことに絶望しているのではなく。ユイに命を助けたことを否定され続けて苦しくなってしまったのか。……そのことには僕も気づくことが出来なかった。
言葉にしないと、相手に自分の本音は伝わらない。
「……大事だから、自分を犠牲にしてでも守りたかったんだよね」
アキトの気持ちを代弁するように、僕はそっと呟く。
アキトは命を投げ出そうとしたユイを。
僕は殴られそうになっていたアキトを。
僕も体の節々は痛いけれど、アキトが無事だということで精神的にも負荷はかかっていない。アキトに「俺が殴られたらよかったのに」と言われる方がショックだった。
ユイを助けたアキトも、多分同じ気持ち。
だから……なんていうのかな。これは僕の気持ちだから全ての人が賛成するとは思わないけど。
助けられた人は、責任を感じなくていい。
助けた人が勝手に行動に移しただけだから。『助ける必要なんてなかった』と初めは思うかもしれないけど。
きっと、いつか『あの時はありがとう』と言えるように。
「僕の本音言うね。多分アキトじゃなかったら、逃げていたと思うよ。だって、やっぱり殴られたくないし。痛いの嫌だし」
殴られそうになっていたのが仮に青沼だとしたら、よくないけど「ざまぁ」と思いながら差し出していただろう。
僕の言葉を聞いたアキトは目を丸くした後、声を上げて笑った。久々に聞いた、アキトの笑い声。ユイもアキトを呆然と眺めている。
「はは、そうだよな……そういうことだよな。俺は『正義のヒーロー』なんかじゃない。俺は、お前だったから、車道に飛び出したんだ」
もっと単純なことだった。
アキトはユイを優しく見つめ、左腕を伸ばし頭をポンポンと撫でた。ユイは顔を俯かせ「でも」と震える声で呟く。
「わたし、お兄ちゃんにずっと酷いこと言い続けて……っ」
「お兄ちゃんが許す。だから……もし死にたい衝動があったら……お兄ちゃんにぶつけて。大丈夫、今度の俺は簡単にヘコまないから」
それは相手がユイだから。
本物のヒーローなら誰でも平等に助けるのだろう。でも僕らはただの人間だ。だから助ける人間を選ぶ。その上で、自分自身の体を一部失ったとしても。大事な人が助かったのならよかった、と思えるのだろう。
アキトのことを皆は『正義のヒーロー』だとか言うけれど。
本当は『妹を助けたお兄ちゃん』でしかない。
「お兄ちゃん……今までごめん。お兄ちゃんの右腕が失くなったこと……1番耐えられなかったのは、わたしかもしれない」
「びっくりさせたねえ、ごめんねえ」
「……よし、今度こそ帰ろっかあ」
大事なものを再確認した僕らは、再びゆっくり歩き出す。
『……俺はそんな……大それたことなんか……ただ、妹やコイツが死にそうになっていたから、飛び出しただけで……』
幼馴染2人に両脇を支えられながら、青沼兄とアキトの会話を回想する。
もしも。車道に飛び出したのがユイじゃなかったら。不良生徒に殴られているのが僕じゃなかったら。アキトは助けに入っていなかったのだろうか。
「……どうして、自分をアキトだと偽って殴られるように仕向けたの」
右隣にいるアキトが暗い表情で僕に尋ねてくる。
「そんなことしなくても……青沼のお兄さんなら状況がわかれば殴るなんてことはしなかったはず」
「それは結果論でしかないし、僕はこれ以上アキトが不必要に傷つく必要が無いと思ったから……」
青沼兄は言葉が通じる人だった。でもそうでなかったら、もれなくアキトも殴られていただろう。
「俺は……お前が殴られていて嫌だった。……関係ないはずのお前が、代わりにボコボコにされているところなんて、見たくなかった。俺が殴られたらよかったのに」
そんなことをアキト本人に言われてしまえば、僕の行動は軽率でしかなかったということになってしまい「ごめん」と謝ることしか出来なかった。
「……それを言うなら。今のお兄ちゃんの言葉、そっくりそのまま返すけど」
僕の左隣にいるユイが、会話に混ざり込む。
「ユイ?」
「わたしだって……わたしを助けたお兄ちゃんの右腕が失くなるのは……心底嫌だった!」
