その花言葉、そっくりそのままお返しします。

 あの日以来、俺は毎日、花屋の前を通っている。
 大学へ向かう道とは真逆なのに。
 
 たまたま通りかかっただけですよー、という顔をして、店の向かいの通りをゆっくりと歩き、そこから店のある通りへ回り、店の前だけは少し早足で通り過ぎて、大学へ向かう。
 
 今日は昨日と違うエプロン着てる。ベージュも似合うな……。花ばさみを持ってる手、綺麗すぎだろ……。
 あ、お客さんに微笑んだ。俺だったら死んでるな。よかった、俺じゃなくて。……いや、俺も微笑まれたいか。
 
 不審者として通報されてもおかしくないぐらい、毎日これをやっている。親泣くぞ。
 
 それでも、分かっているのは『花咲』という苗字と、火曜日の朝は花屋にいないこと。それだけ。
 
 下の名前は? 年齢は?
 ていうか、恋人とかっているのかな。

 今日は火曜日。
 
「はぁ……花咲さん……」
 
 ため息をつきながら、俺は週に一度の講義——百人以上が受講する一般教養『心理学概論』を受けるため、大教室へと足を踏み入れた。
 
 後ろの席で適当にスマホでもいじろうと、あくびを噛み殺しながら最後尾のドアをくぐった、その時だった。
 
 ——っ⁈⁈
 
 俺の全細胞が一斉に目を覚ました。
 
 一番前の、教授の真ん前の席。
 そこに、見紛うはずもない『黒髪・色白・華奢』な横顔があったのだ。
 
 は、花咲さん……? なんでこんなところに…………?
 
 私服姿の花咲さん……濃紺のクルーネックのロンTが色白な肌を一層引き立てている。非常にお似合いです。
 
 パニックになりかけた頭を落ち着かせようとしていると、ふと周りの会話が耳に入ってきた。
 
『一番前に座ってるの、花咲じゃね?』
『あー、ほんとだ。優(ゆう)だ。単位足りてて、あとは卒論だけなのに、面白そうだからってこの心理学受けてるらしいよ。余裕羨ましー』
 
 下の名前と、四年生であるとの情報を一気にゲットした。無償で提供していただき、助かります。
 
 下のお名前『優』なんだ……。
 優しく、花を咲かせる的なこと?
 親御さんの名付けセンスも神がかってると来た。
 
 単位足りてるのに興味で受けてるとか、真面目なところも良すぎるな……。

 講義なんてそっちのけ。
 俺の中では、『花咲先輩の視界に入ろう!大作戦』の会議が始まっていた。
 
 いきなり話しかけたら、怖がらせてしまうかもしれない。花屋での俺の素っ気ない態度をもし覚えていたら、逃げられるかもしれない。
 
 考えに考えた末、俺は決めた。
 
 まずは花咲先輩の反応を見る。
 ここは慎重にいこう。
 
 俺は講義終了後、後ろの出入口の方が近いというのに、わざわざ教室の一番前にある出入口まで足を伸ばし、花咲先輩の視界に入るように前の通路をゆっくりと歩き始めた。
 
 チラッ……チラッ……。
 
 無駄にデカい身長と茶髪を、今日ばかりは武器にして、様子を探る。
 
 チラッ……チラッ……気づいて……! あの時のエリンジウム男ですよ……!
 
ノートを閉じ、帰り支度を済ませた花咲先輩がすっと立ち上がった瞬間、俺とバッチリ目が合った。
 
 うわ、至近距離!!
 肌、白っ! 目、デカっ! 顔の余白ゼロ!
 
 パニックで心臓が跳ね上がる俺の前で、花咲先輩は目を丸くしたあと、ハッとしたように表情を輝かせた。

「あ……! あの時の、誕生日の……!」

 覚えててくれてた——
 
 俺は花の神様に感謝した。