その花言葉、そっくりそのままお返しします。

聖なる夜に、天使と手を繋ぐ
 植物園デートから一ヶ月が経った。
 
 十二月に入り、キャンパスを彩っていたイチョウの葉はすっかり落ち、冷たい冬の風が吹き抜ける季節になっていた。
 
 優くんの働く花屋の店頭にもポインセチアやモミの木のリースが並び始め、どこへ行ってもクリスマスの足音が聞こえるようになっていた。
 
 『心理学概論』の授業を終え、学食でいつものように昼食をとった後、駅までの道を一緒に歩いている時だった。
 
「もうすぐ冬休みだね。講義もお休みになっちゃうし……竹内くんと少しの間会えなくなるの、なんだかちょっと寂しいな」
 
 優くんが足元を見ながら、ふわりと笑って呟いた。
 
 寂しいだなんて、またさらっと無自覚に俺を狂わすんだから。……いや、狂わされている場合じゃない。
 
 今日は絶対に言いたいことがあった。
 
「そうですね……。あの、先輩! 二十五日って、何か予定入ってたりしますか!?」
「二十五日って土曜だよね? 空いてるよ〜。どこか行きたいところでもあるの?」
 
 首を傾げて、何の疑いもなくふんわりと笑いかけてくる優くん。
 
「実は、食べたいパフェがあって……二十四日と二十五日の二日間限定なんですよ。二十四日は俺、一日中講義で行けなくて。……おやつにそのパフェ食べて、そのあと飲みに行きませんか? てか、優くんってお酒とかいけますか?」
「いいよ〜。お酒飲めるよ」
「本当ですか! どんなお酒が好きとかありますか? 俺、店探します!」
「うーん、どんなのでも飲めるけど、最近はワインとか好きなんだ」
 
 ワイン……⁉︎ ギャップ最高。
 
 俺は優くんと駅前で別れた後、すぐさまスマホのメモにストックしていた大量の飲食店リストから、ワインが売りのカジュアルフレンチの店をピックアップし、秒で予約した。

 そして迎えた、十二月二十五日。
 
 老舗果物店が手掛けるオシャレなフルーツパーラーで、俺たちはお目当てのクリスマスパフェと対面していた。
 
「わあ……っ! 竹内くん、見て! すごく可愛い……!」
 
 運ばれてきたグラスを見つめ、優くんは目をキラキラと輝かせた。
 
 グラスの底には、光を反射して透き通るシャンパンジュレ。その上には甘酸っぱい苺が敷き詰められ、ツリーに見立てたホワイトチョコクリームと、ちょこんと乗った雪だるまのメレンゲが飾られている。クリスマスをそのままグラスに閉じ込めたみたいな、めちゃくちゃ可愛いパフェだった。
 
 ……これ、優くん絶対好きじゃん。
 
「……食べるの、もったいないね」
 
 そう言いながらも、優くんは嬉しそうに小さなスプーンを手にとった。
 雪だるまのメレンゲをそっとすくい、口へと運ぶ。
 
「ん……! サクサクしてて甘くて美味しい! 竹内くんも食べてみて!」
「あ、はい! いただきます」
 
 俺は、ホワイトチョコクリームと甘酸っぱい苺を一緒に口に含んだ。
 
「うまっ……! クリームが濃厚なのに、ジュレのおかげで全然重くないですね」
「ね! こんな美味しいパフェ初めて! 誘ってくれてありがとう」
 優くんがにこりと笑う。
 
「こちらこそです! 優くん、甘いものに目がないって言ってたし、絶対一緒に来たいなと思って!」
 
 目を丸くして、スプーンを止める優くん。
 
「覚えてないですか? ほら、秋に学食で初めてちゃんと一緒にご飯食べたとき。いちごプリン美味しそうに食べてて、『僕、実は甘いものに目がないんだよね』って言ってたじゃないですか」
「あ……っ! あの時の……! えっ、竹内くん、そんな前のこと覚えててくれたの⁉︎」
 
 優くんは一瞬驚いたように目を見開き、それから耳まで真っ赤にして、照れくさそうにパフェへと視線を落とした。
 
「僕、自分で言ったことも忘れてたのに……。竹内くんって、僕のことよく見ててくれてるんだね」
 
 その笑顔があまりにも嬉しそうで、俺の心臓がどきんっと大きく跳ねた。
 
「……当たり前です。先輩のことなら、なんでも覚えてますよ」
 
 本音を漏らすと、優くんは照れ隠しのように「恥ずかしいな……」と水を飲む。
 
 すっかり綺麗になったグラスを前に、優くんが幸せそうにふぅっと息を吐く。
 
「あー、美味しかった! 本当に夢みたいなパフェだったね」
「喜んでもらえて良かったです。……あ、この後なんですけど」
「うん?」
「ワインが飲めるいい感じのお店予約してあるんです」
「えっ、本当? ワインのお店探してくれたの? 行きたい!」
 