ユイは僕を通して、アキトに今まで言えなかった本音を打ち明けていく。アキトは目を大きく見開いて「そんなこと、」と呟く。
「そんなこと……確かに右腕は失くなったけど、ユイの命が助かったなら俺には些細なことで――」
「些細なことじゃ済まされない! お兄ちゃんもうスポーツ出来ないんだよ。利き腕失ったから、文字を書くことも出来ないんだよ。誰かを頼るしかない人生になったのに、死ねばよかったのはわたしだったのに……わたしを助けたばかりに不自由になって……嫌じゃないの!? だから最近不登校になって死にたがっていたんじゃないの!?」
ユイはキツい目でアキトを睨む。アキトは数秒ユイを見つめ……「なんだそれ」とムッと睨み返した。
「車道に飛び出したらどうなるかなんて想像つくに決まっている。でも俺は! ……ユイに生きていて欲しかった。それだけのことなんだよ」
「……大事な右腕、失ったのに?」
「まあ生活する分には不自由になったけど……ユイが今生きていることが現実になっているなら。俺にとっては些細なことでしかないんだよ。だから……ユイに『助けないで欲しかった』とか『わたしが死んだらよかったのに』って言われ続ける方が……俺には堪えたかな」
そうか。アキトがよく僕に「死にたい」と愚痴を言うようになったのは。アキトは右腕を失ったことに絶望しているのではなく。ユイに命を助けたことを否定され続けて苦しくなってしまったのか。……そのことには僕も気づくことが出来なかった。
言葉にしないと、相手に自分の本音は伝わらない。
「……大事だから、自分を犠牲にしてでも守りたかったんだよね」
アキトの気持ちを代弁するように、僕はそっと呟く。
アキトは命を投げ出そうとしたユイを。
僕は殴られそうになっていたアキトを。
僕も体の節々は痛いけれど、アキトが無事だということで精神的にも負荷はかかっていない。アキトに「俺が殴られたらよかったのに」と言われる方がショックだった。
ユイを助けたアキトも、多分同じ気持ち。
だから……なんていうのかな。これは僕の気持ちだから全ての人が賛成するとは思わないけど。
助けられた人は、責任を感じなくていい。
助けた人が勝手に行動に移しただけだから。『助ける必要なんてなかった』と初めは思うかもしれないけど。
きっと、いつか『あの時はありがとう』と言えるように。
「僕の本音言うね。多分アキトじゃなかったら、逃げていたと思うよ。だって、やっぱり殴られたくないし。痛いの嫌だし」
殴られそうになっていたのが仮に青沼だとしたら、よくないけど「ざまぁ」と思いながら差し出していただろう。
僕の言葉を聞いたアキトは目を丸くした後、声を上げて笑った。久々に聞いた、アキトの笑い声。ユイもアキトを呆然と眺めている。
「はは、そうだよな……そういうことだよな。俺は『正義のヒーロー』なんかじゃない。俺は、お前だったから、車道に飛び出したんだ」
もっと単純なことだった。
アキトはユイを優しく見つめ、左腕を伸ばし頭をポンポンと撫でた。ユイは顔を俯かせ「でも」と震える声で呟く。
「わたし、お兄ちゃんにずっと酷いこと言い続けて……っ」
「お兄ちゃんが許す。だから……もし死にたい衝動があったら……お兄ちゃんにぶつけて。大丈夫、今度の俺は簡単にヘコまないから」
それは相手がユイだから。
本物のヒーローなら誰でも平等に助けるのだろう。でも僕らはただの人間だ。だから助ける人間を選ぶ。その上で、自分自身の体を一部失ったとしても。大事な人が助かったのならよかった、と思えるのだろう。
アキトのことを皆は『正義のヒーロー』だとか言うけれど。
本当は『妹を助けたお兄ちゃん』でしかない。
「お兄ちゃん……今までごめん。お兄ちゃんの右腕が失くなったこと……1番耐えられなかったのは、わたしかもしれない」
「びっくりさせたねえ、ごめんねえ」
「……よし、今度こそ帰ろっかあ」
大事なものを再確認した僕らは、再びゆっくり歩き出す。



