アキトが『正義のヒーロー』になるのは朝からだった。
いや、正確には僕と高校へ向かい昇降口に辿り着いた時から始まる。
*
両腕があった頃からアキトは毎朝家を出ると隣の家のインターホンを鳴らし、遅刻癖のある僕を迎えに来てくれていた。その習慣は右腕を失ってからも変わらない。
欠伸をしながら玄関のドアを開け歩き出す僕を、早起きが得意なアキトはスッキリとした顔で「おはよう」と挨拶をし「お前は何も変わらないな」と苦笑するのだ。
「おはよう。……アキトだって何も変わらないよ?」
「そう言ってくれるのはお前だけだぜ」
ニヤ、と笑ってゆっくり歩き出すアキトの隣を歩いていく。
道中、後ろから歩いてきた女子生徒が右腕のないアキトを狙ってあからさまにドンッ! と強く体当たりしてきた。スポーツしている男子生徒からしたら女子生徒に押されても体幹が崩れることなどよっぽど無いが、今のアキトには。強すぎる衝撃で。
「わっ……!?」
「アキト!?」
上手くバランスが保てないアキトが大きくよろめく。僕は慌てて腰に手を回し、転倒を防いだ。
「あぶな……」
「チッ」
体当たりしてきた女子生徒からの舌打ちが聞こえ、僕はカッと頭に血が上り「おい、待てよ!」と早足で歩き去る背中に叫ぶ。
「この前から何なんだよ! お前、アキトに——」
「いいから」
詰め寄ろうとした僕の腕を強く引くアキト。
先ほど女子生徒はアキトが右腕を失ってから隙あらば攻撃してくる要注意人物。
黒くて長い髪は手入れされていなくてボサボサだ。幽霊かと見間違えるほどだった。
「アキトも、何でいつも言い返さないんだよ。そもそも、女子生徒さえいなければアキトの右腕は——」
「それ以上は言うな。惨めになるから」
へらへら。
今はヒーローの顔ではないアキトは普通の男子高校生のように笑いながら、覚束ない足取りで再び歩いていく。
僕は何も言えないもどかしさを感じながら、再びアキトに着いていくしかなかった。
『体当たりしてくる女子高生さえ助けなければ、アキトの右腕は無事だった』
アキト自身が、その事実から目を逸らしているように感じてならないのだ。
*
悶々とした気持ちのまま、僕は昇降口で運動靴から上履きに履き替える。その後、屈み込むことが困難(1人でも出来るがしんどそうなので僕が毎日そうしているだけ)なアキトの上履きをロッカーから掴んで足元に置く。「さんきゅ」と短く礼を言うアキトが上履きに履き替えた後、彼の運動靴をロッカーにしまう。
「よし」
一度左右の頬をパンパン、と鼓舞するように左手で叩いた後。アキトは『正義のヒーロー』の顔になる。
にんまり笑みを作って、クラスメイトたちに自ら「おはよ〜!」と挨拶をしていくのだ。
この後は皆の目もあるため僕が常に隣にいる必要はなくなる。僕が手を貸すのは『ノートに書き写す』ことと『登下校中の見守り』だ。
今日も元気にクラスの輪に入っていくアキトを、僕は教室の片隅の席に座りながらぼんやりと眺めていく。
いや、正確には僕と高校へ向かい昇降口に辿り着いた時から始まる。
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両腕があった頃からアキトは毎朝家を出ると隣の家のインターホンを鳴らし、遅刻癖のある僕を迎えに来てくれていた。その習慣は右腕を失ってからも変わらない。
欠伸をしながら玄関のドアを開け歩き出す僕を、早起きが得意なアキトはスッキリとした顔で「おはよう」と挨拶をし「お前は何も変わらないな」と苦笑するのだ。
「おはよう。……アキトだって何も変わらないよ?」
「そう言ってくれるのはお前だけだぜ」
ニヤ、と笑ってゆっくり歩き出すアキトの隣を歩いていく。
道中、後ろから歩いてきた女子生徒が右腕のないアキトを狙ってあからさまにドンッ! と強く体当たりしてきた。スポーツしている男子生徒からしたら女子生徒に押されても体幹が崩れることなどよっぽど無いが、今のアキトには。強すぎる衝撃で。
「わっ……!?」
「アキト!?」
上手くバランスが保てないアキトが大きくよろめく。僕は慌てて腰に手を回し、転倒を防いだ。
「あぶな……」
「チッ」
体当たりしてきた女子生徒からの舌打ちが聞こえ、僕はカッと頭に血が上り「おい、待てよ!」と早足で歩き去る背中に叫ぶ。
「この前から何なんだよ! お前、アキトに——」
「いいから」
詰め寄ろうとした僕の腕を強く引くアキト。
先ほど女子生徒はアキトが右腕を失ってから隙あらば攻撃してくる要注意人物。
黒くて長い髪は手入れされていなくてボサボサだ。幽霊かと見間違えるほどだった。
「アキトも、何でいつも言い返さないんだよ。そもそも、女子生徒さえいなければアキトの右腕は——」
「それ以上は言うな。惨めになるから」
へらへら。
今はヒーローの顔ではないアキトは普通の男子高校生のように笑いながら、覚束ない足取りで再び歩いていく。
僕は何も言えないもどかしさを感じながら、再びアキトに着いていくしかなかった。
『体当たりしてくる女子高生さえ助けなければ、アキトの右腕は無事だった』
アキト自身が、その事実から目を逸らしているように感じてならないのだ。
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悶々とした気持ちのまま、僕は昇降口で運動靴から上履きに履き替える。その後、屈み込むことが困難(1人でも出来るがしんどそうなので僕が毎日そうしているだけ)なアキトの上履きをロッカーから掴んで足元に置く。「さんきゅ」と短く礼を言うアキトが上履きに履き替えた後、彼の運動靴をロッカーにしまう。
「よし」
一度左右の頬をパンパン、と鼓舞するように左手で叩いた後。アキトは『正義のヒーロー』の顔になる。
にんまり笑みを作って、クラスメイトたちに自ら「おはよ〜!」と挨拶をしていくのだ。
この後は皆の目もあるため僕が常に隣にいる必要はなくなる。僕が手を貸すのは『ノートに書き写す』ことと『登下校中の見守り』だ。
今日も元気にクラスの輪に入っていくアキトを、僕は教室の片隅の席に座りながらぼんやりと眺めていく。