 パッと顔を輝かせる優くんを見届けながら、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
 
「ちょっと歩きますけど、散歩がてらということで」
 
 これからまさか自分が、ワインと天使すぎる優くんの破壊力に酔いつぶれる羽目になるとも知らず、俺はウキウキと席を立ったのだった。
 
 歩いているうちに外はすっかり暗くなっていた。
 
 俺が予約したのは、ベイサイドにあるカジュアルフレンチ。ガラス張りの店内から見える冬の夜景と、少し背伸びしたお店の雰囲気。
 
 いつものようにたわいもない会話を楽しんでいたつもりだったが、ワインのせいでほんのり頬を赤く染めて微笑む優くんが可愛すぎて、俺は何を話していたのかすら分からなくなってきた。
 
「竹内くん、ワイン美味しかったね。……あれ、竹内くん顔赤くない? お酒弱かった?」
「い、いえ……弱くはないんですけど……」
「ちょっと風に当たって休もっか」
 
 優くんに心配され、俺たちは店を出て海辺の公園まで歩いた。
 冬の冷たい夜風が火照った顔に心地いい。
 
 海沿いのベンチに二人で腰を下ろすと、少し離れた向こう側に、色鮮やかに輝く観覧車がぼんやりと見えた。
 
「……すみません、俺酔っ払っちゃって」
 
 情けなさで俯きながらそう言う俺に、優くんは隣でくすっと優しく笑った。
 
「ううん、楽しかったよ。今日一日、ありがとうね」
「……いや、俺のほうこそ、ありがとうございます。本当に全部楽しくて、嬉しかったんで」
 
 酔いの勢いも手伝って、ボロボロと本音が口からこぼれ落ちる。
 
「クリスマスなのに、俺に優くんの一日使っちゃって、本当によかったですか?」
 
 不安になって横顔を見つめると、優くんは静かに夜空を見上げた。
 
「……前に話したでしょ? 友達に『男同士で植物園なんて変だよ』って言われたこと……僕、ショックだったんだ。でもね、ショックだったのは『変だ』って言われたからじゃなくて」
 
 優くんはそこで言葉を切り、照れくさそうに俺の方を振り返った。
 
「竹内くんとの時間が、変なことみたいに思われたのが……すごく嫌だったんだよ。僕にとって、竹内くんと過ごす時間は、特別で大事だったから」
「……すごく嬉しいです」
 
 優くんは少し照れたように笑って、それから静かに俺を見つめた。
 
「うん。僕ね、竹内くんとだから、クリスマスを一緒に過ごしたかったんだと思う」
 
優くんは、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
 
「……それが僕の答え」
 
 ……答え? どういうこと? 『クリスマス一緒に過ごしたかった』?
 
 それって、期待していいってこと?
 
 頭がハテナだらけになっている俺の目の前で、優くんは「あ、そうだ」と思い出したように足元のバッグをごそごそと探り始めた。
 
「これ、クリスマスプレゼント。竹内くんに似合いそうだなと思って、選んだんだ」
 
 手渡されたリボンのついた紙袋を開けると、中から出てきたのは柔らかく肌触りのいいアイボリーのマフラーだった。
 
「え……俺に……⁉︎」
「うん。寒いから使ってね」
 
 胸がいっぱいになって言葉が詰まる。俺を想いながらこれを選んでくれたのかと思うと、目頭が熱くなった。
 
「あ、あの……! 俺からも、これ……!」
 
 俺は慌てて自分のバッグから用意していた箱を取り出し、優くんに差し出した。
 
 中身は、手袋とハンドクリーム。
 
「冬場も、お花屋さんでお水使うから手が冷えるだろうなと思って……。いつも頑張ってる優くんに使ってほしくて」
「……すごく嬉しい、ありがとう。僕の手のことまで見ててくれたんだね」
 
 手袋とハンドクリームを愛おしそうに撫でて微笑む優くん。その無邪気な表情を見ていると、もう我慢の限界だった。
 
 俺は抑えきれずに、ベンチの上に置かれていた優くんの手首を持ち上げ、自分の手のひらの上に重ねた。
 
 ——えいやっ!
 
「……竹内、くん……?」
「手、冷たいですね。……このまま、繋いでていいですか?」
 
 優くんは驚いたように目を丸くしたあと、頬を真っ赤にして、ギュッと俺の手を握り返してくれた。
 
「……うん。あったかいね、竹内くんの手」
 
 向こう側で輝く観覧車の光を浴びながら、ぼんやりと考えていた。優くんって俺のことどう思ってんだろ。
 
 俺の手の温かさと優くんの手の冷たさ、気持ちも同じだったらめっちゃ辛いな、普通に。